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Picket line 10

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 Picket line 9

 

 

***   Picket line 10   ***

 

王島を足場にして、再びコンテナの上部に飛び上がった柊星は、徐々に強まってきた風に吹かれながら、もう一度改めて周囲を見回した。煌々とライトに照らし出されて浮かび上がる環状線の変電施設は、もう少し離れた南側に広がっている。そのさらに向こう、構内ではCからD地区の町名で呼ばれる辺りに、敵先攻の一団が制圧されている筈だった。ちょうどその方角から、切れ切れの打撃音のような音が流れて来たのに気が付き、柊星は眉をひそめた。コンテナで取り囲まれた上に、米粉を山程頭上からぶちまけられた筈の敵先攻チームだったが、完全に確保されたのかどうかは、まだ分からない。柊星がその目つきの悪い眼差しを、さらに眇めたその時。

自分の真後ろの上方から聞こえてくる、鈍く轟くような音に気が付き、柊星はもう一度慌てて振り返った。星の散った空の彼方から、高い滝を落ち続ける水のように重く響く連続音が、遠く打ち付けている。そしてそれは、急速にヴォリュームを増して、即ち、接近して来たのだ。
「瑞穂、来た、ヘリの音だ!」
「あほう、柊星! いったん伏せろ!!」
星空を黒く切り取ったような影が、あっという間に膨れあがり、巨大な爆音が耳を叩きつける。為す術もないまま、それでも仁王立ちになってそれを迎えた柊星を嘲笑うかのように、その影はふわりと高度を上げ、しぼんで小さくなった。そしてそのまま、明るい変電施設の上空すら飛び越えて、もう一度地面へと急降下する。

 

C-202までもう少しのところで立ち止まった二人は、その施設を照らすライトからは少し外れた薄明かりの中で、周囲の状況の推移を辛抱強く待っていた。自分がやしな達に構内通話で連絡を入れた後、ほどなくして、変電施設の向こう側でまたしても金属がこすれ合うような音が響いてきたのを聞きつけ、えるむは緊張に身を固くしながらも、しきりに背伸びしてその方向を伺っていた。

その時不意に、手にした携帯端末が予想外に鳴り出し、えるむはあたふたと通話のスイッチを入れて再び話し出した。
「あ、あの、やしな先輩から、緊急連絡が入っております。航空機が接近中と、それだけお伝えするようにと。」
伝言の意味を掴みかねて、疑問に首を傾げながら伝えられたえるむの言葉に、しかし司令官は至って上機嫌な顔のまま、嬉しそうな声で答えた。
「お、さすがはやしな君だ。先に構内通話とは、いい判断だな。」
「はあ、この構内通話回線は、バトメ部隊が乗務員教育にお邪魔する時に使用するためにお借りしているものなので、今回の合同作戦の方達には、伝わらないかと思いますが…。」
「そう、それでいいんだよ。我々はあくまでも、現場に紛れ込んだ部外者でなければ。」
「えと、あの、”誰に”対して、そう認識させたいのでしょう。」
「ふむ。君もなかなか良い勘をしているようだな。」

その言葉の意味するところがいまひとつ掴めないまま思案顔のえるむの耳に、比較的近距離から響く重い衝撃音が届いた。続いて二度三度と音が続く。はっとその方向に目を向けるえるむの耳に、さらに落ち着き払った司令官の声が届く。
「えるむ君、焦らないで、まず落ち着きなさい。」
「あ、は、はいっ。」
「バスケット用意。」
その言葉に、はたと我に返ったえるむは、手にしたバスケットの柄をぎゅっと握りしめた。先程音がした方向へ向かって、えるむがさり気なく一歩を踏み出した、次の瞬間。

居並ぶコンテナの隙間から、複数の黒い影がまろび出た。視界の開けた作業通路に出て、油断無く左右を見渡して、変電施設の照明を確認している。その彼らが、道路の真ん中に立ち尽くすバトメの姿を捉え、戦闘態勢に切り替わろうとした機先を制し、司令官が背後からとんとえるむの背を押した。それに弾かれるようにして、さらに侵入者達の一群に向かって歩み寄ると、えるむは手にしていたバスケットを地面に置いて、素早くとって返した。

二人に向かって包囲網を縮めて迫ろうとした侵入者達の目前で、突然そのバスケットは、軽い爆発音と共にもうもうたる白い煙を噴き上げた。予想外の事態にたじろぐ侵入者達の隙をかいくぐり、道路上の二人は素早く反対側のコンテナに向かって後退した。あたりに立ちこめた白煙に巻かれ、二人を見失った侵入者達の目前で、今度はバスケットが、ぱちぱちと音とを立てて派手な花火を吹き出した。白い煙のスクリーンに反射して赤や青の光が賑やかに乱舞する。それは周囲に展開したWD部隊の兵士達の、集合の目印となる筈だった。

だが、しかし。それよりも一瞬早く、空から爆音が鳴り響いた。北側から急速に接近した一機の軍用ヘリが、変電施設を完全に無視して飛び越えると、一目散にこの作業通路目指して急降下してきたのだ。黒々としたヘリの機体が接近すると、その風速に巻かれて、立ち込めていた白煙は見る間に吹き払われた。風に巻き込まれないよう、えるむと御大はじりじりと、変電施設の照明の方向へと後退せざるを得なかった。

米粉の雪崩から辛くも脱出した侵入者達の一部は、コンテナの合間から次々に飛び出すと、訓練を叩き込まれた整然とした動作で、作業通路に居座った黒いヘリに乗り込んでいる。速やかな収用を瞬時に済ませ、その黒い機体がゆらりと舞い上がり、照明に照らされた変電設備へとその頭部を向けようとした。

そのヘリの前に立ち塞がるようにして、照明の中に佇むえるむと御大の姿が浮かび上がった。隠れようとしていた煙幕を吹き払われ、無防備な姿をさらしている絶体絶命の気配は、しかし少なくとも小柄な作業服姿の男には微塵も感じられなかった。事態の推移についていかれず、どちらかというとよく分かっていないのではないかと思われるような呆然としたえるむを傍らに、男は何の武器も防備も持たないまま、しかしむしろ悠然と軍用ヘリの前に立っていた。まるで、全てが計画通り、成るべくして自分はここに立っているのだと言わんばかりに。

そして、事態はその男の計算よりも、さらにもう一段予想外の展開を見せた。軍用ヘリの爆音が鳴り響く中で、別の何かの音を聞きつけたえるむは、ふと頭上を振り仰いだ。その視界の星空を遮って、一瞬何かの影が横切る。そこから、白く鈍く光る何かが離脱して、そのまま真っ直ぐに二人に向かって落下してきたのだ。

それは見る間に、人型の姿となった。無防備に立ち尽くす二人と軍用ヘリとの間に割り込むようにして、それは地上へと舞い降りた。落下の勢いを相殺するように、くるくると回転しながら墜ちてきたその人型は、短い鳥の翼のような背中のユニットからジェットのほの青い光を吹きながら、不思議なほど優美に落下速度を操作して一瞬かがみ込むように地に降り立ち、それからゆっくりと立ち上がった。

くすんだ白い銀色のボディは人間より一回り大きい、WDであるように見えた。身体の各部位に、手の込んだ装飾的な文様の施された装備を組み込みながら、しかしその計算し尽くされた無駄のないフォルムは、生き物のように自然な美しさを持っている。その手に握られた、冗談のように古風でシンプルな剣までが、まるで身体の一部であるかとさえ思われた。有機質とも無機質ともつかない鈍色の光を放つ全身は、白と銀の濃淡で統一され、頭部までをすっぽりと覆い隠すフルフェイスのその額に、深い青の宝石が光っているのが、唯一の鮮やかな色彩だった。

えるむ達二人を背に庇ったその人型は、手にした剣をさりげなく横へ流し、黒い軍用ヘリと対峙した。環状線電源設備へとその照準を合わせていた黒い機体は、一瞬の逡巡の後、前進意図がないことを示すような緩やかな動きで、宙に浮き上がった。そしてそのまま一気に高度を上げると、何事も無かったかのように彼方へと飛び去った。

ヘリの機体が目に見えなくなるまで見送って、白い人型はゆったりとした動きでえるむ達から距離を取り、それからふわりと振り返った。額に光る美しい青の宝石の光に、えるむがじっと見入っている。そこへ機体限界ぎりぎりの速度でピケを飛ばしたやしなが、凄まじい勢いで作業通路を驀進してきた。見慣れない白い人型に目を留めたやしなは、一瞬でその傍らまでピケを走らせると、通りのよいその声を張り上げた。

「はるか! こんなところで何してるのよ!!」
周囲が呆然とするような剣幕でまくし立てるやしなを物ともせず、その白い人型は悠然とメットを外し、その素顔を皆に披露した。やや癖のある柔らかい髪が、ふわりと宙に広がって、人懐こい顔立ちをきょとんとさせた女性の顔が露になる。
「えー、だってやしなが急いで来いって言うから。」
「さっき、環状線の駅にいるって言ってたじゃないの。どうして…。」
「あ、ごめん。だから列車で移動して、装備を準備中に連絡したのよ。I=Dを待たせてあったから、何処へ移動するのか聞こうと思ったのに、やしなったら人のこと放ったらかしだし。」
滅多に見られそうも無い取り乱したやしなの態度に、えるむも目を丸くしてそのやり取りを見守るしかなかった。面白くて仕方が無いらしい司令官は、こっそりとえるむに話しかける。
「女友達かね。」
「あ、はい、積年のライバルという方だと思いますです。」
「ほほう、やしな君に敗けていないというのは、確かだ。」
「なつきさんの、お姉さまだそうですー。」
「救けてもらったお礼を言いたいが、これはしばらく終わりそうに無いな。」

やっとのことで周囲に駆けつけてきたWD部隊の隊員から、爆発物確保の連絡を受けた司令官は、受け取った通信機を手に報告を聞きながらも、上機嫌で二人のやり合いを眺めている。
「…先攻部隊を一旦は確保しながら、取り逃がしまして申し訳ありません。」
「航空機が投入されたら、ISSの支援を頼まざるを得なかった。彼らの手を借りずに済んだだけでも、儲けものというところだろう。なに、どうせ米粉とトリモチの、演習用作戦だ。持ち帰られて困るような情報でもない。これで上層部に、航空戦力について再考論が持ち上がれば、おつりがくるというものだ。それよりも、この思わぬ救援の情報を外部に漏らすな。これは我がWD部隊の友誼にかけて、全隊員に徹底するように。ああ、やしな君の情報も、ついでにな。」

「<御大、こちら瑞穂です。爆発物の処理について指示をお願い致します。>」
「処理班が向かっているよ。それまでは、動かさんでいい。航空機に素通りされて、柊星は悔しがっとるだろう。」
「<…御大、まさかとは思いますが、後学のためにお聞かせ下さい。>」
「何かね、瑞穂君。」
「<最初から戦闘規模を拡大させないために、民間人の格好で囮になったりしたんじゃ…。>」
「おっと、それは内緒にしておいてくれ。そんなところへ自分の班員を巻き込んだと知れたら、怒り狂うのが約一人、な。まあ、民間人が巻き込まれていることが、はっきりと目に見えていれば、ISSも下手な手出しは出来んしな、うん。」
「<つまり、敵を守ったということに。>」
「いやいや、物は言いようだ。我々はあくまで、環状線の乗客の安全を第一に行動しただけのことだよ。まあ、あれだけのレベルの相手となら、出来れば本物の戦場でお目にかかりたいとは、思うがね。」
「<…それはキャッチ&リリースと言いませんか。>」
「ほう、瑞穂は釣りもやるのか。それは楽しみだ。」

 

 

 

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