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Let's Over the Rainbow vol.1

 

 お題

「26万7000tのバナナがあります。ナスカの地上絵を描きなさい。物語で」

 

 

(修正1 誤・8000メートル → 正・8000キロメートル 08/05/22 09:30)

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267000 × 1000 × 2.2046 / 3 / 365 (lb)

 

芭蕉の如く

 

 

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vol.1

 

そのリズムが一体どこから始まったのか、誰も知らなかった。

移り変わりの激しい音楽の世界はその頃、古典的宗教音楽に何重にも複雑なアレンジを重ねたネオ・クラシカルな曲が主流派で、いわゆる業界の人間はそのシンプルな響きに、当初まるで注目せずにいたからだ。

そのシンプルさが逆に、複雑な怪奇なシンセサイザー音楽に食傷気味だったファンの興味を引いたのだと、後になってそんな風に批評家たちはこぞって論評した。

後出しの解説が本当に的を得ていたのかどうか、ともかくも専門家と呼ばれる人々の情報網をすり抜けて、そのリズムはいつの間にか、社会の中へと染み込むように広まっていた。

元々は、原始的な打楽器のリズムなのだと言われていた。何度となく時代時代の音楽の中に取り入れられて、よく聞いてみると過去の様々なメロディラインの後ろに流れているのに気が付く、そんなリズムだった。

単純で素朴な4拍子。どっしりした最初の1拍の四分音符に、軽い八分音符が二つ続く。3拍目に休符が来て、その空白に挑むように4拍目を勢い良く鳴らすのが、ストリートミュージシャン達の流行だった。そして誰にでも直ぐに覚えられるそのリズムは、観客をも巻き込んで伝わり始め、やがて歌い手と聞き手の垣根なく参加して踊るような形の広まりを見せるようになったのだ。

最初の1拍に足を踏み鳴らし、それを手拍子で繋いでゆく。そんな歌と踊りが未分化の時代を思わせる、シンプルなリズムの繰り返しは、ネットやストリートの空間で急速に浸透していった。

そんな中開始されたオーディションには、似たような明るい南国風の曲がずらりと並ぶこととなった。流行の先取りのつもりで真奈の楽曲を用意したスタッフが、揃って大慌てになったのを思い出して、真奈はこっそりとため息をついた。真奈の曲のオリジナルは、200年程前の双子の女性デュオなのだと聞いていた。

(真奈、そろそろ始まる。スタンバイ。)

こちらの返事を聞くつもりがまるでない、一方的な口調のマネージャーの声が、頭の中で響いた。「飲む携帯」と呼ばれるマイクロマシンには、その便利さに反して根強い抵抗感もあり、普及はあまり進んでいなかったが、業界の人間としては必需品である。加えて真奈は個人的に永らくその恩恵に預かっている事情もあり、リスクが全く無い訳ではないと承知していながらも、マイクロマシンに特に抵抗を感じてはいなかった。

マネージャーの言葉通り、観客の集まり始めた会場の様子が、控え室のモニターにも映し出された。巨額の費用を注ぎ込んで今日のために整えられたスタジアムには、ふんだんに最新式のホログラム装置が導入されていて、観客席の合間にまで立体映像が浮かび上がっては消えている。

便利な技術というのは、こういうものなのだろうと、真奈はぼんやりと考えた。どんなに奇抜で訳の分からないシステムでも、ひとたびそれが普及して人間の認識の中に浸透してしまえば、それは単に当たり前のことになってしまうのだ。

会場の様子を上擦った声で伝える女性レポーターに続いて、これまで何度となく目にしてきた、この一連のキャンペーンのイメージ映像にモニターが切り替わった。

スタジアムの空中にも、緩やかに回る巨大な回転体の立体映像が映し出され、席につき始めた観客からどよめきの声が上がるのを、マイクがすかさず拾っている。映像で見ていると、それが全長8000キロメートルにも及ぶなどということは、想像も付かない。空中に浮ぶ巨大な風車、ボロ・ステーション。

それから、テーブルの向かい側に座ってくつろいでいる彼女を、真奈はそっと盗み見た。

斜陽気味のショー・ビズの世界としては、このオーディションは久々の大プロジェクトだった。日本月あたりが出所と言われる巨額の投資が動き、各地から始まった予選が何度も繰り返され、派手な広告宣伝は社会現象にまでなっている。

その激戦を勝ち抜いた頂点を決定する今日、ステージに立つことを許された8組は、皆それぞれに業界でも粒ぞろいが顔を揃えていた。どんな秘蔵っ子でも、狭いこの世界ではどこかしらで顔を知られている。
その只中で、これまでの経歴が全く不明な彼女は、掛け値なしのダークホースだった。

ありあ、そう名乗る少女は今、真奈の目の前でのんびりとデザートを口に運んでいる。そういえば、この間も同じものを食べていたと考えながら、真奈はまるで緊張した様子の無い余裕綽々としたその態度に、逆に追い詰められたように居住まいを正した。

バナナ味の冷たいミルクデザートは、こちらも最近妙に流行っていて、何処へ行っても同じものが出てくるのに、正直真奈は閉口していた。

真奈はバナナが嫌いだった。二倍体、そんな言葉を知った時から。

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重力井戸の底から質量を汲み上げる滑車が回り、目には見えない無限軌道へ乗せて物流が動き始める。
そしてそれは同時に、地に縛られた民である限界を乗り越えて、人類、いや、知類が宇宙へと広げた翼に浮力を与える運命のプロペラでもあった。

ボロ・ステーション・プロジェクトの本格始動に合わせて行われた、その推進キャンペーンのイメージキャラクターを選ぶオーディションは、この種の企画としては大変珍しいことに、スポンサーの意向が何処にも見られないまま進行されていた。

ステージの裏側で、誰が勝者となるのかを操作することがない戦いは、実際にはこの業界では滅多に見られない。しかもやり直しが許されない生ステージを、贅沢に繰り返す公開オーディション形式は、数多くの観客というジャッジの目の前で、極めて公平に、時には残酷に推し進められていった。

参加資格を問わない大激戦の地方予選から、連戦を勝ち抜いて生き残ったのは、結果として見事な実力派揃いとなった。社会の注目度から言っても、ボロ・ステーションという未知の建造物のイメージを方向づけるのに、十分な効果を生んでいると言えるだろう。

残った8組のその先頭を走っているのは、ありあと名乗る、真奈と同じ年頃の少女だった。

ずば抜けた歌唱力と、驚くほど敏捷で美しい身のこなしを併せ持つ彼女の才能は、レッスンによって身に付けた真奈や他の芸能プロ所属の人間とはまるで違う、これが本物であると見せ付ける全くの天性のものであるように見えた。彼女もまた、シンプルな南国風の歌声を持ち歌に披露していたが、それはまるで彼女のために用意されたとばかりにぴったりとはまっていて、身軽に踊りながら彼女が歌うそのリズムを聞いてしまってからは、他の出場者達が歌う似たような旋律は、皆贋物に聞こえてしまうほどである。

現在オーディションの成績は、絶大な観客の指示に支えられ、大差の高得点をありあが獲得している。むしろ審査員連からの高い評価を得て、それに追いすがる真奈は、グランプリ候補として何かにつけライバル扱いの演出されている。今日の最終ステージも、ゲーム風に出演順序がくじ引きで決められ、真奈はありあを押さえてフィナーレを引き当てていた。

既に他の参加者達はすっかり諦めムードで、祭りの最後を楽しんでいるようだった。何しろその勝者である筈のありあが、最ものんびりとしたマイペースを崩さないのだ。

ただ真奈だけが、争いの緊張感の中に取り残されていた。

そんな真奈の心の中を、そっくりそのまま現実に映し出したようなステージ袖の暗がりに、幾つものモニターと舞台装置のパイロットランプが、ぼんやりと浮かび上がっていた。華やかな舞台とは裏腹に、そこは昔ながらの、素っ気ない雑然とした空間である。

薄暗い舞台裏に浮かび上がる機械装置の灯りのその光景に、真奈は顔をしかめた。それは、嫌な思い出の光景と、余りにもよく似ていたからだ。

幼い頃の彼女は、その生活の大半を病院で過ごしていた。病気の原因ははっきりと分からないままだったが、先祖返りのようなものだと、そんな説明を受けていた。遺伝子操作の技術に安全性が確立されるより以前、いつの時代であるのかも分からないような頃に行われたらしいゲノムの傷跡が、先天性の疾患として真奈を苦しめていたのだ。

技術は存在していても、後天的遺伝子治療には長い時間がかかる。夜半にふと目覚めて目にしていた、看護装置の灯りが浮かぶ薄暗い病室の風景は、幼い真奈にとって、自分が世界から切り離されていることの寂しさの象徴のようなものだった。

「……真奈ちゃん。」

物思いに沈み込んでいた彼女を、ささやくような声が引き戻した。はっとして振り返る真奈に向かって、ありあが、屈託なく人懐こい笑顔を向けている。

これまでその歌声のイメージのままに、シンプルで飾り気の無い普段着のような衣装で通してきたありあも、今日は薄い黄色のドレスに身を包んでいる。だがそのすらりと伸びた姿勢と、予想外に長い裾を扱いなれている態度を見れば、衣装に負けていないことは確かである。

自分のスタッフ達がありあに目をつけて、いっそスカウトして真奈とデュオとして売り出そうかと算段しているのを、真奈は知っていた。それが無理もないということが、ありあと戦い続けてきた真奈には、嫌という程良く分かっていた。
歌い踊ることが楽しくて仕方がない、そんな気持ちが見ているだけで伝わってくるありあを、誰よりも近くで見続けていたのは、他ならぬ真奈自身だった。もしも、ありあと一緒に歌が歌えたなら、それを望む気持ちが自分の中にすらあるのだということは間違いないのだ。

だが、それを認めてしまったなら。これまでの自分の努力は、水の泡と消えてしまうのだろうかと、真奈はふとそんなことを考えた。

ありあが、黒く光る大きな瞳で見詰めるその視線から、真奈は思わず目を逸らした。真奈の心の内を知る筈もない彼女は、しかしまるで真奈の気持ちを思いやるかのようにそっと、真奈に向かってささやきを続けた。

「…私、真奈ちゃんの歌が好きなの。何処かで真奈ちゃんの歌を聴けるのを、私、楽しみにしてるね。」

その意味を掴みかねた真奈が顔を上げるより前に、ありあはそのまま背を向けて舞台へと歩き去った。ありあの登場を待ちかねていた観客達が大歓声を上げるのを聞きながら、真奈は唇をかみ締めた。このありあの後に、歌わなければならないのだ。

 

 

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