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Oldest Trick in the Book Vol.4

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 Oldest Trick in the Book Vol.3

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.4

殺風景で没個性的なドアの居並ぶ薄暗い廊下の向こうへ、両側に大きなガラス窓を取って、明るく日の差し込んだ通路が続いている光景をじっと凝視しながら、王島は次のアクションへの合図を待っていた。壁際に巨体を屈め、薄暗い影の中に身を伏せたまま停止しているドンファンは、これが命を持って動くのだとは俄には信じがたい程に、ほんの微かな動きも無いまま完全に停止している。巨大な機械腕を肩に、やや重心が高めの構造を持つドンファンは、足元からの振動に弱いという特徴を持っていた。通常の地上展開であれば、その重量と相殺されて考慮する必要も無い程度ではあったが、こうした室内戦においてだけは、場合によっては命取りとも成りかねない。王島が待っていたのは、その振動だった。

不意に、視界の前方、ちょうど薄暗がりと眩しい陽射しの境目あたりの天井から、鈍く響く衝撃音が轟いて、王島は反射的にさらに深くドンファンの巨体を沈み込ませた。続いて、さらに大きな振動が建物全体を揺するように伝わってくる。そのタイミングを読んで受け流した後、王島はドンファンを前へと引き起こした。脳裏には、つい先程同じように屈み込んだ姿勢から、己の身体のように滑らかな動きで、柊星が操るドンファンの姿が浮かび上がる。あんな風に自然な動きとは違い、自分の姿はさぞかし無骨に見えるのだろうと考えながら、王島は皮肉な笑みを唇に刻み込んだ。その彼の気持ちを導くように、さらに向こう側へと離れた辺りから、二発の振動が続いて響いて、王島は今度こそドンファンの歩みを加速した。

暗がりを振り切って、明るい光の満たされた渡り廊下へと滑り込む。ドンファンの巨体を進めるにも充分な、空間の余裕を持って設計されている渡り廊下は、搬送車輌などが使う構内用道路の頭の上に掛けられ、従来の研究棟から新築された隣の棟へと続いている筈だった。建物から突き出して薄くなった床の振動音変化が、精密なセンサーに捉えられる。ドンファンの歩幅であれば、ほんの数歩という素早さで、渡り廊下のほぼ半ばまでの距離を進んで、王島はその前進の勢いのままに機械腕を振り上げると、躊躇無くそれを天井へと突き出した。普通に歩いて進むには問題無くても、ドンファンの巨体から腕を掲げて、届かないような高さな訳では無い。機械腕は見事天井の建材を突き破り、予め瑞穂が解析した通り、寸分違わずその内側に走る屋台骨をぐいと掴んだ。

機械腕を頭上に突っ込んだドンファンは、そのまま身体を縮めて脚部を引き上げ、天井にぶら下がった。その瞬間、正に今の今までドンファンの足が踏み締めていた床の下から、衝撃と共に爆風が吹き上がる。渡り廊下の全体を、波のように揺する衝撃が走って、さすがの王島も全身に緊張を漲らせた。とはいえ、渡り廊下の床下に仕掛けられた爆薬は、既に瑞穂が見つけ出し、この爆発は想定済みである。互いに装備のスペックを知り尽くした者同士、危険行為ぎりぎりの線を競り合うWD部隊内の演習は、実際シリアスな実戦よりも、さらに質の悪い仕掛けのオンパレードだった。床面に突然大穴を開けられると、ドンファンのように重量のある甲殻型WDは、非常に対処が難しい。一方で爆薬をコントロールして、床の破壊だけに威力を絞りさえすれば、頑丈な甲殻型の内部に対するダメージはそれ程にはならないことを、WD部隊の人間なら知らない筈もなかった。

おそらく、下の道路へとドンファンが落下すれば、その時点でミッション続行は不可能との判定になるのだろう。だがこの渡り廊下を避けて他のルートを選んだのでは、タイムトライアルに遅れを取ることになる。ぎしぎしと音を立てながら揺れの続く架け橋の内側にセンサーを走らせながら、王島は天井部分の骨組みの様子を観察していた。床面からは未だもうもうと粉砕された建材が立ち上り、強度の判断は難しい。と、ドンファンの機械椀が掴んでいた鉄筋入りの梁が、鈍い振動を伝えてきた。
「…柊星、天井が保たん。」
「りょーかい、何時でもいいぜ。」

柊星の返答が終わらない内に、王島は片側の機械腕を引き抜いて、建材をばらまきながら片腕だけでぶら下がると、今度は窓側に身体を向けて再び天井裏へと腕を突き刺した。ドンファンの巨体が鉄棒競技に挑戦している姿というのは、相当に滑稽な光景だろうと、ふと脳裏で考えながら、王島は脚部を揃えて勢いよく振り出し、窓の外へと突入させた。既に爆発で揺らいでいた渡り廊下に、さらに走った衝撃によって、機械腕の掴んだ梁が大きく揺らいでいる。王島は一度ドンファンの脚部を引き寄せ、廊下の内側へと回収すると、自分の脚が蹴り壊した壁面の外を確認した。

その目前を、黒いワイヤーロープが斜めに走り抜ける。二階の渡り廊下のさらに上、三階部分の壁面をこじ開けた柊星が、ドンファンをも支える強度を保つ特殊強化ワイヤーを、何本も張り巡らせていたのである。
「三階水平の高さは確保してる、いっぺん下がっても、下まで落ちなきゃウィンチで上げられるぜ、おっさん。」
「了解。」

しかしワイヤーでドンファンを支えることは出来ても、新築棟の側面に入り口が開かなければ、建物内に侵入することが出来ない。要するにこの渡り廊下は、落ちてもらわなければ困るのである。柊星がさらに追加しているワイヤーロープの位置を確認しつつ、王島は再度、瑞穂が解析した天井の構造図に目を走らせた。そして機械腕を移動させてドンファンの態勢を整えると、無造作に指定のポイントへと、ドンファンの脚部を叩き込んだ。

最後の止めを蹴り込まれた渡り廊下が、大きな軋みを立てながらじりじりと沈み込み始める。瞬時にドンファンの方向を入れ替え、辛うじて王島が機械腕を壁面の外へと突き出すと、その腕が目指すワイヤーロープを捕まえるよりも前に、新たなワイヤーが上から絡みついた。三階部分から待ち構えていた柊星が、見事王島のドンファンを捉えたのである。
「…意外と器用なことをするな。」
「おっさん、余計な事ほざいて舌噛むなよ!」
既に上方に張られたワイヤーで高度を支えているらしく、王島のドンファンはそのままぐいと機械腕を引かれて、渡り廊下から引きずり出された。その巨体が壁から離れた瞬間、爆発が床面に開けた穴をめがけて、遂に渡り廊下はずしりと落ち込み、耳障りな衝撃を轟かせてがらがらと落下し始めた。

「<王島さん、緊急情報です。>」
「んな暇あるかっ!」
「<柊に言ってないよ。>」
「続けてくれ、瑞穂。」
「<このMAP、古いもののようです。間取りが改築されています。人質の位置情報では高さが三階部分に相当しますが、現在三階のこの場所には部屋がありません。>」
「んだとぉ!!」
「部屋が無いなら、何になっているんだ。」
「<二階部分から吹き抜けて、大きめの会議場になっているようです。その天井部分ですね。>」
「……”鳥籠”か。」
「どこまでえげつねぇんだ、あのタヌキ。」
「<まあ、人質の安全性が高いとは言えるけどね。さすがにこの周辺は、こちらからのスキャンが効かないので、詳細は未確認のままです。>」
「…それなら入り口は二階フロアということだな。」
「<はい、そうです。>」
「了解した。」
「<天井の高い会議場となると、大物が出るかもしれませんね。>」
「……瑞穂、てめー、如何にも嬉しそうに言ってんじゃねーよ。」

 

 

 

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