« はざまのじかん | トップページ | 白いオーケストラ、再び vol.2 »

白いオーケストラ、再び vol.1

 

 或いは、バトルメード戦記。 

 

 

***  白いオーケストラ、再び   ***

vol.1

 

アイドレスと呼ばれる世界がある。

世界から世界へと寄生するように流れ渡り、確たる姿を持たず、突然現れては唐突に壊れ、そしてまた再び姿を変えて現れるという、無名世界でも変わりもの中の変わりものと言える世界だ。
そこに住む者もその世界と同じように、死んだ筈なのにまたいつの間にか何事も無かったかのようにやってくる、不思議な人間たちだった。殺しても死なないファンタジックさ、何もかもゲームと笑うその一方で、奇妙に厳格な理力というちからに依存する存在。あるいは当の本人たちも、自分たちがどうしてそんな風なのか、よく分かってはいなかったということなのかもしれない。

そんなアイドレス・わんわん帝國には、都築藩国というごく新しい国があった。にゃんにゃん共和国との境に位置し、他の帝國藩国よりも遅れて立国して国民も少ない小さな国は、春先蜃気楼が見られることで有名な海に面しながら、同じ国内に火山までの高低差を持つ、稲作が盛んな東国人の国だった。

その都築藩国に、えるむという名前の国民が加わったのは、第一期アイドレスも終盤近く、ちょうど各国の冒険隊が地面の下に、後に迷宮と呼ばれるダンジョンを発見し始めた頃のことである。
舞踏の司として細々と活動を始めた彼女は、七夕の夜、ある夢を見た。それはもしかしたら、舞踏の司が用いるトキジクの実が見せた幻覚だったのかもしれない。

それでもその夢で見たことは、彼女にとっては、紛れもなく真実と呼ぶべきことだったので。
そしてえるむは、バトルメード部隊に志願することとなった。

/*/

「始めまして、ようこそバトルメード部隊へ。」
「はい、よろしくお願い致します。」
緊張してぺこりと頭を下げたえるむに向かって、背の高いひとりのバトルメードがにっこりと微笑んだ。
「えっと、えるむでいいかな。」
「ええ、普段もそう呼ばれてますです。」
やしな、と名乗った彼女は、少し吊り上がった印象的な黒い瞳を細め、もう一度笑った。
「いきなり大規模戦闘になっちゃったけど、頑張ろうね。」
「は、はい。」

都築藩国のバトルメードは、指導のきめ細かさで定評がある。やしなは手元の資料をのぞき込みながら、訓練メニューを考えているらしく、メモを書き込んでいる。
「何が得意かな、趣味とか。」
「えと、得意なのは観察とか調べ物とかです。趣味は、そうですね、寄り道、とか。」
「…よりみち?」
やしなは手を止めて、きょとんと顔を上げる。天使が通るような沈黙の後、やしなはいきなり、ぱたぱたと勢いよくえるむの背中をはたいた。思わず前のめりに小さく咳き込むえるむを余所に、やしなは明るい笑い声を上げている。
「寄り道が趣味! いやー、あなたなかなか面白いわね。うん、気に入った。」
「…はあ、けほ、ありがとうございますー。」
気さくな人柄がにじんでいるやしなの態度に、それでもえるむは、緊張を緩めてほっと息をついた。

そんな二人目がけて、小気味の好い足音が廊下を近づいて来る。資料を両手に抱えた小柄なバトルメードは、いきなり会議室に飛び込んで来ると、その勢いのまま快活な声でしゃべり始めた。
「せんぱーい、やしな先輩。輸送計画のリクエスト来ましたよ!」
「あ、紹介しとくわね。この子はうちの部隊の偵察突撃担当で、なつきちゃん。」
何時ものことなのか動じる様子もなく、やしなはもう一人のバトルメードを指し示した。その手の先で、なつきと呼ばれた彼女は、えーという顔付きである。
「先輩酷いです。偵察と突撃、全然違うじゃないですか。」
「だってなつきの場合、ほぼ突撃レポーター偵察なんだもん。」
「ちゃんとこっそりの偵察も出来ますよー。それより先輩、新人さんの目が真ん丸状態です。早く紹介して下さい。」
「あ、ごめんごめん。こちら今日からバトルメード部隊所属、えるむよ。」
「よろしくお願いしますねー。」

勢いに飲まれてやや呆然としていたえるむは、慌ててぺこっと頭を下げた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
「やしな先輩は面白くて頼りになるので、うちの班はにぎやかでいいですよ。頑張りましょうね。」
「…ちょっと順番に疑問があるけど、まあいいか。それより輸送計画、どんな感じ?」
「それが、もう! 物凄い物量なんですよ。しかも期限は超厳しいし。今回は参謀じゃなく、吏族さん達が担当だそうですよ。」
大量の資料をがさごさと広げ始めるなつきに、残る二人も手を貸して並べてゆく。指定された大量の輸送物資は、これまでの作戦から比べても格段に増加し、未だ調整中であることも含めると資料に目を通すだけでも一苦労である。
「うーん、これだけのデータを動かすのはかなり大変ね。これは確かに、数字と書式と段取りのエキスパートじゃなきゃ、無理かも。運輸省とはよく言ったもんだわ。それにしてもこの日程で計画案をまとめるっていうのは…。」
「結構無理やりですよねー。」
「この強硬スケジュールと大量輸送に、そうしなくちゃならない理由があるということなのか。」
「あのう…。」
輸送計画から作戦の意図を読み取ろうと頭をひねっているやしなを見て、えるむは意を決して話しかけた。
「ん? なあに? 質問とか気が付いたこととかあったら、遠慮なく言ってね。」
「はい、あの、ニューワールドそのものが移住だって、聞いたんですけど。」
「そうなのよ、その話もあるのよね。」
「ついこの間第5世界とかに逃げ込んだばっかりなのに、またお引っ越しってことなんですね。」
「ま、ここまで苦戦が続くと、やむを得ないというところなのかな。」
「…その、何だか、ややこしい話だなあと、思って。」
「ややこしい?」
「えと、こんな大規模部隊で遠征して戦闘を行うのに、占領とかじゃなくて、あくまでも移住、なんですよね。」

思わずやしなとなつきは、顔を見合わせた。戦闘準備の手順が進んでいくと、往々にしてその意味は考えられなくなってしまいがちになるが、進行からやや取り残された外からの視点の方が、物事の構図をよく反映していることもある。
「つまり、私達は向こう側に“紛れ込む”のが目的なのに、どうして大っぴらに戦闘する構えでいくのかということね。」
「普通内緒で潜入するなら、出来るだけ騒ぎは起こさないようにしますよねー。」
「向こう側の世界と表立って全面的に争うつもりはないけど、向こうが私達を知ってて歓迎してくれるという訳でもない。だけど、知らない筈なのに、戦闘は起こる予定なのね。ふうん。」
「まず宇宙戦ありますから、そっちに必要だということでは?」
「それも在り得ますけど、降下作戦の前提での輸送計画、ということなんですよね。」
「うーん、宇宙船で輸送、要塞攻略戦の後、降下作戦、てなってますね、確かに。」
「…んー、私達の存在を知っていて、尚且つ歓迎してない人達が、向こう側にいるってことかな…。」
「あ、そっか。戦闘はとりあえず攻撃されたら避けられないけど、あんまり積極的に暴れすぎて被害が大きかったりすると、今度は移住後の私達の印象サイアクと、そういうことかー。確かにややっこしいかも。」
「これはちょっと頭ひねっておかないと、結構ヤバいかもね。保険のつもりで仕込みをしとくか。そういえばこの輸送計画、星見司の問題とセットで考えなくていいのかな…。」

「ねっ、やしな先輩、頼りになるでしょう?」
戦略の把握に集中しているやしなを見ながら、なつきはにこりと笑うと人懐こくえるむに話しかけた。テンポは速いが、それでいて不思議にせわしなさを感じさせない彼女の態度は、いつの間にか人の懐にちゃっかり居座る猫のような気安さがある。
「ええ、そですね。ここに配属してもらって、良かったです。」
「ゴマすってもなんにも出ないわよ。とりあえず、目的地の出来るだけ詳細なデータと、作戦司令部の動向が知りたいわね。なつき、悪いけどいつも通り」
「はーい、ネタ拾いに出掛けてきまーす。ではではっ。」

素早い反応で再び部屋を駆け出していくなつきを見送って、やしなはえるむに話しかけた。
「そうだ、えるむ、あなた旅行、好き?」
「あ、ええ、ガイドブック持って歩き回るのとかは、好きです。」
「うん、よしよし。それで調べ物が得意なら、準備しておいて欲しいことがあるんだけど。」
「はい、何でしょうか。」
「今回の目的地の詳細な情報は、ゲートを越えるまでは手に入らないと思う。逆に言うと、ゲートを越えてから降下が始まるまでの短時間に、出来るだけ向こうの詳しい情報が必要になるわ。」
「…そう、ですね。」
「パラシュート降下なら、地上の地形や気象情報が在る無しで、危険度は全然違ってくるし、部隊を設置して速やかに作戦行動へ移れるようにするためにも、現地の情報は必須になる。それでね。」
えるむは、思わず目を瞠ってやしなを見詰め返した。ほんの短時間で、彼女が今後の作戦についての詳細を想定しているというのに驚いたのだ。そのえるむに向かって、やしなは悪戯を考えついた子供のように、唇の端を吊り上げてにやりと笑って見せた。
「旅のしおりと観光グルメマップを作る準備をしておいて欲しい訳なのよ。」
「……はい?」

/*/

 

それは、夢でありながら夢ではない、彼方から響く自分の声だった。宇宙の闇を駆け抜けて、時空を震わせて響く遠い声。

(…角笛に呼ばれて戦った日を…)

アイドレスの住人に取っては、リンクゲートを超えるのはさほど特別な事ではない。それはアイドレスという世界にのみ許された、形を持たないが故に可能なジョーカーのひとつだった。だがその代償として、アイドレスの住人はゲートを通過するその瞬間、自らの記憶と想い、時系列に統合された自分という存在そのものが、解けて散り散りになる危険と隣り合わせになる。

それでも、その拡散を感じ取る事が出来るセンスを持っているのは、アイドレス世界としても稀な存在でしかなかった。大半の者は自らの自我が危機の曝されていたことさえ知ることなく、場合によっては以前とはどこか違ってしまった自分を、自覚することもなく受け入れてしまうというのが、むしろ普通であるほどだった。

えるむはその狭間に曝された自分の中から、正しい自分と一緒に、自分に良く似た想いの声を躊躇いもなくすくい上げた。その瞬間を乗り越えて、彼方から響く祈りの歌を胸に抱いて立ち止まっていた彼女は、青く輝く美しい星の姿を見て、満足の笑みを浮かべると、再び歩き始めた。

 

 

« はざまのじかん | トップページ | 白いオーケストラ、再び vol.2 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 白いオーケストラ、再び vol.1:

« はざまのじかん | トップページ | 白いオーケストラ、再び vol.2 »