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Burnt Offering

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 Foxglove

 

 

***   Burnt Offering   ***

 

「わーい、なんだかいい匂いがしてきましたよ。」
「そですね、もうちょっとかなー。」
なつきとえるむとが、オーブンの小さな窓の前に並んで中腰に屈み込み、互いの顔をくっつけるようにして中を覗いている姿を横目で眺めながら、やしなはあまりに微笑ましいその光景に、思わずくすりと笑みをもらした。辺りには焼き菓子の香ばしい匂いが一面に漂い、その匂いの贅沢さだけでも、腹の虫が騒ぎそうなバターの良い香りが充満している。

これまでは藩国内の農業振興という、お堅い目的のために開催されてきた農業博覧会の催しものだったが、何度か繰り返される内に、主導するお役所も少しはイベント演出のこつが掴めてきたらしい。明日は秋の収穫祭をテーマに、満天星国藩国内向けのお祭り色の強い農業博覧会が開催される予定になっていた。藩国合併の前から、元々農業が盛んな土地柄だった二つの藩国には、もちろん伝統的な収穫祭の行事が根付いていたが、その両方の風習を上手い具合に取り込みつつ、ひとつの行事として共に開催するには、農業博覧会という名目はちょうど良い折衷案であったとも言えるだろう。

経済関連の仕事の繋がりと、お菓子作りという趣味を見込まれて、この手のイベントというと毎回駆り出されるようになっているえるむだったが、今回はそれにバトメ部隊内の有志も加わって、手作り焼き菓子などの配布を行う準備が、着々と進められていた。博覧会とは同業他社の顔合わせにより、その業界内の商業的なネットワークを形成する意味合いも持っている。あれこれと手伝いを繰り返す内に、農業関連の人々の間では、密かな有名人となりつつあるえるむの動きは、徐々に注目度もその規模もまた、大きなものになりつつあるようだった。

「そんなじっと覗き込んでても、目で見てはっきり分かるくらい急に様子が変わったり、しないでしょ。」
好奇心一杯の子供のような仕草で、オーブンののぞき窓に釘付けになっている二人に、やしなは笑いを含んだ声を投げかけた。そして、おもむろに手元のパン生地の塊をぐっと持ち上げると、びたんと派手な音を立ててテーブルへと叩きつけた。なかなかに力が必要なこのパン作りの工程が気に入って、最近ではすっかり担当になりつつあるやしなである。腕の力ではなく、体重を利用してしっかりと生地を捏ね上げる作業は、良い鍛練になるかもしれないなどと考えてしまっているやしなだった。

「まあ、そうなんですけどー、やっぱりこういうのって、気になるじゃないですかー。」
「はあ、今回は小さめのクッキーなので、焼き色が付き始めると、あっと言う間に真っ黒焦げになっちゃうこともあったりしますし。」
「やしな先輩のリクエストにお答えして、色々と甘いものデコレーションを乗っけてるからだと思いますー。」
「あ、それもありますですね。」
「だって、子供たちに配るんだったら、見た目華やかな方が、いいじゃないの。」
「そうそう、最近は旧ビギナの方の可愛いお菓子のディスプレイとか、結構流行ってるみたいですねー。」
「うーん、もうそろそろ…。」

そう言いながらえるむは、使い込まれたオーブンミトンを取り出した。それを手にはめようと、ぐっと開かれたその手の平に、ふとなつきは目を止めて声を上げた。
「あれー、えるむさん、手の平になにか…。」
「あ、これはですね。」
えるむは少し照れ臭そうに笑いながら、左の手の平を大きく開いて、なつきの前にかざして見せた。その細い指の手の平の中央に、まるで花びらのような形をした、白い何かが乗っているように見える。だが、じっとそれを見詰めたなつきは、ぱたぱたと瞬きしながら、さらに顔を近付けた。
「えっと、もしかして…。」
「はいー、痣なんです。」
「え、白い痣ですか?」
「色素が無い、アルビノの痣ですね。生まれつきなんです。」
「えっ、でもこんなに綺麗に、本物の花みたいに見えますよ!」
「ありがとうございますです。」

ちょうど小さな梅の花びらを、花そのままの形に手の上に並べたとでもいうように、えるむの手の平には5枚の花弁の形をした、白い痣が浮かび上がっている。それが本当に厚みを持っていないことを確認するかのように、なつきは自分の首を傾け、えるむの手の平を横から覗き込んだ。それ程までにはっきりとした、真っ白な痣である。もともと白い皮膚だが、他の部分とは全く違う、色が完全に抜け落ちて逆に作り物のような透明な存在感を主張して、その花はまるでそこだけが幻であるかのように、手の平の上に描かれていた。

「えー、全然気が付きませんでした。」
「小さいですし、ちらっとは見えても、あんまり目立ちませんね。」
「先天性のアルビノというのは、稀にあるけど、形はともかく、手の平というのは、珍しいかも、しれないわね。」
「やしな先輩は、ご存じだったんですか?」
「…うん、まあ、身体的特徴だから。」
「へえー、ホントに綺麗ですよねー。」
なつきはそう言いながら、大きな瞳をくりりと動かすと、ほとんど無意識にその手を伸ばした。手の平の白い花が、真実厚みを持たないものなのか、その好奇心を押さえ切れなかったのである。目前に差し出されたえるむの手の平に、指で触れて見ようとしたなつきの手は、しかし、その目前で何者かに阻まれることになったのだ。

二人の手が、接触しようとした正にその瞬間、空を叩く破裂音のようなものが炸裂した。まるで電気に打たれたかのように、なつきとえるむは小さく悲鳴を上げると、慌てて自分の手を引っ込めた。突然上がった彼女たちの声に、素晴らしい反応速度を見せてやしながモードを切り替え、瞬時に身を翻して二人の下へと歩み寄った。
「どうしたの、まだオーブン開けてないわよね。」
「びっくりしたー、な、なんかびりっときましたー。」
「びりっと? 静電気かしら。」
「で、でも何か、もうちょっと物理的に痛かった気がー。」
「うーん、静電気で火傷ってあったかな。別に金属に触ってた訳じゃないのよね。」

それほど大事ではないと確認したやしなは、ほっと胸を撫で下ろしつつも、早速原因追及に頭を捻っている。その横で、痛みの衝撃に打たれたまま硬直していたえるむが、やっとのことで意識を取り戻したかのような有り様でおろおろとした声を上げた。
「……な、なつきさん、大丈夫でしたか? あの、怪我したりとか、してませんでしょうか…。」
「やー、ケガってことはないですよー。えるむさんこそ、大丈夫ですかー。」
「わ、私のことより、なつきさんが…。」

そう言いながらもえるむは、なつきの様子を確認したくて仕様が無いとでも言いたげにその手元を覗き込みながらも、そのくせ、まるで自分の手が再び誰かを傷つけることを恐れてでもいるかのように、自分で自分の手を押さえ込むように握り締めたまま、蒼白になっている。その手が、ふるふると小刻みに震えているのを見て取ったやしなが、ためらいがちに声を掛けた。
「……えるむ?」
「あ、あ、あの、先日頂いたハーブオイルが、やけどとか擦り傷とかによく効くんです。私、取って来ますね!」
「あ、えるむさん、ちょこっと赤くなったりしてますけど、別にやけどじゃなさそうだし、大丈夫ですよー。」

至ってのんびりとなつきが返した返事を、珍しくろくに耳に入れもしないで、えるむはそのまま一目散に調理場を飛び出して行った。常に落ち着いた、というよりはマイペースぶりを崩さないえるむにしては、何時になく慌てふためいたその様子に、取り残されたやしなはもう一度首を捻った。
「うーん? あんなえるむは初めて見るわね。」
「……えっとー、先輩、何かちょっと、焦げ臭く、ないでしょーか。」
「はっ、ちょ、ちょっと、オーブンどうなってるの!?」

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必死の勢いで調理場を飛び出し、私物が置いてあるロッカールームへと駆け込んだえるむは、灯りも点けないままの薄暗い空間に、自分の他には誰もいないのをきょろきょろと確認した。それから、息を切らせたままの掠れた声で、誰もいない空間に向かって声を上げた。
「あ、青星、どこ? いるんでしょ? 出てきなさい!」
「ここにいる。」
えるむの他には、誰もいない筈のその空間に、深く低く響く声が放たれた。その声の方向を正確に聞き取ったえるむが、はっとして見上げると、彼女の目の前に置かれた背の高いスチール製のロッカーのその上で、ルビーのように赤い光が、ちかちかと瞬いた。続いて、鈍く銀色に煙る光を帯びた渋い青の色が、ゆらりとうごめく。そこには、手の平に乗るぐらいのぬいぐるみのように小さな何者かが、尖った鼻面を突き出してえるむを見下ろしていたのだ。

鈍色の青の毛並みに、赤い瞳をきらめかせたその生き物は、小さな小さな犬のように見えた。だが、いくら犬のように見えるとは言っても、子犬でもないのに、こんなに小さな犬など聞いたことがない。まして、その生き物は、僅かに開いたその口元に、ずらりと白く鋭い牙を覗かせ、そして何よりも。外見からは想像もつかないような迫力をまとった、しかも横柄な口調で、人の言葉を喋っているのである。しかし異様とも言えるその状況にも関わらず、えるむはまるでそれが当たり前であるかのように平然と、その生き物に抗議を申し立てた。

「なつきさんに、何をしたんですかっ!」
「手を軽く弾き飛ばしただけだ。噛み付いてはいないぞ。」
「青星に本気で噛まれたら、大怪我になっちゃうじゃないの! どうしてそんなことしたのよ。」
「無闇に大事なものに、触ろうとするからじゃないか。」
「別に、触っても、こんな痣ぐらい。」
「お前にとってはこんな痣でも、我らにとってはそうではない。まあ、触ろうとする方も、大したものだが。」
「え、だって、別に、普通に見えるんだから、触りたいと思う人がいたって、おかしくないと思うけど…。」
「いいや、普通なら見えたとしても、興味など持たず、長く覚えていることもないだろう。まして、触ろうなどと。あれも徒人ではあるまいよ。」

 

 

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