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Oldest Trick in the Book Vol.3

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 Oldest Trick in the Book Vol.2

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.3

「おーい、瑞穂。おっさんが壊れた。」
取りあえず口ではあれこれと軽口を並べつつも、柊星の反応は至って冷静だった。情報を表示しているノートパソコンへと無造作に手を伸ばすと、ドンファンの構造からすれば驚異的な器用さを発揮してひょいと持ち上げ、こちらも素早い動作で身を翻す。王島の後を追って、壁に穿たれた穴をくぐる柊星に、如何にも呆れたと言いたげな響きのにじむ瑞穂の通信が投げ掛けられた。
「<柊星、いくら何でも悪ふざけが過ぎるよ。いつまでもそんな手抜きの遊び半分な態度だと、足を掬われるぞ。>」
「へっ、あれで壊れた以外の何だってんだ。まんまとタヌキに乗せられやがって。」

薄暗い廊下へと戻って周囲を確認した柊星は、しかし、王島のドンファンが思ったよりも近く、つい先程二人が通り過ぎて来た階段の踊り場付近に停止しているのを発見して、微かに目を見開いた。ノートパソコンが表示していた、最低限の情報だけを伝えるシンプルな建物構造図には、人質の現在地が、少なくとも地上階ではないことを表示していたのだ。てっきり王島が、その階段を上がって突進していったのでは予想していた柊星は、ドンファンの腹の中でにやにやと口元を歪めながら、それでも澱みのない動きで王島の元へと接近した。
「おっさん、頭冷やせよ。」
「…柊星、指示を頼む。」
「ああ?」
「我々が第一関門を突破して情報を手に入れた事は、人質を押さえている別働隊にも伝達されるだろう。タイムトライアルの時計が動いた、そうだな?」

王島の唐突な行動から、てっきり彼が人質の情報に惑わされ、判断力を欠いているのかと思い込んでいた柊星は、その冷静な返答を聞いて、思わず浮かんでいた笑いを引っ込めた。王島の思い人が、ハイ・バトメとしては最も小柄な人物であるということは、実際WD部隊の中では周知の事実である。その彼女が、人質役に選ばれているらしいという情報と、現在地情報とを並べてぶら下げれば、その現場に条件反射的に突っ込んでしまうのは、男としてはむしろ褒められて然るべき行動かもしれない。だが、この演習のプランナーは、あの杉宮なのである。与えられたMAP通りに進みさえすれば、クリア出来るような単純なプランで、この最終組が遊ばせてもらえるとは、到底思えなかった。
「<ほら見ろ、柊星。>」
「けっ、一応頭は動いてるじゃねーか。まず間違いなくそうだろうよ。ったく、相も変わらず性格の悪りータヌキだぜ。」
「速度では、俺の不利は否定出来ない。お前が先行して、場合によっては俺を残して行動してくれ。」

終ぞ聞いたことのない、何かを削ぎ落としたように冷たく響く王島の声を聞いて、柊星は今度こそ、不機嫌に口元を引き結んだ。常日頃口喧しく礼儀を言い立てる王島だったが、それは取りも直さず、何時如何なる時にも戦闘行動そのものには余裕を持って対処し得るという、実力の裏付けがあるからこそなのである。王島がその余裕をかなぐり捨て、本当の本気を見せる場面など、滅多にお目に掛かれるものではなかった。だが、杉宮少将のお膳立ては、そんな王島に本腰を入れさせることに、一瞬にして成功してしまっていた。
「…結局、タヌキに乗せられてることには変わんねぇじゃんか。」
「<諦めろ、柊星。杉宮少将が相手なんだ、まんまと乗せられてることが分かってたって、その上でこっちも本気を出さなかったら、このミッションはクリア出来ないよ。>」
「るせーな、そっちこそ情報の解析は済んでるのかよ。」
「<終わってる。さっきのMAPと現状の建物構造の解析データに差異は見られない。少なくとも偽の地図じゃないな。>」
「人質の位置情報は、リアルタイムの発信機とかじゃねーんだよな。」
「<そうだね、三次元MAPではあるけど、単なるスチルデータだ。こちらの到着が遅れれば移動される、まずはそのリミットとの勝負かな。>」
「瑞穂、この研究所建て増しされてるだろ。外壁の色が違ってる棟があった。」
「<ああ、さすが目敏い。人質がいるのは、一番新しいC棟というところみたいだね。ここからだと、一番離れてる。>」
「…連結は?」
「<渡り廊下だ。道路を挟んでるから、繋がってるのは2階部分だけ。>」
「……ったく、性格が悪りぃにも程があるぜ。」

瑞穂と柊星とが、早口に情報交換を進めているのを、王島はじっと押し黙ったままで身動ぎひとつせずに辛抱強く待っていた。まるで格納庫にうっそりと並んで、息を吹き返す戦いの始まりを待っているかのようなドンファンを横目で睨んで、そのフルフェイスの向こう側に、厳しく引き締まった形相が目に浮かぶような気がした柊星は、思わず微かに首を竦めた。
「…おっさん、単なる速度の勝負で済むんだったら、確かに俺が先行すればそれでいいんだろうが、相手はあの妖怪だぞ。その程度で済まされると思わねー方がいいんじゃね?」
「……二人共揃って辿り着かなければ、その先があるということか。」
「速度の勝負は俺が引き受ける。おっさんには次の課題がありそうだって、忘れんなよ。つーことで、ポジション分担しようぜ。おっさん、辿り着ける確率が高い方とあぶねー方、どっちがいいよ」
「危ない方だ。」
「…しょーがねぇな、適材適所だ。」

微塵の迷いも無い王島の返答を聞いて、危険度の高いポジジョンを担当出来なかったことが、如何にも不満だと言いたげな口調でぼそりと言い捨てると、柊星はそのまま階段を昇り始めた。その背後にぴたりと、まるで機械のような正確無比な無駄の無い動作で、王島が付き従う。今指示を出せば、どんな危険な任務も少しの躊躇も無く実行してしまいそうな、王島の張り詰めた雰囲気に抵抗するかのように、ぶつぶつとぼやきを並べながらも、柊星は油断無く周囲にセンサーを走らせた。
「瑞穂、どうせこっちの居場所がばれてるなら、もう遠慮する必要も無いからな、目的地までの建物構造と配管や電気配線の解析を続けといてくれ。」
「<了解、ていうか、もうやってるよ。今、外壁素材と基礎構造の強度をスキャン中。>」
「……外壁だ? ったく、どいつもこいつもしっかり乗せられやがって…。」

 

 

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