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七夕2009

 

『満天の星の花』

 

「疲れたかい、ジェド」
「ううん、おれは大丈夫だよ、先生」
「花も、大丈夫のようだね」
白い髪をした背の高い青年は、浅黒い肌をした金髪の少年が背負った布包みの中を覗き込んで、ほっとしたように表情を緩めた。彼らがそれぞれに背負った包みの中には、この藩国と同じ名前を持つドウダンツツジの枝が、白く可愛らしい花を付けたまま大切に守られていた。今日の星まつりのために、彼らはわざわざ険しい山道を越えて、平地では既に時期を過ごしてしまったこの白い花を、山から分けてもらいに来たのだった。

「ジェド、君が手伝ってくれて助かったよ。さすがに僕ひとりでは、花がどうなっていたか分からない」
「まあ、おれ、長々歩くのは得意だからね」
さりげない少年の言葉に、先生と呼ばれた白い髪の青年は言葉をふと途切れさせた。年齢よりも少し大人びている少年の表情を確認しようとするかのように、彼は黙ってじっとその顔を見詰めてから、にこりと当たりの柔らかい笑顔を見せた。
「うん、というか、他の子供たちだと、花が痛まないようにじっくり歩くというのがねぇ」
「ははは、そうだね。コースケとか、花振り回して駆け回りそうだな」
「多少有り余ってても元気が一番、ということにしておこうか。さて、寺子屋でみんなが待ちくたびれてるだろうから、もう一息頑張ろうか」
「はーい」

山道が徐々になだらかになり、人の住む平地へと至る自然の多い場所に、この地域の寺子屋は造られていた。農業国としての豊かな自然の中に、四季の移り変わりを鮮やかに見せる満天星国の田舎の風景は、子供たちが遊び回るには正に格好の場所だった。山から続く坂道を下って、そののんびりとした初夏の光景を眺めて歩いていた二人は、やがてその目指す小さな建物を眼下に見つけて、どちらからともなく顔を見合わせて互いに笑みを見せた。

「あっ、帰って来た! さやせんせー、タロー先生とジェドが、帰って来たよ!!」
「はい、ただいま。遅くなってごめんね、みんな」
「ぜーんぜんだいじょーぶ! みんなで馬作ってたからっ」
「ああそうか。しまった、ジェドが精霊馬を作れなかったなあ」
「へーきー、ジェドの分は、みーんなで作ったからー。つるも作ったのー」
様々な年齢が入り交じ寺子屋の中でも、一番小さなリコという少女は、今日の祭り支度が楽しくてたまらないらしく、昨日あたりからこの調子ではしゃぎ通しで、寺子屋の中と外を駆け回っている。背負った花が痛まないように、そっと荷物を降ろしながらも、ジェドは最年長らしくさりげなくフォローを口にした。

「リコちゃん、タロー先生じゃなくて、タウロ先生だよ」
「ああ、いいんだよジェド。やっぱり東国人の人には発音しにくいんだね。リコちゃんには、まだ無理だろう」
「んー、おれもよく”ぜど”って言われる」
「ああ、そうだろうね」
「あっ、タロー先生、ジェド。お帰りなさい!」
互いに顔を見合わせて笑みを見せる二人の背後から、たった今言っていた言葉の通りの、東国人そのものの発音で青年の名を呼ぶ明るい声が響き渡った。この寺子屋で先生を始めてからまだ日も浅い、さやという名の東国人の若い女性だった。子供たちに負けず劣らずの元気の良さは折り紙付きだが、勢い余ってちょっと失敗という性格もまた、さらに子供たちに気に入られている。如何にも彼女らしい、悪びれない通りの良い声を聞いて、二人は思わず声を上げて笑い出した。

「んー? 楽しそうでいいですけど、何ですか?」
「いえいえ、さや先生はいつも元気そうで、いいなあという話です」
「ええ、それがトレードマークなので! 二人とも朝早くから遠出して、大変でしたね」
「さや先生も、お疲れさまでした。一人で全員を見るのは、なかなか大変だったでしょう」
「今日はみんな、お祭りで浮かれてますからね。でも、大丈夫でしたよ。みんないい子でした。もうそろそろ、私もしっかりしなくちゃいけませんし!」

藩国の合併によって幾つかの民族の入り交じる満天星国では、元々は東国人の制度である寺子屋に、出来る限り北国人や初心の民の教師を迎え入れることが奨励されている。この寺子屋では珍しく、北国人であるタウロが長く一人で先生を努めていたが、一時少なくなっていた子供も最近では少しずつ人数が増え、特に10歳にも年が満たないような小さな子供達には、手が回り切らなくなっていたのだ。ちょうどそんな時期に先生としてやってきたさやは、年少組の子供たちにはぴったりの先生見習いだった。

「七夕の風習は東国人の方々の方が、色々と面白いようですから、今日はさや先生の方が上手く教えられそうですね」
「その代わり、冬や雪のお祭りの時には、期待してますから! 両方を合わせて、今回の星まつりとか、他にもこれから満天星国のお祭りを創っていけたらいいと思います」
「…ええ、そうですね。まずはせっかく花のことですので、これもさや先生にお任せしましょうか」
苦労して奥山から背負って来た包みをひらくと、細い枝先に瑞々しい若葉と、鈴のようにぷくりと膨らんだ小さな花を付けたドウダンツツジがばさりと広がった。東国人の七夕祭りでは普通笹が主役だが、この満天星国では、その名の通りドウダンツツジの枝も活躍する。願い事を託して花をかたどったキャンドルの船に乗せたり、精霊馬と呼ばれる野菜を使って作る動物の頭に差せば、馬ではなくて、大角の鹿やトナカイのようである。それでもこの初夏の時期には平地では花の季節は終わってしまっていて、この可憐な白い花に願い事を結ぶのは、満天星国でもなかなか難しいことだったのだ。

「わあ! ホントにドウダンの花が、まだ残ってるんですね。もう無理かなと思って諦めてたんですよー」
「ジェドが手伝ってくれたお陰ですね」
騒ぎを聞き付けてというか、一向に帰って来ない鉄砲玉先生を探してというか、寺子屋の中にいた子供たちも、わらわらと集まり初めていた。ジェドとは同じ年で仲がいいコースケという名の東国人の少年は、朝寝坊のため置てけぼりを食ったのが残念でならないらしく、やや唇を尖らせたままジェドに話しかけた。
「ちぇ、おれもやっぱ行きたかったなあ。ジェド、どこまで登ったんだよ」
「東の峰の向こうに、水のきれいな湖があるだろ、あの辺りだよ」
「へー、けっこー遠いなー。この時間に戻るには、早くに出ないとだよなー」
「あの辺り、山陰で日の当たる時間が短いから、少し気温が低いみたいな感じなんだよ。なっ、タウロ先生」
「そうだね、周囲と少し、植物のサイクルがずれているらしい。北国特有の花も良く残っていて、とても綺麗だよ」
「わあ、いいですね! 今度連れて行って頂いてもいいですか?」
何の屈託もなく無邪気な声を上げたさやに、少し慌てたタウロは微かに顔を赤らめながら、ぼそぼそと呟いた。
「あ、え、ええ、もちろん。少し歩きますが、夏の盛りには、一度みんなで行きましょうか」
「やった、約束ですよ! さてみんな、この花を教室に運んで、花を切り分けようね。手伝ってちょうだい」
「はーい!」

我先にと子供たちが教室内駆け込んで行く中で、ジェドとコースケは互いに目配せし合いながらさりげなく遅れてタウロの側に忍び寄り、両側から挟んでひそひそと話しかけた。
「タロー先生、ダメじゃーん。ああいう時はさ、二人で行こうって言うんだぜー。先生顔はいいんだけど、ちょっと押しが足らないんじゃないの」
「ああ、いや、ええとね」
「そうだよ、さや先生は人気者なんだ。ぼけっとしてると、誰かに取られちゃうよ。おれ達、みんなタウロ先生を応援してるんだからさ」
「いや、だから、そういうことじゃなくて…」
「おれが帝國に来た時だって、さや先生、炊き出しの手伝いとかで、すっごい人気者だったんだぜ。おにぎり持って、走り回っちゃってさ」

さらりと何気なくジェドが口にした言葉に、ほんの瞬間コースケとタウロは、息を飲んだ。ジェドは、現在の満天星国が合併により誕生するよりも以前、都築藩国と呼ばれていた東国人の国に、共和国から流れ着いた難民の一人だったのだ。彼の浅黒く日焼けした肌と細く癖のある金色の髪は、合併によって髪の色や体格の近い白い髪と白い肌を持つ北国人が共に暮らし始める以前には、東国人の国で酷く目立つ容姿であった。そのために彼が、大なり小なり様々な苦労を乗り越えて今日に至ることを、彼を取り巻く人々はきちんと理解していた。

「…ああ、そうか。ジェドはさやさんとは、以前からの知り合いだったんだね」
「うん、おれが寺子屋に行けるようになってから、先生やってみたいって、興味持ったみたいだよ」
「……そうか。うん、さやさんらしいかもしれないな」
「だからー、先生も頑張らなくちゃ、なあ」
「そうそう」
「ああ、そうだね。うん分かった、頑張るよ」
まるでその言葉を自分の胸に刻むようにして、ぽつりとタウロは呟いた。いつも穏やかで、どちらかと言えば気が弱そうに見える彼は、実はこうと決めたら梃子でも動かない頑固な一面を持っていた。そのことを良く知っている子供たちは、ほんのたまにだけ垣間見ることが出来る彼らの先生のそのきりりとした横顔に、思わず見とれるようにその顔を見詰めていた。
「…あ、いや、大人をからって遊ぶのはこれくらいにしてくれないか。星まつりの準備を続けよう。ジェド、こっちの大きな鋏はもう使わないから、倉庫に返してきてもらえるかな。場所は、分かるかい?」
「うん、分かる。行って来ます」
深い山から降りてくるのに、予定よりもやや時間は遅れてしまっていたが、今日の夕方には用意した星まつりの飾りやキャンドルの船を、近くを流れる川まで運んで、皆で流れに託す予定でいたのだ。大きな剪定鋏を抱えたジェドは、裏手にある教材用の倉庫へと寺子屋の角を回ったところで、そこに人影を見つけてふと足を止めた。

そこには、既に願い事を書き込んだ短冊をぶら下げたり、色とりどりの折り紙細工で飾り付けられた、昔ながらの東国人風七夕飾りが置かれていた。しばらく前から寺子屋に飾られていたものだが、これも今日は川へと流すために、一時ここへと置かれていたのである。山ほどの飾りに膨らんだ背の高い笹の枝を見上げるようにして、ジェドと同じ年頃のひとりの少女が、そこに佇んでいた。その背には流れるように美しく長い黒髪が、真っ直ぐに艶やかに光っている。立ち止まっているジェドに気が付いて、少女はその背の黒髪を舞わせながらくるりと振り返り、人懐こくにこりと笑顔を見せた。

「きれいね!」
「…ああ、うん、そうだな。えっと、初めて来たの?」
寺子屋の最年長組ということもあって、彼はこの近辺に住む同年代の子供は皆知っていたが、その少女は初めて見る顔だった。以前は家庭教師などについて寺子屋までわざわざ通わない子供も多かったこの藩国ではあるが、タウロ先生の地道な努力もあって、この近隣では子供たちはほとんど机を並べて勉強している現在である。とはいえ、最近では都市を離れてこの田舎に避難してくる人々も増え、時折こんな風に見知らぬ転校生がやってくることもある。

「ええ、ここは、初めて」
「あれ、先生何にも言ってなかったけどな…」
思わず首を傾げたジェドに向かって、黒髪の少女はもう一度笑みを見せながら、唐突に問いを投げかけた。
「満天星の花はどこ?」
「へえ、よく知ってるな。さや先生に聞いたのかよ」
「先生? 私の先生は、別の名前よ」
微妙にかみ合わない会話に、ジェドはもう一度首を捻った。内容もさることながら、どうも少女の言葉は、どこか古風な響きをまとっていて、同じ言葉を話していながらもまるで外国語を聞いているような違和感がある。

「えー、君、名前は?」
「なまえ、えっと。ま…めい…」
「メイ? メイっていうのか」
「……それは私の名前?」
「え、なんだって? 君の名前じゃないの?」
「ううん、私の名前、新しい名前ね」
相変わらずどこかずれた言葉ではあったが、黒髪の少女はとても嬉しそうに、にこにこと笑いながら自分の口の中でその名前を転がしている。会話としてはどうにもかみ合いが悪いままではあったが、そのあまりに嬉しそうな表情に、ジェドも釣られて表情を緩めた。
「…んー、よく分からないけど、本人が気に入ってるみたいだから、まあいいか」
「ジェド、場所は分かったかな?」
その時、いつまでも戻らないジェドの様子を見るために、タウロが寺子屋の建物の影から顔を出した。ジェド一人だけかと思っていた場所に、思わぬ姿がいることを見て、タウロもまた首を傾げている。
「おや、始めて見る顔だね」
「先生、この子今日初めてみたいなんだけど、何か聞いてる?」
「いや、新しい子が来るとは、特に聞いていないけどね。でも満天星国の寺子屋は、通いたい子供なら誰でも大歓迎だよ」

そう言いながら二人のところまで近付いてきて、タウロはそこに佇んだ少女の顔を、じっと見詰めていた。これまで寺子屋の子供達を相手に養われてきた彼の人物観察眼は、その少女の中に、何かを感じ取ったようだった。黒目がちの大きな瞳で、どこか感情を感じさせない不思議な表情のままじっと見詰め返す少女に、タウロは慎重に声を掛けた。
「こんにちは、始めまして」
「こんにちは」
「寺子屋や学校に来るのは、初めてかな」
「寺子屋?」
「そう、お友達がたくさん集まって、みんなで勉強をするところだ。今日は、一人で来たのかな」
「ええ、今日は、私一人なの。一人でも大丈夫だからって言って来たの」
「そうか、君の名前を、教えてもらえるかな」
「名前、名前はたった今、新しい名前を貰ったの。メイというのよ」
「メイちゃんと言うんだね。住んでいるのには、この近くなのかな」
「いいえ、ここは初めてよ。満天星の花はどこ?」
「ん? ドウダンツツジの花を、見に来たんだね」
「ええ、そうなの」

タウロの後について、同じくジェドを心配して後について来たらしいコースケは、建物の角を回ってその少女の顔を見るなり、驚きに丸々と目を見開いた。東国人としても珍しいほどに黒く艶やかに光る髪と、北国人とも見えるような真っ白い肌をしている少女の姿は、確かにそれだけの効果があった。如何に初夏の暖かさとはいえ、年間の気候としては暖かい時期の短い満天星国では物珍しい薄く柔らかい生地の、水のような青のワンピースは、こんな田舎では滅多にお目にかかれない。コースケはいそいそとジェドの傍らまでやってくると、まるでその少女の顔から目を離せなくなってしまったとでも言うように、始終視線を投げかけながら声を潜めてジェドに話しかけた。
「…ジェド、誰だよ」
「ああ、初めて来る子みたいだよ。あの黒髪じゃ、東国人かな」
「ずいぶん色白いよな、都会っ子だな。なんか、ちょっと鈍いんじゃねーの」
「コースケ、そういうこと言うなよ」
「だって、うちの妹と話し方あんま変わんないじゃんか」

リコの兄であるコースケは、年幼い妹の面倒を見る良い兄ではあったが、その分少し口は悪いかもしれない。ジェドは先程から感じていた自分の印象を口にしてみた。
「でも、別の藩国から来たのかもしれないし」
「…あ、そっか。確かに何かちょっと、飛んでる感じだよな」
「ジェド、コースケ、ちょっといいかな」
「はい、先生」
「この子も星まつりに参加したいそうだ。これから少し、面倒を見てあげてくれるかな」
「はーい、満天星の花が見たいんだよな」
ジェドが投げかけた問いに直ぐには答えず、少女は彼の顔を見詰めながら、ことりと首を傾げて呟いた。
「…猫の人?」
それはおそらくは何らかの意味を含んだ言葉ではなく、単に不思議を確認したというような何気ない言葉だった。だが、ジェドが普段そのような、何気なくはあっても根強い肌の色の壁に苦労して来たと知っているコースケは、反射的に大きな声を上げた。
「違うよ、ジェドはうちの藩国の人間だよ!」
「ああ、落ち着いて、コースケ」

珍しいほどの剣幕でたった今まで見とれていた少女に食ってかかろうとするコースケを、素早いタイミングでタウロが執り成した。少女に他意はないかもしれないが、このような本当に小さな言葉の行き違いが、思わぬ軋轢を生んでしまうことは、寺子屋では日常茶飯事であり、彼はそういったトラブルをさばくのはお手の物である。一方のジェドも、彼女の言葉に悪意が無さそうなことは良く分かっていたが、それでも、自分を守ろうと声を荒げた友達の気持ちは、とても嬉しかった。そしてだからこそ、今日初めてあったその少女にも、コースケがどうしてそんな風に怒るのか、それを知って欲しいと思った。
「…おれは確かに共和国で生まれたけど、今はこの藩国に住んでるんだ。まあ、肌の色も髪の色も違うけどさ」
「ううん、声の響きが」
「え、おれまだ訛ってるかな」
「メイちゃん、この国にはたくさんの民族の人がいる。猫の人も犬の人もいるし、東国人や北国人、初心の民と呼ばれる人達もいる。でもみんなが力を合わせて、ひとつの満天星の国として毎日を過ごしているんだよ。だから、ジェドは猫の国で生まれたけど、今は同時に満天星の民だ。分かるかな」

タウロ先生の言葉にじっと耳を傾けていた黒髪の少女は、やがてその大きな黒い瞳をじっと見開くようにして一同を見渡して、真っ直ぐにこくりと頷いて見せた。
「はい」
「うん、じゃあ中へ、ドウダンツツジの花を見に行こうか」
「タロー先生、どうかしましたかー?」
「ああ、さや先生。新しいお友達が増えました」
一向に戻らない一同を探して、ひょこりとさやが顔を覗かせる。見知らぬ黒髪の少女の姿を発見した彼女は、唐突にぱたぱたと駆け寄ってくると前触れもなくメイの手を取って、勢いよくその手を振り回した。いきなりの歓迎にさほど驚いたようでもなく、メイはにこにこと笑みを返す。
「あら可愛い。女の子は大歓迎よ! さあさあ、中に入って」
メイの手を取ったまま賑やかに歩き出すさや先生の先導で、皆は寺子屋の中へと入って行った。

そこではお待ち兼ねのドウダンツツジの枝を切り分け、今日の星まつりで使うための工作に勤しむ子供たちが、上を下への大騒ぎの作業を繰り広げていた。可憐な小さな花の付いた枝を主に独占しているのは、やはり女の子達である。その横では、花の無い枝で出来るだけ見栄えの良いものを手に入れようと待ち構えている、男の子たちの競争が展開されている。花の枝をきれいに飾った、紙で作られたキャンドルの船を見つけたメイは、嬉しそうにそれに駆け寄ると、顔をぐっと近付けてしげしげと覗き込んでいる。それから、付いて来たジェドを振り返って、その瞳を輝かせながらジェドに問いかけた。
「…この花は、どこから来たの」
「ああ、そうだよな。もう平地じゃ花の時期を過ぎちゃってるけど、山の高いところへ行くと、まだ残ってるんだ。だから今日タウロ先生と山へ行って、少しだけ分けてもらって来たんだぜ」
「……そう、山の高いところ…」

少しがっかりしたような表情で、ぽつりとメイは呟いた。今までずっとにこにことしていた彼女の顔が、初めて曇ったことに慌てて、ジェドは慌てて言葉を挟んだ。
「ま、また今度、みんなで行くからさ、その時に一緒に行けばいいよ、な」
彼の言葉に、その黒目がちの大きな瞳を見開いたまま、メイはじっと彼の顔を見詰め返した。真っ直ぐに向けられた表情の良く読めない視線を受け止めて、無意識にごくりと唾を飲み込んだジェドに向かって、やがてまるで白い花が開くように緩やかに、メイは柔らかな笑みを浮かべて微笑んだ。
「うん、ありがとう」
「え、いや、そんな」
「ほらー、メイちゃん達もお願いを書いてね。ジェドもまだでしょ」
思わず顔を赤らめたジェドには気が付かなかったのか、忙しなく準備の指導に飛び回っているさや先生は、その勢いのままたくさんの材料を抱えて二人の間に割り込んでくると、どさりとそれを広げて見せた。今日の日が暮れるころに川へと持って行って流すための、様々な色の折り紙や短冊、花の形を模して作られるキャンドルの船の材料などが、箱の中に所狭しと並べられている。初めて見るらしいそれらの色鮮やかな紙の花々に早速手を伸ばして、メイは夢中になってあれこれと品定めを始めた。

「あ、えっと、おれは別に…」
まるで窮地を救われたような、それでいてちょっと残念でもあるような心持ちのジェドは、女性軍の拘りの勢いに押されたかのように、微妙に後退りしてしまうような雰囲気である。行事としてはあれこれみんなで準備をするのはとても楽しいが、やはりこういった細工物は、女の子たちが主戦力なのは間違いない。だがその後込みの中に、ほんの少しの気恥ずかしさの見え隠れしているのを見抜いたさや先生は、さりげなく二人の目の前で手を動かし始めた。
「お願い事を書いたら、こうして折って、花の枝に結んでもいいのよ。そしたら、内緒のお願い事も書けるでしょ。ドウダンツツジはね、こんな風に枝が三つ又に分かれて伸びるの。この形が、昔明かりを灯す道具として使われていた”灯台”に似ているから、これが転じてドウダンと呼ばれるようになったんだって」
「初心の民と北国人と東国人で三つね!」
子供たちの作業の合間を縫うように走り回っているリコが、不意に口を挟んで飛び込んでくる。教えられたばかりのことをきちんと答えることが出来て嬉しくて仕方がない様子のリコの頭をぽんぽんとなでてから、一層その笑みを深めたさや先生は明るい声を上げた。
「そうよ、リコちゃん良く出来ました。よーく覚えていて、他にも知らない人がいたら、教えて上げてね」
「はーい!」

色鮮やかな小さな千代紙は、おしゃべりをしながらも器用に動くその手の中で、やがて一羽の鶴の形に生まれ変わった。じっとその動きを見守っていたメイに向かって、さや先生は改めてにこっと笑うと、その折り鶴を彼女へと差し出した。
「はい、これはあなたにプレゼント。膨らまし方は分かる?」
「ええ、これに息を吹き込んで出来上がり」
「あら、良く知ってるのね。この折り鶴も今日は川に流したりするのよ。種類がいっぱいあるから、千代紙も素敵なのを選んでね。鶴の折り方も分かるかな」
「はい!」

 

てんやわんやの工作教室に皆が夢中になっている間にも、初夏の一日はゆっくりと暮れていった。冬が長いこの藩国では、夏の夕暮れからまだ明るい夜の時間帯もまた、戸外で過ごすことの出来る貴重な時間である。水のそばに子供たちを連れて行くからには、出来るだけ明るい内にと、寺子屋の子供たちはてんでに自分の作品や、持ち易いように小分けした笹飾りなどを抱えて、賑やかな祭りの行列のようにのどかな田舎道を練り歩いて行った。幼い子供たちが自分の小さな船を抱えて走り回るのを、転ばないようにと皆が気遣いながら、川へと続くなだらかな下り坂を進んでゆく。

稲や麦など農産物生産のための用水管理が行き届いたこの国では、水の流れは生活の大動脈のひとつでもあった。自然の蛇行を残した川は場所によって様々な流れの表情を見せるものだが、子供たちにとってはその遊び場に適したポイントを探検して回るのもまた、必須知識の筆頭でもある。大きく曲がった川の流れが横幅を広げて、流れの緩やかな遠浅の瀬を作る辺りを目指して、寺子屋の子供たちは夏の風景の中を歩いて行った。
一団が川へと辿り着いたのは、空に日は残り十分に周囲は明るくても、地にはひたひたと宵闇が寄せてくる時間帯である。浅瀬を流れる水か弾んでたてる涼やかな水音が、川の周囲とそれを取り囲むエメラルド色の若葉の風景の間とを、まるで空を流れる水のように満たしていた。

さやとタウロが子供たちのキャンドルに火を灯し始めると、まるでそのささやかな明かりに譲ったとでもいうように、夕闇は一層その深さを増したようにも思えた。まずはみんなの願い事を一杯に抱えた笹飾りを歓声を上げながら水に流す。浅瀬に運ばれてゆらゆらと小刻みに踊るように流れて行く笹を見送って、そこにいた誰もが、ふと物寂しいような想いに包まれ誰からとも無く少し静かになった。タウロは明かりの灯された小さな幾つものキャンドルに囲まれた川原の水際へと、子供たちを集めた。
「さて、笹飾りの次はキャンドルの船を水に預けようね。火を運ぶ時には、みんな十分に注意するように。川に流す時に、願い事をもう一度思い浮かべてごらん。山と川の神様にも、直接お願いしてみるんだよ」

大事な宝物を運ぶようにして、両手にそのキャンドルの船を捧げ持った子供たちは、ひとつひとつを慎重に水の流れへと浮かべ始めた。浅瀬の水に託された小さな明かりは、水と風とに揺すられてまるで生き物が身じろぎするようにその光と影とを揺らめかせながら、ゆっくりと水の面を運ばれて行く。瀬に踊るキャンドルの光は、見えないたくさんの手で次から次へと渡されてでもいるかのように、右に左にと揺らめきながら、流れの緩やかな川の曲がりを満たすかのように広がっていた。その光景が、昼間自分が見た風景にそっくりであることをはたと思い出したジェドは、じっと水辺の風景を見詰めているメイを探し、そっと歩み寄った。

「……山のドウダンツツジも、こんな風だった」
急に話しかけられてもさほど驚きもせず、振り返ったメイは言葉の先を促すかのように、黙って首を傾げてみせた。揺らめく明かりを映して、じっと見開かれたその黒い瞳の中でも光と影とが踊っている。ジェドは懸命に自分の中から言葉を拾い集めて話し始めた。
「今日花を分けてもらったドウダンツツジ、凄く大きな樹だったんだ。ドウダンてあんまり大きいのはこの辺りでは見かけないけど、山の樹は見上げるぐらい大きくて、ちょっと山陰の薄暗いところにあって、でもその日陰で、まるで白い花が光ってるみたいに見えた。今このキャンドルの光とおんなじ、ひとつひとつは小さいんだけど、それがたくさん集まってて、でも大きなひとつにまとまっちゃうんじゃなくて、ちゃんといっこいっこも、みんなちゃんとひとつの花で…」

 

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