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Portia

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Messenger of Light

 

 

***  Portia   ***

 

お米の国として押しも押されぬ都築藩国は、稲作に適したモンスーン気候の国の常として、緑を育む雨季のある国である。蒸し暑い梅雨時は何かとうっとおしい季節でもあったが、その雨ですくすくと育ってゆく緑の稲を見るのは、巡る季節の楽しみのひとつでもあった。
そんな梅雨の晴れ間をぬって、退屈で長い会議から解放されたやしなが部隊へと戻ってきたのは、ちょうど暑さも和らぎ始める夕方に差しかかる頃だった。

湿度の高さで今一つ調子の上がらない隊員も多い中、そんな様子は微塵も感じさせない小気味の良い足音が、廊下に響く。とはいえ、持ち帰った会議資料の内容に、珍しくも慎重に考えを巡らせているやしなだった。
「あ、お帰りなさいませ。」
そんな思案顔のまま上の空でドアを開いた彼女を、いつもと変わらぬのんびりとした口調のえるむの声が出迎えた。
「うん、ただいま、ああ蒸し暑かった。何か冷たい物でもあるかな。」
「はいー、アイスコーヒーでいいですか?」
「あ、あのジャスミンが入ってるトロピカルアイスコーヒーが美味しかった。」

最近ではすっかり班内の秘書状態であるえるむが、手慣れた様子で飲み物を用意している。デスクに資料の束をばらまくと、やしなはえるむが差し出したグラスを受け取って、中の氷をがりがりと豪快にかみ砕いた。その様子を、軽く眼を見張って眺めていたえるむが、しかしいつまでも丸いお盆を抱えたまま佇んでいるのに気が付いて、やしなは首をかしげてみせた。

「なあに、どうしたの、えるむ。」
「……あ、あの、やしな先輩、あのですね。」
口調はいつものんびりではあったが、その実、えるむが言葉を言いよどむということは滅多にない。やしなが思わず、すらりときれいな弧を描く眉を寄せているのを見て、えるむは意を決したように話し始めた。
「お、お願いが、あるのですが。」
「お願い? 今度は、なに。」
「……何も聞かないで、許すと、言って頂けませんでしょーか。」
「なにそれ。」
「き、聞かないで下さいー。」

やしながふと気が付くと、えるむの背後では数名の班員たちが、こそこそと隠れながら様子を伺っている。どうやら、えるむ本人の事情であるというよりも、単に狼の首に鈴をつける不運に見舞われた、というところなのだろう。
小さなお盆に隠れるようにして、えるむが自分の返事を待ってじっと見詰めているのに、やしなはふうと息を吐き出すと、改めて息を吸い込んできりりと宣言を返した。

「よし、許す。」
「やったーい!  さすがはえるむさん!!」
隠れていた班員たちが歓声を上げてわらわらと出てくるのを、やしなは苦笑しながら眺めていた。どうやら予想通り、えるむをやしなに向かってけしかけたのは、なつきの発案らしいかった。彼女のやたら柔軟な発想と、非常に鋭い人間観察力には、やしなも一目置いていた。突拍子も無いように見えて、実は非常に的を得た手八丁口八丁のその危機対処能力はずば抜けている。
ともあれ、ひとたび許すという言葉を口にしてしまった以上、やしなとしては無闇に怒るつもりは無かった。そういうやしなの性格も、なつきはちゃんと把握しているのだろう。

「で、結局一体なんなのよ。」
「ええっと、先日のバトメ寮のダンパで、やしな先輩に男役をお願いしたじゃないですか。」
「ああ、何だか凝りまくって、なんちゃって儀礼服作ってかつらまで被らされた奴。それで?」
「実はあの時、写真を何枚か隠し撮りしてたりしてですねー。」
「……まさか。」
「ちょ、ちょっと手違いがありまして、宮廷の奉仕の司の子たちに、りゅうしゅつ…」
「何ですって!?」

余りにも予想外の状況に、腹式呼吸で号令をかけなれた通りの良いやしなの声が響き渡った。しれっとした顔で説明を続けていたなつきではあったが、その声の迫力に、さすがに首をすくめてくるりと身を翻した。そこですかさずえるむの後ろに逃げ込んでいるあたり、確かの咄嗟の判断力には間違いないと言うべきだろう。
一方そのやしなの迫力にも一向に動じる気配の無いえるむは、背後から押し出されながら、それでもマイペースに状況説明を続けている。

「あのですね、顔がはっきり映ってた訳じゃなくて、誰の写真なのかとかは内緒にしてたんです。そしたら逆に盛り上がっちゃって、どこかの国の留学生だとか、天領の御曹司のお忍びだとか、色々と尾ひれがついちゃってですね…。」
「それで現状どういう情報になってるのよ。」
「いえ、あの、何とか誤魔化してるので、先輩だとばれてる訳ではないんですがー、そろそろファンクラブ設立かとー。」
「ふ、ふぁんくら……。」

さすがのやしなも、バトメ部隊内に自分のファンクラブが設立間近と聞いてしまっては、呆然とするより他になかった。アイスコーヒーの冷たいグラスを握り締めたまま、やしなはふるふるとその手を震わせていたが、一度口にした言葉に大変義理堅いやしなは、辛うじて自分の動揺を押さえ込むことに成功した。事実上、なつきとえるむの作戦勝ちを認めざるを得ない心境である。

「……ぼっしゅう。」
「えー、だって先輩、許すって言ったじゃないですかー。」
「えーじゃないでしょ、これまでの部分は許しても、今後とも野放しとは言ってない。写真は全部没収、残らず提出しなさい。情報はそのまま無期限凍結、第一級機密扱いとする。リークしたら厳罰だ。」
「だって、せんぱい、盛り上がってるネタを取り締まると、火に油を注いだりしますけどっ。」
「え、寮の談話室に貼ってあるポスターも…。」
「さっさと剥がしてくる!! なつきは流れた情報の現在地を推定して作戦立案と班内指示、写真類は全て回収、複写データは破棄、これ以上ゴシップ広めないように各人にきっちり口止め、即時対処始めなさい。えるむはここで、私の仕事の手伝いをする。行動開始、駆け足!」

やしなが本気で命令を下し始めたら、それに逆らう度胸のある者はさすがにいなかった。なつきを筆頭に班員達がばたばたと駆け出して行くのを見送って、やしなはもう一度、ふうっと息を吐き出した。
「まったくもう、次から次へとやっかい事が。」
「…えと、お仕事で何か、面倒なことでも。」
「次の任務は、なかなかデリケートな仕事になりそうなのよ。」
やしなはデスクに散らばった資料の山の中から、計画概要のプリントを引っ張り出してえるむに差し出した。
「新臣民問題対策の、第二次計画、ですか…。」
「炊き出しとか仮設住宅の対処とか、緊急の対策はある程度成功したし、補助金も出たしね。幸いI=D工場の再建事業が上手く就労対策にはまったみたいだけど、今後藩国内で新臣民が長期的に定着出来るのかは、これから腰を据えて考えなきゃならない。この計画の中で、公衆衛生関連の任務がバトメ部隊の担当に決まったわ。」
「? 公衆衛生?」
えるむは手早く資料に目を通し始めた。難民キャンプや仮設住宅地周辺の衛生チェック、上下水道の管理、実際の新臣民への面接調査や健康相談などの項目が、バトルメード部隊の任務として列挙されている。藩国の保健衛生を管轄する部門との合同業務ではあったが、通常なら、仮にも軍組織であるバトメ部隊に回されてくるような仕事ではない。

「既に藩国内への移住が始まっているところも多い。拡散した先々までフォローするのは、普通に手間隙だけ考えても、なかなか骨が折れそうね。」
「…この任務が、軍の一員のバトメ部隊に割り振られる理由が、あるんですね?」
「工作員の潜入が確認されている現状では、バイオテロの標的になる可能性が否定出来ない。」
えるむは思わず息を飲んでやしなを見詰め返した。確かに現在のような状況では、難民キャンプ周辺の衛生状態は完全とは言い難い。元々医学関連の技術レベルでは、帝國は共和国に差をつけられており、こんな状態で伝染病が発生すれば被害は大きく広がることになるだろう。しかもそのニュースが、どんな形で藩国民に受け止められるのかは予想が付かなかった。

「文化も生活習慣も食生活も、全く異なる集団同士が接触する以上、本当に風土病伝染の発生も無いとは言えないのよ。間の悪いことに、ちょうど梅雨時から夏の時期になるしね。病気の発生を新臣民と結び付けて風評被害にされるのが、最悪のケースかな。」
「それは…。」
「そういう静かで不気味な戦争も、あるということよ。新臣民と藩国民、どちらの側が狙われてもおかしくはない。バトメ部隊としては、病気の発生から民を守るのと同時に、そういう状況が噂になって一人歩きしたりすることのないように、情報管理にも十分注意して活動することが要求されている。正確なデータを、地道に集める作業になりそうね。これから、帝國環状線敷設の大プロジェクトも始まるんだし、帝國内全体の防疫態勢ぐらいは視野に入れて動かないと。」

既に飲み干してしまった空のグラスを持ったまま自分の思考に没頭し始めたやしなを見て、えるむは小首を傾げると、もう一度飲み物の用意をし始めた。新しいグラスに氷を入れる涼しい音を響かせ、冷たいコーヒーを注いで持ってくると、えるむは再びやしなに話しかけた。
「でもあの、先輩、いいんでしょうか。」
「ん? 何か問題になりそうなところがあるかな。」
はたと我に返ったやしなにアイスコーヒーを差し出すと、えるむはいつもと変わらない口調で言葉を続けた。
「いえー、あのー、ブロマイドの回収なのですが。」
「…だからブロマイドじゃないって。」
「えとですね、あんなに盛り上がってる話題の人物に対して箝口令がしかれて、その命令がやしな先輩から出ているというのはですね、つまり、先輩の好みだとか、関係者とか、場合によっては、恋人だとかー。」
「……なんだそりゃ」
「えー、そういう方向になると思います、けどー。」
「何なのそのややこしい構図は!」

 

 

 

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