Oldest Trick in the Book Vol.6
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Oldest Trick in the Book Vol.5
Vol.6
「と見せかけて、実は爆弾手前まで誘導…」
「<王島さん、外壁と床面のスキャン完了しました。爆発物の類は確認出来ません。続いて天裏の確認急ぎます。>」
「おい瑞穂、データこっちにも回せ!」
「<柊星、壁を爆破してショートカットは駄目だ。リスクが高過ぎる。>」
「やるかよ、ドンファンが潜り抜けられるサイズの穴が開かなかったら超まぬけじゃねーか。」
まるで自分達のペースを崩さない、柊星と瑞穂とのやり取りを聞きながら、王島は改めて、色味の少ない荒い画像に目を凝らした。情報の限定された暗視視界でも辛うじて識別出来る、室内の収容人数を誇示するような背の高い扉が、廊下の奥で手前側へと開いてくるのが見える。先程の渡り廊下よりもこちらの通路の方が、ゆったりとした高い天井を設えられていた。その高さ一杯の扉が、重量を示す緩慢な動きで開く隙を縫うように、王島はドンファンを一気に加速させた。赤外線カメラに映し出された映像は、距離感の把握が難しい。先程暗がりの向こうに見えていた遠い光を、脳裏に思い浮かべ、その距離を重ね合わせるようにして感覚を掴もうとした王島の目前で、不意に、ドンファン内部に表示されていたメインウィンドウが、明るく鮮明な映像を浮かび上がらせた。王島は一瞬驚きはしたものの、反射的にもう一度映像の確認に視線を走らせたが、肝心の会議場へと至る扉だけは、灰色のもやがかかったかのようにぼんやりと霞んだままで動いている。
「<王島さん、スキャンデータの再構成画像です。動体の把握は精度が落ちますので、合わせて輝度を下げます。>」
瑞穂の通信と共に、一度は明るく輝いた視界は、まるで炸裂した照明弾がその光を失ったかのように、ゆるゆると暗がりに落ちて、建物構造を把握するのに丁度いい程度まで明るさを絞り込んだ。だがその一瞬の記憶だけで、距離感の把握には充分である。王島はグレーのノイズの向こう側から、大きな扉の背丈に相応しいとでも言いたげな、敵ドンファンの黒々とした影が素早く飛び出してくるのを視認しながらも、逆に奇妙な冷静さを強め、その口元を場違いに綻ばせた。狭い廊下でドンファンの巨体が立ち回りを繰り広げるのに、空間把握は大変重要な情報である。多少強引ではあったが、しかし確かにこのタイミングに割り込むしか、貴重なデータを受けるチャンスは無かっただろう。柊星の能力が余りにも喧伝されているため、その影に隠れるように目立たないところはあるが、瑞穂の情報処理サポートも、並外れたレベルに達している。
柊星と同じ速度で鉄砲玉として行動し、時にその手綱を締めて見事にコントロールしているからには、確かに相当な能力が必要だろうと、深く納得しながら、王島は敵ドンファンが、赤外線画像そのままの姿でこちらに向かって突進してくる姿を、睨み据えた。空間条件が限定された中でドンファン同士が激突すれば、持ち込める戦闘パターンは幾つもない。それは敵チームももちろん承知の上で、何らかの対策を講じていることは間違いないだろう。渡り廊下の落とし穴が爆発してから、それなりの時間が経過している以上、この通路に何の対策もされていないということは、逆に彼らの戦力にまだ余力があるということなのではと、王島の勘が警告を告げている。このドンファンが単独で、莫迦正直に一直線の突撃を仕掛けて来るとは思えなかった。一方のこちらチームとしては、柊星の到着に遅れが避けられない以上、王島単機で何処まで持ち堪えられるのか、それがこの局面の課題なのである。
一度披露してしまった戦闘パターンは、直ぐさま記録され分析され、対抗措置が講じられて次には破られる、経験値を競り合う演習戦の難しさはそこにあった。戦闘記録を積み上げて、如何に最適解であるセオリーを導き出したとしても、全く同じ情報を持つ相手を敵に回したなら、戦闘力は拮抗してしまう。だから柊星が恐れられるのだと、王島は思わず、新たな息を肺に満たして己の意識を研ぎ澄ませた。柊星の行動はいつも唐突で型破り、セオリーを踏み倒して勝手に動き回るため、対処の予測を立てようがないのだ。だが行き当たりばったりの気紛れで動いているのかと思えば、先程のような情報検討では、むしろ細かいことまで目敏く観察して、きちんとポイントを押さえてもいる。王島は接近中の敵ドンファンが、微妙に速度を落としながら上体を起こし、通路を塞ぐかのように肩をいからせるのを見て取って、場違いな笑みをさらに深めて口元を歪めながら、柊星の台詞を脳裏で復唱した。爆弾手前まで、誘導。
王島は前進の加速を緩めることもなく、勢いをそのまま投げ出すようにして、ドンファンの巨体を俯せに倒れ込ませた。その反動を弾き返すように機械椀の両腕を廊下に打ち付けると、どおんという轟音が狭い空間に鳴り響いた。音に驚いたかのように、ややもたもたと慌てながら、ディフェンス側のドンファンは前進を止めて仁王立ちになり、重心を下げてしっかりと脚部を踏み締める。その位置を脳裏に刻み込みながら、階下で柊星が披露してくれたのを真似たクラウチングスタートの要領で、王島はいったん溜め込んだ勢いを、低い位置から上方へ向けて解き放った。まるでそれを読んでいたとでもいうように、ドンファンの勢いに吹き払われて前方の天井がみるみる引き剥がされ、スクリーンには天井裏の構造が剥き出しになった映像が映し出される。
「<王島さん、強度の解析間に合いません。渡り廊下よりも弱い建材の可能性があります。ご注意下さい。>」
「…充分だ、恩に着るぞ、瑞穂。」
唸るような声の後に残して、王島は隆々たる脚部のパワーを炸裂させ、ドンファンの巨体を跳躍させた。目標が、折角重心を落としていた姿勢を仰け反らせ、こちらを振り仰いでいる映像が眼に入る。その真ん前を横に走った梁を目掛けて、宙を飛んだ王島は、天井の薄い板を難無く突き破って、狙い違わず機械椀で梁を掴むと、続く脚部の勢いを斜めに捻りながら、立ち竦んだ敵ドンファンへと叩き付けた。二体の巨大な人工筋肉の塊が、真正面から激突するエネルギーは、室内では余りに危険過ぎる。勢い任せのようでいて、その実脳内で出来る限りの精度でシミュレーションを展開していた王島は、敵ドンファンを狙い通り外壁に向かって蹴り飛ばそうとしたのだ。その王島の腰に、さすがに意識を取り戻したのか、敵ドンファンの機械椀がぶら下がるように絡み付く。恐らくは元々、こちらは王島を捕獲して足止めするための囮だったのだろう。二体分のドンファンの重量を支える羽目になった天裏の梁へと、緊張の視線を走らせる王島の耳に、瑞穂の変わらぬ落ち着いた声が届いた。
「<王島さん、後続のドンファンが一機、会議場から出ます。>」
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