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 Conductor

 

 

***   Picket line   ***

 

収穫の秋も終わりに近付き、日毎に気温が下がって冬の気配も色濃くなるこの季節は、また日毎に昼の時間が短くなり、冷たく冴えた星はその輝きを増してゆく季節でもある。まして都市近くに在りながら、建物や照明の明るさから隔てられた夜のコンテナ基地には、黒々とした影が居並ぶ素っ気ない風景が広がっていた。

農業従事者が中心の都築藩国にしては、やや遅い時間ではあるが、帝國環状線の稼働に伴い、夜間の旅客や翌日に備えた深夜の物資流通も大きくなって、都市部の夜としては、まだ活動時間帯と言える時刻である。コンテナ車両がゆっくりと動く重々しい音を足元から聞きながら、えるむはふと立ち止まった。

目指しているのは、線路の上を建物で覆い、鉄道車両をそのまま運び込んで整備する作業所である。コンテナの谷間を縫って続く細い歩行要路の向こうに、大きな窓から明るい光が漏れるそのシルエットが浮かび上がっている。その明るさに近付く前にと、大きく広がる夜空の下でしばらく星を見上げていたえるむは、やがて山程の数の焼き菓子が入ったバスケットを持ち直すと、再び歩き始めた。

車両の空き時間に整備を行うこの類いの部門の常として、どんな時間帯でも、通常それなりの人員が立ち働いている筈の作業所である。今回の作戦ではそれを利用して、コンテナをカムフラージュに使ったWD部隊の移動とその展開ポイントに、この場所を使っていたのだ。

だが、WD部隊の展開を待って、それなりの人員が集合している筈の建物は、えるむの予想に反してひっそりと静まりかえっている。少し慌てたえるむが、きょろきょろと辺りを見回しながら建物の中を歩いて行くと、整備機械の合間から、小柄な作業服姿の男がひょっこりと顔を出した。

「おお、待ってたぞ、えるむ君。」
「あ、はい、お待たせ致しました。あの、お一人でしょうか。」
「うん、そうなんだ。実は急に、忙しくなってしまった。」
「は、はいっ。」

一気に緊張したえるむに向かって、妙に作業服の似合うその男は足早に近づいて来た。小柄な体つきではあったが、その行動も良く通る口調も、きびきびとして無駄が無い。だがそれでいて、忙しなさを感じさせない、状況を楽しみ続ける飄々とした余裕の雰囲気が、その周囲を取り巻いている。一見叩き上げで職人肌の整備士のように見えるこの男が、その筋では名の通った希代の策謀家であるとは、なかなかに信じ難い。

「やしな君から、君はこのままこちらに留まるようにとの許可を貰っている。」
「はい、了解致しました。あの、予想よりも、速かったのでしょうか。」
「まあ、想定二つのうちのひとつが来たというところだろう。心配せんでも大丈夫だよ。」
「いえー、心配はしておりませんが…。」
こちらも状況をどれだけ把握しているものか、緊張した面持ちではあるが、どこかのほほんとしたえるむの様子に、中年から老年に差しかかろうというその男は、思わず表情を緩めた。

「時にえるむ君に聞きたいことがあるんだがな。」
「はい、何でしょうか。」
「そのバスケットは、例の?」
「あ、はい、夜食用に米粉のマフィンを焼いて参りました。」
「それ全部がそうなのかね。」
「はいー、あの、まだみなさんいらっしゃるのかと思っておりましたので…。」
「中身は、何かな。」
「あ、えとですね、リクエスト頂きました鮭とチーズ、あとドライトマト、それから季節物で栗と…。」
「おっ、シャケは嬉しいな。今一つ頂こうか。」
「はい、どうぞどうぞ。」

子供のように無邪気な仕草で、バスケットの中身を覗き込みそうなその勢いにくすりと笑みをもらしながら、えるむはバスケットの中身を取り出し始めた。それを受け取るなり、男は嬉しそうに頬張ると、口元を動かしながらも、満足気にこくこくと頷いている。

「うん、旨い。今は酒が飲めないのは残念だが、まあ仕方がないな。これで野郎共が戻ってきたら、恨まれること請け合いだ。先に一人で食ってずるいとか、絶対あいつら言い出すだろう。」
「あ、まだたくさんありますので…。」
「いやいや、旨いものというのは、つまりは早い者勝ちだ。」

ぺろりと渡されたマフィンを平らげると、男はもう一度嬉しそうに、えるむに向かってにこりと笑いかけた。そして、それにえるむが返した微笑みを確認した、次の瞬間。何かのスイッチがぴしりと入ったかのように、その男の背筋が、すっと伸びる。はたと我にかえったえるむは、慌てて自分の笑顔を引き締めた。

「さて、確認したいんだが。このバスケットの中身は、食べ物だけかね。」
「え、あ、はい、後は飲み物とか、おしぼりとかですが…。」
「武器の携帯は?」
「…はい、いいえ。この時間帯にバトルメードが、環状線関連の乗務員指導にお邪魔することはあってもおかしくはないですが、その場合、武器の携帯は致しませんので。」
「ふむ、さすがはやしな君に鍛えられているな。度胸も判断力もある。」
「は、はい、あのう…。」
「と言うことは、君はこの場所へ、実際指導に来たことがあるんだね。」
「はい、何度か。帝國環状線は業務に就いて見習いのお給料を支給されながら、現場で実習出来る教育方式が広く採用されましたので、指導も時間外に少しずつが多くなりました。」
「では、この近辺にも、ある程度土地勘があるかな。」
「はい、一応は…。」
「配電設備関連の施設周辺は?」

男の言わんとしていることに気が付いて、えるむは一瞬息を止めた。それから、改めて大きく息を吸い込むと、しっかりと返事を返した。
「…はい、そちらにもお邪魔したことはあります。」
「そうか、では、頼みたいことがある。」
「はい、なんなりと。」

えるむの返答に満足したかのように、再び男は相貌を崩した。そして、まるでマフィンをねだるのと同じような無邪気さで、上機嫌に話を続けた。
「うん、いい答えだ。だが説明の前に、ちょっと説得して欲しい人物がいるんだが。」
「…はいー、説得というと…。」
「いや、さっきから無線に割り込んで騒いでいる男がいるんだよ。折角なつき君のオペレートを堪能してたんだが、バトメ部隊はいつから、お目付のメイド・ガイを連れてるんだね。」
「…あ、もしかして…。いえ、あの、メイド・ガイという訳ではなくてですね…」

 

 

 

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