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Fairy tale Vol.1

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 感謝祭のますかれーど89

***   Fairy tale   ***

Vol.1

そのまま放っておいたら、何時まででも堂々巡りを続けていそうな二人を見かね、やしなが仲裁に割って入ってくれたお陰で、ようやくのことで岩神とえるむは、バトメ部隊のテントへと辿り着いていた。えるむが取りあえず無傷であることを岩神に告げ、岩神が手に軽い火傷を負っていることを指摘した時点で、問答無用の勢いのえるむが、怪我人を連行したという状況である。普段は人並みより随分おっとりと見えるえるむだったが、流石はバトルメードというべきか、常とは別人のようにてきぱきと飛び回って救急手当の資材を取り揃えたかと思うと、今は必死の表情で手を動かしている。とはいうものの、岩神の怪我はと言えば、消火作業の最中に炎に煽られた程度で、大した負傷という訳でもない。えるむに己の腕を委ねたまま、こちらは相変わらずの無口さで押し黙り、岩神は白い手の動きをじっと見詰めていた。

バトメ部隊炊き出し有志の控え用として、単に屋根があるだけの簡素な設置をされていた筈のテントの内側は、いつの間にか、さり気なく周囲を目隠しするような背の高い荷物に囲まれ、個室めいた落ち着いた空間を整えていた。広幡を人目から隔離しなくてはならない状況に備えて作られたのであろう、その急ごしらえの部屋の中は、不思議に外部の喧噪からも遠退いて、耳に沁みるような静けさに包まれている。一心に手当を続けるえるむの横顔を、こっそり盗み見ていた岩神は、その静けさに背を押されるようにして、いつもにも増して低く抑えた声で、ぼそりと呟いた。
「…君は、あの青いのを、知っているんだな。」

その言葉を聞いて、今の今まで慌ただしく手当を続けていたえるむの手が、ぴたりと止まった。そのえるむの手が、ほんの微かに震えているのを感じ取った岩神は、内心の動揺を何とか押し隠した為に、かえって何時も通りの無愛想に聞こえる声で、ぼそぼそと言葉を続けた。
「……答えたくないなら別にいい。俺が知っているということを言っておきたかっただけだ。」
「あ、あの……。」
「あー、まあ、火事の現場をうろついていたというだけで、あれが具体的に何か悪さをしたという訳では……。」
恐らくは、答えにくい質問なのだろうと考えながらも、我慢し切れずに口を開いてしまった岩神は、後悔に占領された頭で思考を硬直させたまま、反射的な取り繕いの言葉を並べ立てようとした。だが、その岩神の言葉を聞いた瞬間、きっぱりとした勢いで顔を上げたえるむが、凜とした声で宣言した。

「青星はそんなことしません!」
そう言い放ってしまってから、まるで自分の声に驚いたかのように、えるむははっと息を飲んだ。大きく見開かれた黒い瞳が、真っ直ぐに自分を見上げているのに、半ば見惚れるように停止していた岩神は、我に返ったえるむが、先程の勢いは何処へやら、しおしおと頭を垂れてしまった為に、少なからずがっかりする羽目に陥った。
「あ、あの、人を傷付けるようなことを、面白がって遊びでするなんて、絶対にありません。彼が何かをする時には、必ずちゃんと理由があるんです。ただ、その理由は、少し、人の価値観と違っていることは、あるのかもしれませんが…。」
えるむが口にしたその「彼」という言葉に、込められた親しげな響きと、信頼の深さとを感じ取った岩神は、無意識の内に、むっと唇を引き結んだ。折角必死のえるむを独り占めすることに成功していたにも関わらず、これでは台無しである。自分で余計な口火を切ってしまったことを棚に上げ、岩神はまるで、その名前に八つ当たりするかのようなぼそりとした声で、微妙に噛み合わない答えを呟いた。

「…青星というのか、あれは。」
「は、はい、えっと…。」
岩神の不機嫌を感じ取ったのか、えるむは岩神の表情を不安げに伺いながら、再び手を動かし始めた。合成タンパク製品が発達している満天星国では、軽い外傷を覆って保護し、そのまま皮膚に吸収されてしまうタイプの薬剤が普及し、応急手当の技術というのは、最近ではあまり一般的では無い。しかしえるむは、手慣れた澱みのない手付きで、その絆創膏を貼った上に傷口の保護をする為の包帯を、器用に巻き付けている。丁寧に巻かれた白い包帯の綺麗な螺旋を眺め、我ながら自分の狭量さをやや後悔した岩神は、姿勢を改め、何とか自分の口調を和らげようと、密かな深呼吸を繰り返した。詰まるところ、自分が焼き餅を焼いているのだという程度の自覚はあったからだ。

「…いや、だから、無理に何かを聞き出そうとしてる訳では無いんだ。」
「…あ、あの、人に話してはいけないとか、そういうことでないのですが……。」
消え入りそうにか細いえるむの声に、岩神は思わず目を見開いた。聞いてはいけないことを、しかし聞かずにはいられないような心持ちで言葉を探していた岩神は、拍子抜けしたように肩の力を緩めた。
「…タブーという訳では無いのか。」
「はい、別にあの、秘密とかではないんです。ただ、その、面白半分に扱われることは、毛嫌いするので、えと、機嫌を損ねるというか…。なので、内緒にしておいた方が安全という、そんなようなことです。」

手当を続ける自分の手元から目を離さない為に、俯いたまま言葉を選んでいるえるむは、いつもとは何処か雰囲気の異なる、ぽつぽつとした独り言のような声で話し続けていた。秘密では無いと言いながら、何処かその声音には、何かを恐れるような緊張がにじんでいるように、岩神には思えた。
「彼が、そういうことを求めなくてはならない理由は無いのだそうです。ただ、その、言いふらすようなことでもない、だから、仁義だとか、そんなことを言ってました。」
「……仁義、か。」
古臭いそんな言い回しを、あんな小さな生き物が使っているところを思い浮かべて、岩神は思わず、その余りの不似合いさに口元を歪めた。えるむがそう言うからには、あの青い生き物は、人間の言葉を喋るということなのだろう。確かに、岩神に向かってにやりと笑ってみせたあの凶悪な表情には、紛れもない意志が感じられた。しかも、あの火事の現場での状況を落ち着いて考えてみれば、青星と呼ばれる生き物は、岩神を現場へ誘導していたとしか思えないのだ。自分の視界の隅を、またあの青い光が駆け抜けるような気がして、どうにも座りの悪い緊張を、何とか押さえ込みながら、岩神は硬い声で質問を投げ掛けた。

「…あれは、何なんだ。」
「……わ、分かりません。」
えるむの返事は、僅かな震えを含んで岩神の耳に響いた。元々、口が達者とはお世辞にも言えないような、おっとりとした口調のえるむではあるが、語尾の長いそののんびりとした話しぶりに反して、言葉の中身は、むしろ芯の強いしっかりとした気持ちを隠しているのを、岩神はいつも感じていた。そのえるむがこんな風に、何かに怯えたような声で話すのを聞いて、自分自身もまた、何かの不安にかられて鼓動が速く波打つのを、岩神はぐっと堪えて拳を握り締めた。
「青星が何であるのかは、私の家の者も誰も知りません。代々ずっと、我が家に居着いていて、人が識らないようなことを識っていて、不思議な力を持っている。けれども、それを滅多に使うことは無い、それだけです。ただ、その、彼らには彼らの理があって……それを守るためには、とても恐ろしい存在です。その意味では、神様と言っても良いかもしれません。」
「…触らぬ神にたたり無し、ということか。」
「……ええ、そうですね。そうかもしれません」

ほぼ手当を終えたえるむは、自分の手元から視線を上げ、ちらりと岩神を見上げてみせた。その顔が、ほんの微かな笑みを浮かべる。だが、その微笑みが、どこか寂しそうな、泣き笑いのような表情に見えて、岩神は胸を締め付けられるような痛みを感じ、反射的に口を開いた。
「………だったら、君は…。」
「? はい?」
「君は何を怖がってるんだ。」
岩神の言葉を聞いて、えるむの瞳が大きく見開かれた。その顔が、目に見えて一瞬で蒼白になる。頼りなげに開かれた唇が、震えながら、それでも言葉を紡ごうとして、浅く速い息を吐くのを感じ取って、岩神は思わず、ごくりと自分の息を飲み込んだ。
「…あ、あの、私……。」
「……いや、いい。無理矢理聞き出すようなつもりはない。忘れてくれ。」

 

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