« 白いオーケストラ、再び vol.1 | トップページ | 白いオーケストラ、再び vol.3 »

白いオーケストラ、再び vol.2

 

 Back vol.1

 

 

***  白いオーケストラ、再び   ***

vol.2

 

/*/

要塞戦の激戦をくぐり抜けた輸送船では、そこかしこの船内モニタに青く輝く美しい星の姿が映し出されている。アイドレスの命運をかけた戦いを前に、自分の国民が所属する部隊を回っていた都築藩王は、どう見ても地球にしか見えないその姿を横目で眺めながら、軍仕の司、バトルメード部隊に割り振られた区画を目指して歩いていた。

その藩王の背後から、ぺたぺたとあまり軽やかでない小走りの足音が近付いてくる。振り返って藩王は、それが当のその軍仕の司の制服に身を包んでいるのを見て、足を止めた。
「あ、藩王さま。いらっしゃいませ。」
ぺこりと頭を下げながらやってくるのが、最近都築藩国に加わったばかりのわかばであることに気が付き、藩王はその名前を頭の中から捜し出した。

「あー、えるむさんだったね。調子はどうかな。」
「はい、ありがとうございます。部隊の皆さんにも大変良くして頂いてますです。あっ、そうだ、藩王さまもこれひとつどうぞ。
彼女はいそいそと、抱え込んでいた大量の小冊子の一冊を差し出した。受け取った都築藩王は何げなくそれに目をやり、そして一瞬我が目を疑って固まることとなった。
会議資料のように束ねられたその表紙に踊っているのは、「旅のしおり」の文字である。
「……。」
「お薦めは牧場で手作りのチーズケーキと、特産りんごのアップルパイです。」

もう一度ぺこっと頭を下げ、再び駆け出して行く彼女を見送りながら、これはつまり、暗に差し入れを要求されているという意味なのだろうかと、都築藩王はぼんやりと考えていた。

/*/

地上降下に向かう小型輸送船の中で、部隊は急ぎ準備を整えながら作戦ポイントに向かって移動していた。辛くも要塞戦は突破したものの、部隊の消耗は激しく地上戦は厳しいものになると予測され、その緊張は逆に、妙にテンションの高い一種の躁状態を生み出しつつあった。

そんな中、慣れない手付きで説明を受けたばかりのパラシュート装備と格闘しているえるむの傍らに、やしなが滑るように移動してきた。
「えるむ、パラの装備大丈夫?」
「ええっと、だ、大丈夫だと、思うんですけども…。」
「ちょっと肩がきついかな。腕が動かないと、切り離し操作でぐるぐるしちゃうわよ。」
慣れた手付きで装着のチェックをこなすと、やしなは安心させるように、えるむの顔を覗き込んでにこりと笑顔を作った。
「パラシュート降下、初めてなんでしょ。」
「はい、実際に飛ぶのは、初めてですけど……高いとこは、好きです。」
「そうそう、そのくらいの気持ちでいる方が、パニクらなくていいかも。昼間で天気もいいし、助かったわね。夜間降下は、さすがに難易度高いから。」
「夜は怖そうですねー。」
「うーん、高度の把握が難しいのもあるんだけど、部隊の集合がね。」
「せんぱーい、資料の準備出来ましたー。」
「よし、ちょっとみんな集まってくれる?」

狭い機体の中で、やしなの班員たちは身を寄せるようにして、広げられた地図を覗き込んだ。ゲート通過後の短時間で、サイボーグの特技を生かしネットに侵入した彼女たちは、集められる限りの民間情報を拾い上げてそれなりの予備知識を得ることに成功していた。
「じゃあもう一度確認しておくわね。降下予定ポイントの地形がこれ。目標はこの中央の丘になってるところ。市街地とはいっても、のんびりな田舎でよかったわね、周辺障害物は比較的少ないし、天候に恵まれて視界も良好。」
「目印はこの病院の建物とのことです。」
「この外側の山脈の形から、方角在る程度識別出来るように、頭に入れといて。まあ今回はこの規模の降下なんで、迷子になることはあんまり無いとは思うけど。高いところが苦手な人は余裕なくても、高度確認だけは頑張ってね。」
「幸い風もあまり強くないとの予報ですが、地形的に風が一方向に向かって吹いているらしいです。流されると距離的には大きく開いてしまう可能性があるので注意して下さーい。」
「ただ逆に、司令部はどの部隊にもこの丘に固まっての着地を指示して来ているので、地上での班員集合が難しいかも。ということで集合の目印決めましょう。こちら風下へ少し丘を下ったところに、小さく林があります。この辺を目指して下さい。もしパラシュート操作に自信があったら、風に乗って丘を越えたあたりで降りればいいし、自信無かったら丘の真ん中を狙って着地、自分の足で歩いてね。万が一の時のために、お散歩マップは先にそれぞれに渡しておきます。降下までの暇つぶしに、目を通しておいて。」
「グルメコーナーがえるむさんの力作です。お薦めは郊外の牧場で手作りのチーズケーキと、特産りんごのアップルパイ~。」
緊張していた面々の表情が、少し弛む。どんな状況でも、そこから楽しみを見つけ出すことによってそれに適応しようとするのは、女性ばかりのバトルメード部隊の本領と言えるかもしれない。その勢いにさらに弾みをつけるように、やしなが言葉を重ねた。
「えー、くれぐれも他部隊の人の頭を踏んづけて着地しないように。ただし、バトルメードのスカートを下から覗いた奴がいたら、“やしな”の名前で許可します。蹴りを一発入れてきて下さい。」

降下作戦の難しさのひとつに、行動を極めて短時間の内に次々こなさなくてはならないという点がある。まとまった人員にこれを正確に実行させるというのは、訓練が行き届いた軍が行うにしてもなかなか難しい作戦だったが、まして寄せ集めの合同部隊でこれを実行するのは、思った以上に混乱を招いていた。
自分の置かれた状況を充分把握出来ないうちに、あれよあれよという間にバトルメードたちは空中に放り出された。狭く薄暗い機内から解放されて、明るい陽光にさらされ、吹き付ける風に翻弄される。それでもサイボーグであり、呼吸の心配をしなくてもよいバトルメードは、幾らか余裕がある方だったと言えるかもしれない。
えるむは風の勢いに慣れてくると、やっとのことで目をこじ開け、新しい世界を見回してみた。一面に雪で飾られた、白い冬の風景が広がっている。その時一瞬、何かを通り抜けるような、もしくは逆に自分の身体を何かが通け抜けたような、奇妙な感覚が彼女に押し寄せた。だが、はっとしたえるむが自由にならない身体を捻って振り返ってみても、そこにはただ青白い空が広がっているだけだった。

/*/

次々に地上に降り立った混成部隊の面々は、案の定ごちゃまぜの混乱に襲われていた。余裕で降下をこなし、お手本通りの鮮やかな着地を披露して注目を浴びたやしなは、だがそんな周囲には全く頓着せずに、直ぐさま班員の集合に動き出した。
「班のメンツ全員揃ってる? 急いで点呼取って。なつきちゃん、情報伝達どんな感じ?」
「司令部かなり混乱してます。通信は、なーんか怪しげなのが混ざってるかもー。」
「連合部隊ってのは、やっぱ運用難しいわよ。喧嘩が起きなきゃいいんだけど。」
「今回強行スケジュールの寝不足で、みんなして気が立ってますからね。」
風景に見とれているうちに、結局集合ポイントまで流されてしまったえるむは、大慌てのパラシュート切り離しで荷物のように地上に落下していた。これまたサイボーグで良かったという見本のようなものである。よろよろと歩いてやしな達の傍にたどり着くと、それでもさしてめげた様子もなく、首をかしげて会話に加わった。
「…でも欺瞞情報が出てるってことは、やっぱりこちらを妨害する勢力は存在するってことなんですね。」
「まあ、はっきり目に見えるように戦闘を仕掛けられるより、混乱に付け込まれて内輪揉めが拡大する方が嫌な感じね。人数増えれば増えるほど、こればっかりは難しいけど。でも大規模動員がアイドレス世界ではパワーになるんだから、どうやってみんながひとつの方向を向かって動けるようにするのかが、鍵になるのよ。」
「強制じゃなくて、自分の意思で、みんなが同じ目標を目指す……。」
「あら、よく分かってるじゃない。」
「先輩、オペレート開始されました。欺瞞情報も選別問題なし、識別クリアです。時計合わせは、2000年2月15日、12時過ぎ。」
「よし、日暮れまで5、6時間が勝負、みんな集中していこう。いくらなんでも、雪上野営は勘弁して欲しいし。」
「やですよ、先輩。そんな縁起でもないこと言わないで~。」

未だ合流に手間取る他部隊を他所に、やしなはやや離れた場所に班員を集合させると、手早く指示を出して既に地図を広げ始めている。これまでの戦闘を考えても、司令部から細かい行動指示が来ることはあまりなく、どちらかと言えば出番が回ってくるまでは、ほったらかしにされているというのが実情だった。
「やしな先輩、続いて偵察成功です! 戦域確定情報が来ました。」
「よしよし、お散歩まっぷの出番よ、えるむ。」
「は、はい。」
「戦場は4箇所、郊外、病院、研究所、自衛軍本部。長距離移動での突入を検討中です。」
「えるむ、それぞれの場所の事前情報、少しはつかんでる?」
「……2000年2月、青森、ですね。はい。」
「? 何か詳しそうね。」
「し、資料室でいっしょけんめ調べました、ので。」
「あっ、先輩、分遣隊派遣の指示がきました。」
「おっけー、えるむ、マップに情報書き込んで整理して。簡単な解説してくれると、うれしいな。」
「あ、はい。」
「都築分隊の甲は、郊外派遣のようでーす。」
「郊外は、絢爛世界組と第5世界組に分かれて、睨み合いをしている筈です。」
「えっと、あれ? もしかしてここも第5世界?」
「はあ、そういうことですね…。」
「第5から出発して、ゲートを抜けたら、また第5世界? ん?」
「輸送船から、地球がキレイでしたもんね。」
「たぶん時間が違う世界で、だからとても良く似てても、少しだけ違う筈です。」
「えーとー、分かったような、分かんないような感じなんですけど。」
「今までいた第5世界から見れば、ここは過去の世界ということになりますね。」

やしなは、じっとえるむを見詰め返した。どう説明するべきかと言葉を探しているえるむに向かって、やしなは不意に優しい笑顔を浮かべると、少し潜めた声で言葉を返した。
「……ん、分かった。巻戻しをかけたい、そういうことね。」
「は、はい。そうです。」
「えー、何だか二人で分かり合っちゃってずるいですよう。」
「アイドレスにはアイドレスの戦略があるのよ。それとも、大戦略と言うべきかしらね。なつきにも今度教えてあげる。とりあえず、今展開している戦力は、両方ともこの世界の人達じゃないのね。」
「はい、大半はそうですね。でもヤガミとか、絢爛世界から来てる人も、ここにいるんじゃないかと思います。」
「んん? その絢爛世界と第5世界は、元々対立してたの?」
「ええっと、いえそうじゃなくて、誤解というか、情報の正確な意味が伝わってなかったというか…。」
「なんだ、やっぱり情報攪乱に振り回されてるのね。」
「あれ、その人達は、今ここにニューワールドの部隊が来てるって知ってるんですか?」

えるむははたと顔を上げると、驚きに目を瞠り、やしなはうんうんと上機嫌で頷いた。その二人の反応を見比べて、なつきは得意げにえへへと笑っている。
「いえ、知らないと、思います。少なくとも、欺瞞情報を流したりするはずない…。」
「さて、敵の正体が分からないっていうのが一番困るんだけど、この辺にしっぽが隠れてそうね。」
「んー、つまりー、現在確認されてる戦力だけじゃなくて、こそこそ隠れて悪さをしようとしてる奴らが、ホントの敵ということなのかー。」
「これは攪乱に如何に振り回されないようにするかが、ポイントということなんだな。よし、んじゃこの郊外は、誤解のいざこざが収まればいいってことね。まあ、いったん戦端が開いちゃったら、簡単なことじゃないけど。」
「そうですね、とても、難しかった。」
「ん? なんで過去形?」
「あ、いえ、その…。」
「病院ていうのは、あそこに見える病院なんですよね。」
「あ、はい。あそこにいるのは、元々この世界に住んでる人達です。でも正体不明のWD部隊に襲われてて、それを助けに行ってる部隊もいると思うんですが。」
「病院をWDで襲うなんて、酷いことするわね。」
「……ここに入院してる女の子を助けるために、白いオーケストラは始まったんです。」
「うーん? なんで病気の女の子助けるのに、戦争が必要なの。」
「ええっとー、それも話せば長いことながらー。」
「ま、いいわ。とにかくここに正体不明の敵がいることは、確かなのね。しかも、ある程度の軍事力も持ってる。」
「はい、情報に変化がなければ。」
「装備のレベルは、この世界でも在り得るぐらいなのかな。」
「…少しだけ進んでる気がします。」
「秘密兵器ってところか。まずここが、ビンゴ候補のひとつと。」

「後は自衛軍本部と、研究所、ですよね。」
「自衛軍がこの世界での正規軍になります。でもここは今、司令官さんが行方不明になってると、思うんですが。」
「なにそれ。」
「えーとー、そのー。司令官は谷口という人ですが、さっきの病院に入院していた女の子というのが、彼の想い人だったりしてですね。もう彼女が危ないという知らせで……。」
「おおっ、それで司令官放り出して行っちゃったんですか?」
「個人的にはよくやったって感じだけど、何だか危なっかしいわね。その情報が敵方に抜けたら狙われるわよ。」
「谷口は個人としての戦闘能力が大変高いです。だから、その意味で病院は安心かもしれませんが、自衛軍としては混乱するでしょうね。」
「欺瞞情報流してくるような連中なら、内部の情報収集はお手の物よね。もう抜けてると考えるべきなんだろうな。上手くその自衛軍と、足並み揃えられるといいんだけど。」

「あと残ってるのは、研究所ですね。」
「研究所に関しては、断片の情報しかないですが、ここが最も危険な戦域である可能性があります。情報がないのは、その…。」
「ん、証言者がいなかったということね。」
「……はい。」
「じゃあここが第一候補なのかな。」
「あっ、先輩。蒼天部隊が動きますよ。目的はやっぱ研究所。」
「うーん、航空機はやっぱAR高くていいわね。」
「きれいですねー、私飛行機好きなんですよ。いいなあ、都築藩国に航空機…はちょっと無理ですよね。」
「まあ何でもかんでもっていうのは無理よ。うちはWDの開発で定評あるし、そちらが優先ね。開発しても、使いこなせないと意味ないでしょう。航空機は維持管理がたーいへんよ。どっちかというと、WDにもう少し本格的飛行能力があったら、面白いんだけどな。」
「えっと、でも今回は爆撃って訳にはいかないから、やりにくいかもですね。」
「ば、ばくげき…。」
「大丈夫よ、室内の様子が確認出来て、友軍生存なしとかいうのでなければ」
「あ、あの、研究所の敵は、敵だけど敵じゃないかもしれないんです…。」
「うん? どういうこと?」
「……元は、味方だったんです。ただ色んな行き違いがあって、それで…。」
「成程、ここも巧く付け込まれているという訳なのね。」
「ただ、もしも、“なりそこない”と呼ばれるようになってしまってるなら、会話に応じてもらえるような状態では、ないかもしれないんですが。」
「…それで研究所、ね。確かに、嫌な響きだな。」

「やしな先輩、配置通達来ました。うちの班はこのまま、司令部付近で待機、周辺警戒とのことです。」
「はーい、了解。さて、こう見晴らしがいいと、かえって気が緩みそうね。ちょっとでも高さ確保しておくか。」
「えと、高さと言っても…。」
なだらかな丘の広がる場所で、高さを確保するというのは、実は容易ではない。思わず周囲を見回したえるむだったが、ふとやしなの背後にそびえる林の梢が目に入る。無言でそれを指さしながら視線を戻すと、やしなはにっこりと満面の笑みを返した。
「はい、ご名答。木登りは得意?」

 

 

« 白いオーケストラ、再び vol.1 | トップページ | 白いオーケストラ、再び vol.3 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 白いオーケストラ、再び vol.2:

« 白いオーケストラ、再び vol.1 | トップページ | 白いオーケストラ、再び vol.3 »