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Out of Mission

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白いオーケストラ、再び vol.3

 

 

***   Out of Mission   ***

 

「えっとー、世界は七つあってー。でもその内のひとつの第6世界は、実は3000に分かれてる、と。」
「はい、そですね。」
「じゃあ七つと言われるのは数のことじゃなくて、種類が七つ、という感じでいいですか?」
「あ、はい、七種類の世界がある、という方が、分かりやすいかもですね。」

まだまだ春は遠いとはいえ、珍しくも一日晴れ上がった雪景色の青森は風も穏やかで、寒さも心持ち緩んでいるように感じられる。時刻は夕暮れに向かうところ、空はほんのりと朱の色を重ねて、薄く紫の気配を漂わせていた。
そんな雪国の田舎の風景の中を、きりりとしたメード姿の若い女性が連れだって歩いているというのは、なかなかにシュールなものがある。軍服風で機能的デザインの青いメード服は、その風景の中で目立ちまくっていたが、本人達が至って平然としていると、そんなものかと思われてしまうところが、世間の常識という人間の意識のいい加減な柔軟さというものかもしれない。

「種類が、七つ。じゃあ、その種類というのは、何が違うんでしょうか。」
「…世界はそれぞれ、物理域が異なっていて、その世界を特徴付ける基幹技術というものがあると言われています。」
「物理法則が違うということかな? だったら、それぞれの物理法則に適した技術が、基幹技術かなー。」
「は、はい、おそらくその通りだと思います。」
「おそらくっていうことは、確定じゃないんですね?」
「それぞれの世界からは、別の世界は見ることも触ることも出来ない、ので。」
「うーん? 別の世界は見ることも触ることも出来ない、じゃあ誰が、世界は七種類って数えたんでしょうー。」
「…えと、それは観測の結果、です。」
「なるほど、普通の物理法則的には見たり触れたり出来ないけど、情報の伝達手段はあるってことですね。」

やしなの予想どおり、戦闘が一段落しても司令部からは今後の動きについて指示らしき指示も出ず、待機状態で長々と部隊は留め置かれていた。退屈に業を煮やしたやしなは、周辺偵察の名目で、なつきとえるむに病院近くの街へと買い出しを命じ、ふたりは雪の風景の中をのんびりと連れ立って散歩、という状況だった。
さすがに郊外の牧場までというのは、部隊から離れて移動に時間がかかり過ぎるとのやしなの判断から、泣く泣くチーズケーキを諦めたなつきは、いっそのことお菓子じゃなくてフルーツにしましょうと主張し、腕一杯に林檎を買い込んで歩いている。当然、やしながリクエストした銘酒も却下済みである。

「…世界と世界との間で、可能性という情報の伝達をしているのが、リューンだと、言われています。」
「可能性? 可能性って、何の、可能性ですか? んーと、情報と言えば情報ですけど、ずいぶんアバウトな表現だなー。」
「このあたりになると、神話や伝承もたくさん含まれてきてしまいますので。」
「オーマの文化として伝えられてきたことと、それを元に科学的に観測した結果が、混ざり合ってる訳ですね。神話や物語は、きれいで素敵なんですけど。」
「…世界は美しい七つの螺旋、遥かな高みへ登っていく階段だと。」
「でも七つの螺旋て、ちゃんと世界構造の物理的概念モデルでもある訳ですよね。高みっていうからには上下があるんだし、その基準になるのは何なのかな、とか。立体グラフの把握でパラメータが分かんなかったら、大変ですよう。」
「ええっと、七つの螺旋モデルは、仮想的に時差を距離として描いたものです。下から上へ流れるのは、絶対時間軸ですね。」
「えー、時差なのかー。じゃあ世界が本当に近付いたり離れたりしながら、螺旋軌道をぐるぐる移動してるっていう意味じゃないんですね。あ、そもそも物理法則が違ったら、空間の距離の概念が同一にならないんだしー、同一パラメータで描けない、ですか? あれー、じゃあ時間の概念も…。」
「世界と世界の間で、私たちが普通に考える空間的距離がどうなっているのかは、まだよく分からないですね。」
「…んーと、一筋縄ではいかないってことは、よーく分かりました。もうちょっと頭の中が整理できたら、また教えて貰ってもいいでしょーか。」
「はい、いつでもどうぞ。」

林檎の袋に顔を埋めるようにして、ちょっとへこんでいるなつきに向かって、えるむはくすりと笑みをもらした。それから少し声を潜めると、こっそりとなつきに話かける。
「あのう、今度は私が教えて頂いてもいいでしょうか。」
「はっ、はい、何でしょう。何でも聞いて下さい。」
「えと、私たち一応、あんまり目立ったらまずいんじゃないかと思うんですけど、こんなに堂々と歩き回ったりしても大丈夫なんですか。」
「ええ、いつも潜入先の文化や風習、服装については一通りの確認を済ませてます。さっきお買い物したときも、平気だったですよね。貨幣もちゃんと用意してますし。」
「…でも、何だか少し驚かれてたみたいでしたけど…。」
「このぐらいの違いだったら、こちらが平然としてれば、下手に隠すより疑われないんですよ。この国は現在、全体としては戦争状態だけど、この周辺部は散発的な戦闘が起こるぐらい、という社会情勢のようなので、軍服に模したデザインの服装なら、かなりのバリエーションは大丈夫だと思われます。」
「なつきさんは、情報部の所属なんですか?」
「あのー、ちゃんとした訓練を受けてる訳じゃないんですけどー。何だかあちこち首を突っ込んでる間に、こう、身に付いちゃったというか、ですねー。偵察任務は、結構得意です。やしな先輩は人使いが荒いですけど、でもちゃんと得意な分野を分かって指示を出してくれるので、お仕事しやすいんですよね。」
「ええ、そうですね。そう思いますです。」
「先輩、無茶なことしたりもするんですけど、でも絶対に勝算が無いことはしないんです。私たちには無茶に見えても、先輩的には計算上間違いないって確信してるからやっちゃうって感じかなー。だからこう、荒っぽいけど、がさつじゃないんですよね。」

周辺の地図もすっかり頭に入ってしまっているらしいなつきは、少しも迷うことなく街中を進んでいく。こちらは腕一杯にみかんの袋を抱えて、素直になつきに付いて歩いていたえるむは、街角を曲がったその先が、戦闘中遠くから眺めていた見覚えのある病院の建物であることにやっと気が付き、驚いて立ち尽くした。
「んで、周辺偵察ということで、病院内の状況を覗いて来いというのが、今回のやしな先輩の作戦でーす。」
眼を丸くしているえるむの表情に満足したのか、にこにこと笑いながらなつきが明るい声を上げる。
「ていうかー、具体的にはぽち姫さまの状況、ですね。」
「…え、でもそんなことをしても、大丈夫なんでしょうか。司令部に許可は…。」
「だって、果物抱えてお見舞いに行くんですから。地元の人に疑われなければ、司令部にも内緒で何とかなりますよ。一応ですねー、私たちは偶然病院を見付けて、何かの理由で中に入ることになっちゃった訳なんです。きっとお見舞いの配達とかと間違われたんですよ、ほら、こんな服装ですし。大丈夫、口八丁の偵察任務は得意技なので、私に任せて下さい。ぽち姫さまが病院に運ばれた状況って、少しぐらいは分かったりしますか?」
「は、はいっ、たぶん谷口が…。」
「ああ、例の仕事より恋を取った自衛軍の司令ですね。じゃあ谷口司令の指示でお見舞いを届けに来た、でいきましょうー。」

屈託無く笑いながら、病院へ向かってすたすたと歩き出したなつきを、えるむは慌てて追いかける。
それは冬の青森に隠れている春の気配のように、また新しい物語が目を覚ますよりも、少し前の出来事。

 

 

 

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