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General cleaning

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 Service dress

 

 

***   General cleaning   ***

 

新しいバトルメード部隊の運用方法について頭を捻っていたやしなは、考えに行き詰まってうーんと呟くと、思わず天井を振り仰ぎ、かきこきと首を動かして肩を回し始めた。人間の集団を動かすためには、必ず規律が必要になる。軍隊のように戦闘という目的に特化され、その運用に失敗すれば被害が拡大してしまう環境に立ち向かう組織となれば、その規律の構築は生命線そのものでもあった。規律と一言で言ってしまうと、単純な決まり事を思い浮かべてしまいがちだが、新しい組織を構築するのに必要なのは、具体的な条文になるよりももっと以前の、考え方や心構え、ポリシーといった抽象的な方向性のものである。だが、これがどの程度集団に浸透し、それを守ることがモラルという目には見えない律として定着するかどうかが、その集団の向かう場所を左右するのだ。

いわゆる規則というものには大変柔軟なやしなだが、それは価値観の統一があってこそ可能になるものだった。目には見えないその形を一から作り上げるには、ある程度の時間が必要になるだろう。問題なのは、現実の状況がその余裕を与えてくれるのかどうか、という点なのである。

「んー、えるむ、遅いわね…。」
「おやつはまだですかねー。」
「…そこまでずばりと言ってないわよ、私は。」
やしなの元に戻ってからも、えるむはちょくちょくと経済関連の業務に借り出されて、今日も席を外している。仕方なく自分で何か調達しようかと立ち上がったやしなが、もう一度首を回しながら部屋を出ようと歩き始めた時、なつきがぴくりと、物音を聞きつけた猫のように顔を上げた。
「あ、噂をしたらば、お戻りみたいですよ。」

はたと立ち止まったやしなをさして待たせることもなく、ぱたりとドアが開いてえるむが部屋へと戻ってくる。いつものように二人が出迎えの声をかけようとするのを制するように、えるむがそのまま、あたふたと口を開いた。
「あ、あの、やしな先輩、ちょっとお話があるのですが…。」
「ん? どうしたの、えるむ。」
珍しくも深刻そうに強ばったえるむの顔を見て、やしなは表情を引き締めた。腕一杯に抱え込んだ資料を広げては確認しながら、えるむはやしなの前に、数値の表やらグラフやらが書き込まれた細かい資料を並べ始めた。
「これを、見ていただけないでしょうか。」
「何の資料?」
「今回の経済専門家の新設に当たって、経済指標の基礎資料としてまとめられた、産業内の資源流通量の調査です。こちらは、WD製造関連の部門を抜き出してあります。」

ウォードレスという言葉を聞いて、やしなは一瞬で顔色を変えた。旧都築藩国からの主要産業のひとつであったWD製造は、昨今の治安悪化から藩国内の安全対策計画において脚光を浴び、今後は宇宙方面などへの展開も期待される重要な技術である。現在の純粋な軍需品としての製造から、民間向けの製品開発へと広がりを見せているこの関連技術をどう管理していくのかは、これからの満天星国の方向性をも左右する重要課題のひとつでもあった。
「この数値から概算した現在のWD製造業の在庫予想が、この数値になります。それから、こちらは軍に納入されているWDの在庫管理資料です。現在はまだ納入前で、製造側に保管を委託している予定数も含んだ数値が、こちらになっているのですが…。」
「…何これ、まさか。」
「はい、現在軍部が管理しているWDと、製造企業側で保管管理している数を足したよりも、製造されている数量が多過ぎるのではないかと。」

製造にある程度の時間を要する人工筋肉を使用するWDは、綿密な製造計画に基づいた生産がされている。軍が必要とする時に納入数量を確保するため、製造企業はある程度以上の在庫保管を義務付けられていた。しかし、軍部以外には納入先のない軍事機密製品を、余剰に計画的生産をするというのはおかしな話である。
「製造の歩留まりで、資源が余分に使われてるとかの問題じゃないんですね?」
「WDは製造技術そのものが軍事機密で、製造過程も徹底した合理化がされている。こんな余剰を出すようでは、逆に製造管理のずさんさを疑わなくちゃならなくなるわ。」
「うーん、造っている現場がずさんとか言われると、使う側はそれもまた大問題…。」
「それで、あの、企業側の製造方針から考えても、おそらくこの在庫予想の数量は、生産されているのではないかと思われるんです。」
「じゃあ、造り過ぎていることは、ほぼ確かなのね。」
「…はい。」
「天陽は、ライセンスアウトが決まった筈だけど、その通達は?」
「現在は非公式の通知が出されていると思いますが、その、かなり遅れたとのことで揉めごともあったらしいです。」
「んーと、天陽がどの藩国でも生産出来るようになったら、在庫品の価値というのは暴落しちゃうのでは。」
「企業側の在庫数、確実な数字が掴みたいわね。博士に頼んでみるか…。」

思考を巡らせながらぼそりと呟いたやしなは、はっと気が付いて勢いよく顔を上げた。軍の側から言えば、軍事機密の塊とはいえ、必要な時に必要なWDの数量が確保出来れば、それ以上の管理を企業側に求めたりすることはない。この生産過剰を具体的に確認することは、今回のような藩国経済の数値データを統括的に集計してみなければ分からないのである。だがこれに気が付いた人物がよりにもよって、経済的な視点からだけではなく、軍需品の在庫と照らし合わせて確認することが可能な、バトルメードという状況は、あまりにもお膳立てが揃い過ぎている。

「…やられたっ…」
「あ、はい?」
「あの妖怪ダヌキ、まさかこれを見越してえるむを経済系の調査に抜擢したんじゃ…。」
「なるほどー、これを確認出来るのは、藩国経済全般の資料と軍の内部資料の、両方を閲覧出来る人だけですもんね。」
「え、でも、この藩国全体の数値データに関しては、これまで取りまとめもされていなかったものですので…。」
「WDの在庫余剰なんて危ないネタ、あの御大が嗅ぎつけない訳ない。あの人は技術者と内緒話をする天才なのよ。さすがに藩国内では買い手が見付からないかもしれないけど、WDを国外に流したい奴がいるなら、藩国合併のごたごたに紛れるのが一番手っ取り早いわ。ライセンスアウトが決まったといっても、実際に製造数が増えてくるまでには時間がかかる。このところの治安悪化で、WDの価値は逆に急上昇してるし、売り抜けるのならこのタイミングしかないんだから。」

またしても利用されたということは腹が立たないでもなかったが、軍需品の製造企業との関係が悪くなることは、軍部としても避けたい事態である。余剰生産の噂を何処かから聞きつけたとしても、それを裏付ける証拠が見付からなければ、そう簡単に吹聴できるような情報でもない。この糸口を、さらに辿るにはどうするのかを必死で考えながら、やしなはそのすらりとした眉根をぎゅっと寄せて、こつこつと額を叩いた。

「問題なのは、誰がそれで儲けるのかということね。藩国外への横流しとなれば、企業側が自力で相手を見付けられるかどうかは分からない。軍事情報や藩国外の情報に明るくて、こんな仲介が可能な人物…。」
腕を組んでじっと考え込んだやしなの横で、えるむもなつきも首を捻った。しんと静まったその短い沈黙を破り、なつきの声が、突然部屋に響き渡った。
「…あっっ!」
「な、なによ、なつき、素っ頓狂な声出して。」
「古狸の首に鈴!!」

 

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部屋の調度品を全て入れ替え、新しく生まれ変わった室内を見回したその人物は、インテリアの総額を頭の中で計算して、もう一度悦に入った笑みを浮かべ、真新しいソファに深々と身を沈めた。部屋の大きさだけが変わらないのは、何とも残念なことである。この割り当てられた狭苦しい空間を広げるためには、どうしたらいいのか、今度はそれを考えなければならない。

どうしてこれまで誰も、こんな簡単な方法を試そうとしなかったのだろう。あれこれと法律で規制したところで、発生する取り引きの全てが、法律を正確に遵守しているのかどうかを端から確認するには、そのための法律が必要になる。法律を取り締まるために、また法律を。そんなイタチごっこを延々と繰り返しても、どこかにかならずチェックの綻びは発生する。いや、むしろ、情報不整合の隙間を、積極的に造り出すような法律を定めればいいだけの話だ。

自分の欲望に従って、その際限のない乾きを充たす方法を考えながら、彼は再び室内に目をやって、その視界の隅に黒服の男がうっそりと立っているのをようやく思い出した。取り引きには満足だったが、この余分なおまけが付いてきたことだけが、唯一の心残りかもしれない。次には、自分の気に入ったボディガードを揃え、このおまけも追い払ってやろう、彼がそう考えたその時だった。

かつかつと扉をノックする音が響く。続いてゆっくりと扉が開くと、最近入ったばかりの女性秘書が、そっと顔を覗かせた。
「失礼致します。お届け物が届いておりますが。」
「うん? 何が来たんだ。」
「失礼しまーす。」

そそくさと顔を引っ込めた秘書に変わって、別の明るい女性の声が部屋に響く。間を置かず、ひらひらと可愛らしい、如何にもメード服であることを主張する制服姿の女性が、手にテーブルクロスらしい白い布を下げ、きびきびと部屋へ入り込んで来た。
「お食事をお届けするようご依頼がありました。こちらに用意させて頂いてよろしいでしょうか。」
少し小柄だが、大きな瞳をくりりとさせたメードが、小気味のいい足裁きで進んできてぺこりと頭を下げる。それに続いて、確かに食事らしい匂いを漂わせたワゴンを押して、背が高くすらりと細い同じメード姿が入ってくるのを見て、彼はむっと横柄な表情を浮かべた。

「食事なんか、頼んでないぞ。」
「いえー、お届け物とのご依頼ですので、お支払いは既に頂いておりますが。どう致しましょう。」
「…ああ、成る程。お届け物か、うん、そういうものなのか。適当に広げてくれ。」
「はいっ、かしこまりました。」
はきはきと明るい声を上げて女性が歩いて来るのを見ながら、こういう金の使い方もあるのかと、彼がひとりで納得しながら頷いた、その傍らで。歩み進んできたメード服の女性は、突然、予想外の早さでダッシュをかけた。

手に持った白いクロスが、ぱしりと空を叩く音を響かせて宙に広がったかと思うと、影のように身動きひとつせずに立っていた黒服の男に向かって襲いかかる。隙を突かれた男が、咄嗟に腕で覆った顔の上からクロスが覆い被さると、その上から追い打ちをかけるように、先程までワゴンの上を覆っていた金属製のカバーがさらに叩き込まれた。しずしずとワゴンを押していた筈の長身の細い影が、目にも止まらぬ早さで移動して、あっという間に黒服の男の目前に突撃していたのである。

一体何が起こっているのか皆目分からないままでいる部屋の主は、大変間の抜けたタイミングでおろおろと立ち上がった。襲いかかられて倒れた黒服の男は、仮にもボディガードにと推薦されて押しつけられた筈だったのだ。倒れて動かないその男の頭上に向かって、二人のメードが両側から銃を構えているのにようやく気が付いた彼は、打ち付けられた金属が立てた派手な音が、まだ余韻を引いている部屋の中で、かすれた声を上げた。

「な、な、なんだ、お前達は…。」
「貴方を救けに来たんですが、お邪魔だったですかな。」
あまりに至近距離で突然男の声がして、その人物は慌ててソファの上を後ずさりした。何時の間にやらソファの背後には、やや背の低い軍服姿の男が立っている。その顔を確認して、部屋の主はひきつった悲鳴のような声を漏らした。
「……す、杉宮…。」
「おや、私の名前をご存じとは。光栄ですな、先生。どうですか、命を狙われた気分は。」
「い、いのち?」
「そうですとも。その黒服の男は、私共軍部が狙いをつけていた犯罪組織に荷担する人物でしてね。いや、危ないところでした。それにしても、こんな人物を身近に置かれるとは、先生も珍しく、迂闊なことをされましたな。そのあたりのご事情、じっくりとお伺い致しましょう。」

そう言いながら、杉宮と呼ばれた軍服の男は、ふたを開けられて、食欲をそそる匂いを漂わせているワゴンを覗き込んで付け加えた。
「こんな豪勢な食事は、お出し出来ませんなあ。ご勘弁頂きたい。」

 

 

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