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Fairy tale Vol.4

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Fairy tale Vol.3

***   Fairy tale   ***

Vol.4

農業博覧会での事件の後、次々と湧いて出るイレギュラーな雑務に追い回され、目の回るような慌ただしさで日々を過ごしていたえるむに、岩神の連絡が入ったのは、ちょうど一連の騒ぎにも一段落が付き始め、ようやく休みも取れるようになってきた頃合いのことだった。暫くぶりに、いつもの実験温室を訪れたえるむは、例によって焼き菓子を入れたバスケットを抱えて、辺りを見回しながら順路を進んで行った。外は相変わらずの冬の寒さだが、それでも年を越えて、ほんの少しずつ熱を増してゆく陽光が降り注ぐ温室の中は、急ぎ足で長く歩けば、汗ばんでしまいそうな暖かさである。すっかり覚えてしまった植物の顔触れが、春に向かう気配で、そのつぼみを膨らませているのに目をやりながら、温室の奥へと分け入ったえるむは、明るい光の中に、いつも通りの背の高い白衣姿を見付けて声を上げた。

「あ、や、岩神さん。」
「……ああ。」
「す、すいません、お待たせしてしまったでしょうか。」
「…いや、そんなことは無い。急に呼び出して、悪かったな。」
「いえー、こちらこそ、事件の後、あれきりご連絡も出来ず…。」
少し息を切らせていたえるむは、岩神を見上げてから、またぺこぺこと頭を下げた。それから、いつも通りポケットに突っ込まれている岩神の腕に、それとなく視線を走らせた。屋台の火事を消し止めた際に岩神が負った火傷が、大した怪我でも無かったことは、曲がりなりにも最初の治療を行ったえるむが、一番良く知っていたが、それでも気になることは確かである。そのえるむの視線に気が付いたのかどうか、岩神は無造作にその腕をポケットから引き抜くと、えるむが抱えていたバスケットへと手を伸ばした。

「……今日は、何が入っているんだ。」
「え、えっと、あの…。」
唐突な岩神の言葉に、返事を返し損ねたえるむを余所に、岩神はそのままバスケットを奪い取り、えるむに背を向けて歩き出した。特に素早い動作という訳でも無かったのだが、いつもとは違う岩神の行動に、一瞬きょとんと見送ってしまったえるむは、はたと我に返って、あたふたと岩神の背を追い掛けた。
「あの、岩神さん、何処へ…。」
「……奥にまた、新しい休憩場所が出来た。」
「あ、そうなんですねー。こちらもすっかり、ご無沙汰になってしまって…。」

ようやく追い付いたえるむが、岩神から少し遅れて付いて行こうとすると、今度は、岩神が唐突に歩く速度を緩めながら、滑り込むようにえるむの傍らに並んでみせた。驚いたえるむが、目を見張って見上げたのに、岩神はちらと視線を送って、ほんの微かに笑ってみせた。普段の岩神は、他人とあまり視線を合わせることをしない。それに慣れていたえるむが、また驚いてぱたぱたと瞬きを返すと、その反応に満足したかのように、岩神は視線を前へと戻し、無言のままゆったりと歩き続けた。常とは何処か違う岩神の様子に、微妙な疑問符を頭上に浮かべながらも、えるむがそれに付いて行くと、やがて、これまでの順路よりも、より一層周囲から植え込みが自由に伸びた一角に辿り着いた。

この実験温室は見学者を入れることはしても、常に解放している訳でも無く、植物は比較的刈り込まれずに、気ままに枝を伸ばしてはいたが、それでもこれ程もっさりと空間を占拠している場所は他に無い。またしても目を丸くしたえるむは、順路までを覆うように広がっている樹の陰に、隠れるように置かれた小さなテーブルを見付けて、あっと声を上げた。
「あ、イングリッシュ・ガーデン風ですね!」
「…まあ、そうだ。まだバラも無いから、もどきというところだが。」
「えー、じゃあ、これから増えるんですか?」
「……そうだな、あー、バラは手入れが難しいが…。」
「そうなんですよねー。でも、バラはやはり人気がありますから、育てやすい品種を研究して頂けると、欲しい方はたくさんいらっしゃると思いますー。」

そう言いながらえるむは、にこにこと笑みを浮かべて、華奢な曲線を描く古めかしい椅子に、ちょこんと腰を下ろした。植物の自然な姿を、そのままに楽しむイングリッシュ・ガーデンの雰囲気らしく、木陰に遠慮がちに置かれたテーブルと椅子は、そうして座ってしまうと、周囲からはほとんど隠されてしまうようである。岩神がテーブルに置いたバスケットを引き取って、中身を取り出そうとし始めたえるむに、ぼそりと、低く抑えられた声が届いた。
「……この間、青星に会った。」
「…あっ、えっ?!」
予想もしなかったその内容に、えるむは勢いよく岩神を振り仰いだ。バスケットを置いた姿勢のまま、立ち尽くしていた岩神は、えるむの驚きを受け止めて、そのまま黙って見詰め返している。
「あ、青星にって、ど、何処でですか?」
「…俺の研究室で。」
「け、研究室って、どうしてそんなところにっ?!」
「…ああ、そう言えば、どうやって入ったのかは、答えを貰い損ねたな。」

そう返事を返しつつ、その頬を微妙に緩めた岩神は、ゆったりとした動作で、自分も椅子に腰を下ろした。その動きに、はっと我に返ったえるむは、青ざめた顔を岩神に向けながら、必死とも言える真剣さで、岩神に向かって身を乗り出した。
「あ、あの、それで、青星は何かしでかしたりしてませんでしょうか。」
「…しでかす? いや、別に。夜中の研究室に現れて、少し話をして、そのままいなくなった。」
「は、話ですか、それならいいんですけど…。」
如何にもほっとした様子で胸を撫で下ろしたえるむは、そこでまたはたと気が付いたように、大慌てて言葉を継いだ。
「いえ、あの、研究室に不法侵入なんて、いい訳ではないんですが、その…。」
「まあ、人間の法が通じる相手でも無いんだろう。特に問題があった訳でもないし、いいんじゃないのか。」
「はあ、あのー、そう言って頂けると…。」

そう言いながらえるむは、ちらりと岩神の様子を伺った。青星に会ったと言いながら、岩神はそれに拘る様子もなく、まるで普通の世間話のような気軽さで、逆にいつもよりも何処かリラックスしているようですらある。これまで、青星の存在を目の当たりにした人々の、一様にヒステリックな反応を思い出し、えるむは思わず眉を寄せて、その額に珍しくも影を刻み込んだ。えるむの一族にとって、青星はあまりに当たり前の存在であり、疑うのも莫迦らしい程に、これ以上は無いという現実的な存在でしか無かった。だが、迂闊に怒らせるような真似をすれば、人間の常識からは考えられないような非道な真似を、実行してしまう存在であることも、また事実でしかないのだ。その時ふと、えるむは、あのテントの中に青星を呼び出した時のことを思い出した。なつきの姉、はるかもまた、少しの躊躇いもなく、普通に青星と会話をしていた。世の中には、あんな人もいるのだ。

「……えるむ。」
「あっ、は、はいっ、すいません、ちょとぼおっとし…。」
物思いの中に沈んでいたえるむは、岩神の声が予想外に近いところから響いていたことに、遅れて気が付いた。いつの間にか、岩神は座ったえるむの直ぐ傍らに立って、上から彼女を見下ろしている。膝の上にバスケットを置いたままのえるむは、至近距離に佇んでいる長身の岩神を見上げ、真上に向かって精一杯にその細い首を反らせた。その慌てた動作が、面白かったのか、岩神はほんの微かに優しい笑みを浮かべて、えるむをそのまま見詰めていた。
「…や、岩神さん、あの……。」
「……焦らなくても、いいんだ。ゆっくり話そう。青星のことも、君のことも。」

 

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