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Aftermath

実在の方とは、何ら関係はありません。芝居の人物を元にしていますので、念のため。

 

(09/02/03 誤植他いろいろ修正)

 

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***   Aftermath   ***

 

人の手を掛けて見事に磨き上げられた美しい木目の廊下が、大切に使い込まれた年月のにじむような光を見せながら、長々と続いている。旧都築藩国では大変珍しかった和洋折衷の広大な屋敷は、細心の手間隙と莫大な費用を積み上げて、この満天星国へと移築されたのだと噂されていた。行き届いた態度の執事にその廊下を案内されながら、やしなを背後に従えた杉宮准将は、この屋敷の主が待つ執務室へと歩みを進めていた。普通なら客室で延々と待たされてもおかしくはない身分の人間が、執務室で直ぐに会うというからには、彼らの訪問が意図することは既に承知しているということなのだろう。

一際重厚な分厚い木製の部屋の扉を、それでも音も無く執事が開く。全くいつもどおりのマイペースに、恐れ気も無く部屋へ入り込む杉宮准将の肝の太さに、後に続くやしなは今更ながら感心せざるを得なかった。
「不躾な訪問をお許し頂し下さい、御大。」
だが開口一番、その准将の口から飛び出した言葉に、やしなは思わず目を見張った。この二人が顔見知りであるとは、ここに至るまで全く聞かされてはいなかったからだ。しかも、御大が「御大」と呼ぶような仲であるとは。

「…どうせ来る頃だろうと思っていたが、随分と大人しい登場じゃないか、杉宮准将。」
とても老人らしからぬ、そして政治家にも見えないがっしりとした体格の人物が、やや薄暗い部屋に佇んだまま待っていた。野太く威圧的な、命令することにしか使われない圧力をまとった声が室内に響く。さすがのやしなもごくりと緊張に唾を飲み込むと、その圧力にも我関せずと自分のペースを崩さない、杉宮准将の背後にぴしりと姿勢を正した。
「恐れ入ります。ではお言葉に甘えて単刀直入に申し上げますが。この程我が国の重要な軍事機密のひとつであるWDを、不正に国外と取引するという事件が発生致しました。この一連の事件を最初に指示なさったのは、御大であるとの情報を入手しております。」

杉宮の言葉を聞いても、その人物は顔色ひとつ変えなかった。それがどうしたと言わんばかりの口調で、尊大な言葉が続く。
「今更どうこう言っても仕方があるまい。儂が所謂、首謀者という奴だ。」
「話が早くて、助かりますな。とはいえ、御大の関与が明確になっているのは、この計画の最初の着想を元に、関係者顔合わせの席を設けられたということまででしかありません。具体的な指示の内容は明らかでなく、また私的金銭授受の事実もない。現状では、大した量刑を求めることは出来そうにないというのが、こちらの本音です。」
「ほう、そうか。」

全くペースを崩さずに、事実だけを述べる落ち着き払った杉宮の口調に、少し苛立ったらしいその人物は、それでもぼそりと低い声で言葉を続けた。
「正式な捜査を待たずに容疑者と接触するなどと、一体何を企んでいる、杉宮。」
「…計画が頓挫して、ほっとしておいでなのではないかと、思いまして。」
その言葉を聞いて、初めてその表情に変化が浮かび上がった。横柄で尊大な不機嫌そのものの顔に中に、もっと重い、長く苦しい使命を担うものの硬い何かが揺らめくのを見て、やしなは改めてその顔を見詰めていた。
そもそも何故杉宮准将がこの場に自分を連れてきたのか、それすら掴めないままのやしなだった。この部屋の主も、やしなのことなど存在しないかのように、視線ひとつ送りもしない。だが、そんな部外者だからこそ観察できるものがあるのかもしれなかった。

「旧都築藩国の時代から、我が国の法曹界が民の必要性を疎かにしながら、形骸化した法制定に埋没している状況を、最も憂えておられたのが御大であることを私は存じ上げております。農業を国家の主体と掲げながら、その実態把握も進まない経済施策に対し、WD開発や酒造業の振興にいち早く地道な努力をされていたことも。今回のように、法の抜け道と軍需産業に対する管理の盲点を突く作戦を立案出来たのは、御大だからこそでありましょう。」
「…玉虫色もいいところだな。単に儂は、自分の金になりそうな産業への重点的な援助を、個人の趣味で進めただけのことだ。」
相変わらずの口調ではあったが、その返答が帰るまでに、微妙な間があった。そして、その一言ですっかり疲れたとでも言いたげに部屋の主はゆったりと部屋を横切ると、巨大な執務机の向こう側に回って、その巨大な権力をそのまま形にしたように黒々とそびえる背を持つ椅子へと腰を下ろした。

「何れにせよ、もう何もかも終わったことだ。”我が国”などという言葉に、何の意味がある。都築系の人間はこれから数を減らしていくだろう。良くも悪くも上から命令が降ってくるのを我慢強く待っているだけの、閉鎖的で事勿れ主義の藩国民では、学府を掲げて発想の柔らかい開発力を持つ初心の人間とは競争にならん。もっと早く高等教育の充実を進めておくべきだった。」
「都築藩国は、もう無いのです、御大。」
柔らかい口調でありながら、刃が光るような鋭さを含んだ言葉が、部屋に響いた。その言葉に刺されたように、執務机の向こう側の人物はぴたりと動きを止めた。宙を睨むようにじっと真正面に据えられていた視線が、やがてゆっくりと頭をもたげて、杉宮に向けられる。その瞳の中に、横柄なその態度とは裏腹な、必死な何かを見て、やしなは息を飲んだ。

「こんなやり方で最終的に辿り着くのは、そのような藩国を愛する気持ちとは正反対の破滅でしかないことを、一番良くご存知だったのは貴方の筈ですな。貴方も他の旧都築の人間のように、現実から目を背けて微温湯の過去の夢に篭ってしまおうとしたことが、そもそも間違いだったとお思いにはなりませんか。どの道今後の帝國は急速に藩国同士の流動が進むでしょう。今更後戻りなど出来はしません。前へと進むしかないのです。」
「…わざわざ、そんなことを言いに来たのか。」
「もう少し、若い連中を信用してやってもいいのではないかと、申し上げに参りました。暫しの猶予を、彼らに。」
「……帰れ。」
「失礼致しました。正式な手続きが済み次第、改めてお伺い致します。」

そのままくるりと身を翻した杉宮准将を追って、珍しくも慌てたやしなはぺこりと一礼すると、その薄暗い部屋を後にした。足早に廊下を進んでいく准将を追い掛け、やや小走りになりながらその背後へと付いて行く。その背にいつものように、御大と話しかけようとして、何とはなしにやしなはその言葉を飲み込んだ。
「…何故、このような場に私をお連れになったのですか。」
「いや、済まん。私の我がままかもしれんのだが。誰かに、見届けて欲しかったのだということにしておいてくれ。」

 

 

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