« i言語ごっこ・ギャグ編 | トップページ | ヒルデガルド様へのお手紙 »

Foxglove

Back
 Roll up into a ball

 

 

***   Foxglove   ***

 

「うん、このマカロン美味しいわー。生地にもさつまいもが入ってるのね。」
「はいー、中のペーストも、生クリームで伸ばしてありますが、お砂糖は使ってませんです。」
「これでも十分甘くて美味しいですよ。こっちは、パンプキンですね。」
「ええ、秋のマカロンで、色々と作ってみました。こちらはメープルシロップで、ちょっと甘いんですけどー。」
「あっ、それちょうだい、美味しそう。」
「やしなせんぱーい、アーモンドプードルの時点でかなりのカロリーですよ!」
「何言ってるの、アーモンドはお肌にいいのよ。」

緑に埋め尽くされた明るい温室の光景の中に、その明るさに負けじとでもいうような、賑やかに明るいおしゃべりが響き渡っている。医薬品研究のための植物栽培施設というお堅い目的にはおよそ不似合いな、女性達のその明るい笑い声は、休憩用の簡素な事務用テーブルに広げられた即席ティーパーティから響いているらしい。いつもなら思わず声を潜めたくなるような、素っ気ない沈黙に満たされた温室内では、破格の珍事であると言ってもいいだろう。

屋外は肌寒くなり始めた秋の頃ではあるが、温度管理の行き届いた温室内は風も柔らかく、常に何処かで美しい花が咲いている常春の空間である。その変わった花園の話をえるむから聞き付けた一同は、わざわざお茶会道具一式を持ち込んで、季節外れの花見へと繰り出していた。

「ふーん、思ったよりも綺麗に整備されてるじゃない。もっと実験室風かと思ってたけど。」
「あ、そういうエリアもありますですよ。この辺りは、見学者向けの造りになっているそうです。」
「なるほどー、実験室ぽいところも、ちょっと面白そうですねー。」
「…えるむは、あちこち見て回ってるのね?」
「はいー、岩神さんに、案内して頂きましたです。実験エリアは、研究員の立ち会いが無いと入れませんので、色々と面白いご説明をして頂きました。」
「ほほー。」

やしなとなつきとが目配せしながら、にやにやと意味ありげな笑みを浮かべる前で、その意味にまるで気が付かないらしいえるむは、にこりと邪気のない笑顔を返している。相手側にどんな本心があるにしても、まるで気が付かないのでは思われる相変わらずのマイペースぶりに、二人は改めてくすりと苦笑をもらした。

「それにしても、思ってたより見た目重視のお花が多いですよね。見学者向けにということで、そういうのを選んで植えてるんですか?」
「はいー、この辺りは、園芸品種が中心になってますです。」
「ああ、それで色も形も華やかな種類が多いのね。ディスプレイも結構凝ってるし。」
「この薄紫の花が綺麗だなー。匂いとかもするのかな。」
「は、なつきさん、気を付けて下さいね。それは、有毒植物ですので。」

青みの強い薄紫の花袋が、背の高い茎に行儀よく並んだ手近の一群れの花に顔を近付けていたなつきは、えるむの言葉を聞いて、間髪を入れずにぴょんと跳び退った。そのあまりの反応速度に、むしろ声を掛けた当のえるむが眼を丸くする前で、事態を予測してたらしいやしなは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべている。

「うむ、さすがなつきちゃん。危機対処の速度はバトメ部隊でもピカ一ね。」
「わ、私触っちゃいましたよー。」
「大丈夫よ、花びらにほとんど毒性は無い筈だし、口に入れなければ。」
「どうしてそんなものがこんな所にあるんですかっ!」
「いえー、この温室にある物は、そういう意味では大半が、有毒植物なのですが…。」
「はい?」
「そりゃそうよ、ここは医薬品研究が目的の実験温室なんでしょうが。」
「えー、だからって毒ばっかり集めなくってもー。」
「違う違う、つまり毒というのは、分量間違えた薬そのものなのよ。」
「…あっ、そういうことですか…。」
「薬物の有効成分が薬として作用するのは、適量だからであって、少な過ぎて効き目がなければ、それこそ毒にも薬にもならないただの不味い食べ物だし、オーバードーズで副作用が酷い物を、つまり毒という訳ね。」
「じゃあ有毒植物と言われてても、薬の原料になるということなんですね。」
「はいー、誤飲などの事故を避けるために、有毒とひとくくりにしますが、伝統的な医薬品のうちたくさんのものが、毒草と呼ばれる植物を原料にしてしているそうですー。」
「…えるむさん、ずいぶん熱心に勉強してるんですね!」
「はいー、とても面白いですよ?」

脅かされた腹いせとばかりに、思わせ振りな追求を重ねてみるなつきだったが、やはりえるむは一向にその言外の意図には気が付かないらしい。にこにこと屈託の無い笑顔を返すその様子に、これも思わせ振りに声を潜めながら、やしなはこそこそと、なつきに話し掛けた。
「…なんか進展なさそうね。」
「…これはやっぱ、博士をもっとプッシュしなくちゃですね。」
「……俺が、どうしたって。」
「あ、岩神さん。」

まるでその二人の言葉に呼び出されたとでもいうように、テーブル背後の茂みから、するりと岩神が姿を見せた。ひょろりと背の高い体格の割に、不思議と足音を立てないで動く彼ではあるが、とびきり耳の良いなつきが、彼の接近に気が付いていないという訳でもなさそうだった。分かっていて岩神の名前を出したのであろうなつきが、にやにやとした笑みを向けながら、これ以上は無いというほどの、わざとらしい声を上げた。

「わあ、博士、ちっとも気が付きませんでした!」
「……。」
「えと、こんなに色々と持ち込んでしまって、すいませんです。準備をしている間に、だんだん増えてしまいまして…。」
「…珍しい面子が、こんなところで雁首揃えてるんだな。」
「だって、青いケシの花が見られるっていうから。あの青は、一度自分の眼で見てみたいと思ってたのよ。」
「あれは温度管理がやたら難しい上に、花は一日も保たない。今咲いてるかどうかは分からないぞ。」
「いいじゃないですかー、運試しですよ。そういえば、ケシも麻薬の原料ですもんね。あんなに綺麗な花なのにー。」
「なつきちゃん。」

他愛のないおしゃべりの脈絡からは酷く唐突に、やしながぴしりと、静かで厳しい声を上げた。その声に反応して、瞬間にきりりと居住まいを正し背筋を伸ばしたなつきが、真っ直ぐにやしなへと顔を向ける。その反応についてはいかれなかったえるむと岩神とが見守る前で、やしなは静かなまま言葉を継いだ。
「この中では、一番植物の知識に縁がなさそうだから、敢えて言っておくわね。軍に所属して戦線に立つ人間であるからには、何時ケシの恩恵に預かることになるのかは分からない。麻薬の歴史は、麻酔鎮静剤の歴史と表裏一体なのよ。」

やしなの言葉を聞いて、なつきははっと、鋭く息を飲んだ。硬直している彼女に向かって、やしなはちからを緩めた、がらりと優しい口調でさらに言葉を続けた。
「詫びたりする必要はないけど、でも、忘れないでね。」
「……は、はいっ!」

厳しく引き締まった、それでいて何処か透明な沈黙が辺りを支配した。ムードメーカーであるなつきが黙り込んでしまったために、雰囲気を緩める役がいないことに後ればせながら気が付いたえるむが、話の糸口を探して、きょろきょろと視線を彷徨わせた。それを見ていた岩神は、彼としては大変珍しいことに、自分からその沈黙を破ってぼそりと声を上げた。

「…ブルーポピーもいいが、まずお茶を一杯貰ってもいいか。」
「あっ、はっ、はい。すいません、気が付きませんで。お座りになって下さいー。」
「……かぼちゃのマカロンが、一番甘さは控えめだったかしら。」
「あ、あの、博士には、ジンジャーブレッドを焼いてみましたので…。」
「あらー、なーんだ。お好みメニューが、用意済みな訳ね、ふーん。」
「はいー、メープルはやしな先輩で、パンプキンがなつきさんですよ?」
「…ああ、はいはい。ほら、なつきちゃんもそんなに落ち込まなくても。」
「……もっと、勉強します…。」

差し出されたかぼちゃのマカロンを、それでも勢いよくなつきが食べ始めるのを見て、年長の一同がほっと胸を撫で下ろす中、ふとえるむが気が付いて顔を上げ、岩神に話しかけた。
「あ、えっと、岩神さんにお聞きしてからと思ったのですが、お菓子を少し、樹の根元に置いても問題ないでしょうか。」
「…このエリアなら、問題ないと思うが、なんだ?」
「え、ええと、お、おすそ分けですー。」

えるむは手早く数個のマカロンを手に取ると、それを紙ナプキンに包んで、そそくさと腰を上げた。既に場所も決めていたらしいえるむは、真っ直ぐに一本の樹へと歩み寄って、お菓子の包みをそっとその根元に置くと、一瞬だけそれをじっと見詰めていた。今度は岩神が、はっと息を飲んだ。直ぐに立ち上がったえるむが、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、小走りに戻ってくる姿を、岩神は食い入るような眼差しでじっと見詰めていた。

「なあに? えるむ。」
「いえ、あの、深い意味はありませんです。お、お気になさらずに。」
「柑橘系の葉に見えるわね。……あ、ああ、そういうこと。」
またしても意味が分からなかったらしいなつきが、珍しくも不安げな顔で一同の様子を伺っている。一方で、外野の視線の目の前であることも忘れ去ってしまったかのように、岩神はじっとえるむだけを見詰めていた。
「あ、あの、ほんとに大したことではないんです。岩神さん、えっと、気にしないで下さいね。」
「……。」
「……ええと、どうも物凄くお邪魔な雰囲気ね。」
「せ、先輩、そしたら向こうでお勉強させて下さい。この状況でネタが分からないなんて、哀しすぎですよぅ。」
「よし、では我が国のWD開発の歴史を、最初からだな。」
「…あれー、全然ろまんちっくじゃない…。」

 

 

« i言語ごっこ・ギャグ編 | トップページ | ヒルデガルド様へのお手紙 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Foxglove:

« i言語ごっこ・ギャグ編 | トップページ | ヒルデガルド様へのお手紙 »