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Oldest Trick in the Book Vol.7

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 Oldest Trick in the Book Vol.6

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.7

瑞穂の通信が終わるよりも速く、王島は瞬間で次のアクションへの覚悟を決めた。甲殻型WD二体分という重量に悲鳴を上げる廊下の梁構造から、思い切り良く機械椀を離し、敵ドンファンを蹴り倒す為の遠心力が、自機までを諸共に引きずるに任せたのである。脚部を強引に振り回した為に、既にWDの内部に侵入し、下へ向かって全身の血を吸い寄せようとしていた遠心力は、その瞬間、頭蓋に直接手を突っ込んで容赦なく揺さぶりをかける、凶悪な重力の牙を剥いた。分厚い装甲を誇る甲殻型WDに対して、戦闘不能と判断されるまでのダメージを与えるという課題は、同じドンファンを持ってしても簡単にクリア出来るような代物ではない。一対一で相対すれば、互いの機械腕同士をがっぷりと組み合った時点で、大抵は膠着状態に陥ってしまう。人員に余力があるとすれば、この前衛のドンファンが王島を押さえ込んで動きを止め、その隙に後続が動くのだろうということは、予め王島も予想していた。問題なのは、その後続が到着するよりも如何に速く、こちらの状態を立て直すのかということなのだ。

王島が叩き付けたドンファン脚部の蹴りを、辛うじて踏み留まって堪えようとしていた敵WDは、さらに上乗せされた王島機の重量に耐え切れず、背後の壁へと崩れ落ちた。巨大な人工筋肉の塊が、簡素な研究室よりは、幾らか小綺麗に内装されていた廊下の壁に溝を刻みながら、騒音を蹴立てて横滑りしていく。ドンファンの装甲でも遮断することの出来ない無秩序な遠心力と衝撃とが、意識を持って行こうと揺さぶる圧力に、王島は歯を食いしばって必死に抵抗した。機械椀という器官を手に入れ、人体とは異なる4本腕のフォルムを持つドンファンの機体を操るには、埋めることの出来ないほんの僅かなバランス感覚の差が存在していた。それこそ機械椀同士を真正面から組み合うような、訓練メニューに組み込まれたセオリー通りの動きなら、問題にならないような刹那の重心のずれである。しかしそれは、体験したことのないイレギュラーな挙動に対処する時、いきなりぱくりと口を開ける罠のようなものだった。ここで集中力を緩めれば、ドンファンの姿勢を維持出来ない。この重量の物体が姿勢バランスを崩すということは、行動の支配権を喪失することを意味していた。人型を真似て造られたWDという機構は、人体の持つ自在にアレンジ可能な身体制御の能力と、生物としての限界を突破する圧倒的なパワーとの両立を実現したが、それでも、人間には存在しない機械椀という器官を持つこの甲殻型WDドンファンを、生まれ持った身体と全く同等に扱うことは、どれ程改良と訓練とを積み上げようとやはり不可能だったのである。

遠心力に脚部から引きずられて、王島の機体は仰向けの体勢になっている。機械椀の重量が不利となって、ドンファンは背面方向へのバランスが非常に悪いというリスクを抱えていた。この姿勢制御に失敗して背中から落ちれば、後続の敵WDの到着時には、引っ繰り返された亀のように無様に腹を晒すことになるだろう。王島は、己の意識まで持っていこうとする重力の揺さぶりに必死で抵抗しながら、唸るような声を喉から絞り出した。伸びきった機械椀を死に物狂いで手繰り寄せ、腰を押さえ込んだ敵ドンファンの機体に覆い被さるようにして全身を折り曲げ、体勢を立て直す。廊下の壁に半ばめり込みながら、ようやく勢いを緩めた横滑りに止めを刺すように、王島はその声と共にもう一度機械椀を壁へと突き立てた。辛くも動きを止めて沈み込んだ二体のドンファンに、戦闘離脱の警告を告げるシグナルが鳴り響いた。

「<王島さん、敵前衛はダメージ超過のため戦闘不能の判定ですが、新手が来ます。姿勢立て直せますか。死に体から復帰出来ないとこちらも戦闘不能をジャッジされます。>」
暢気といっても良い程に平静な口調を崩さない瑞穂の問い掛けに、答えを返す余裕もないまま、王島は壁にめり込んだドンファンの拳を握り締め、その機械椀を梃子にして敵WDの機械椀から逃れようと脚部を踏み締めた。言葉にならない唸り声が迸り、自機の重心を奪還する。やっとの事でスクリーンに眼を走らせるだけの余裕を取り戻した王島は、新手のドンファンが思ったより接近しているのに気が付き、残骸状態の敵前衛を盾にしようと、反射的に背後へと後退った。その時、つい先程潜り抜けてきた壁面の大穴付近に、突然巨大な物体が出現した。スクリーンに映し出された赤外線映像の黒い影が、角を曲がって現れたディフェンス側の新手なのかと、緊張に顔を強ばらせた王島の予想を大きく裏切って、ちょうどドンファン程の大きさの物体は、そのサイズにあるまじき凄まじい速度で、壁側の穴から向こうの廊下方面へともんどり打つように転がってから、大音響を轟かせつつも何とかそこで停止する。

「おっさん、いい声で吼えるじゃねーか。後続到着、取りあえずそいつの確保任せたかんな!」
「な、柊星なのかっ!?」
疑問符そのものの驚きの声を上げながらも、その声とは切り離されたような正確無比な動きで、王島はいったん待避した敵ドンファンの背後から飛び出し、瞬間で新たな敵へと襲いかかった。柊星が到着したのなら、先ずはともかくこの次鋒の捕獲に専念すればいい。足止めされた王島を獲るべく、出撃してきたのであろう敵後続のドンファンは、一瞬で逆転してしまった立場に躊躇したかのように、勢いを緩めていた。その様子から、これ以上の増援はないのだろうと直感した王島は、思い切り良く機械椀を振り上げ、真っ直ぐ前へと突進した。ドンファンのこの突撃を止められるのは、同じく機械椀で立ち向かうドンファンだけである。覚悟を決めたかのように重心を落として、脚を踏み締めた敵の機械椀に、王島のドンファンが速度を上乗せして機械椀を叩き付ける衝撃音が、狭い廊下に鳴り響く。

「柊星、速すぎるぞ、どんな手品だ。」
「おう、手品だ。そう簡単に種明かし出来るか。」
「<空を飛ぶんですよ。鳥じゃなくて、猿みたいですけどね。ワイヤーロープでターザンごっこなんて、柊星にしか出来ませんから、まあ手品ですね。>」
「………ドンファンで、だと?」
「あっ、瑞穂、安売りすんじゃねーよ。」
「<うん、安売りはしない。王島さん、後で映像お見せしますが、なかなか凄いですよ。>」
「てめっ、映像っていつの間にっ!?」
「<柊星、研究所というところには、監視カメラがたくさんあるんだ。>」

 

 

 

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