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Name of the Game

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 Oldest Trick in the Book Vol.7

 

 

***   Name of the Game   ***

 

藩国主催行事の真っ直中、しかも一般の警察部隊に加え、非番や有志の掻き集めとはいえ、曲がりなりにもWD部隊の隊員やバトルメード達が警備する会場内で、爆破事件が発生してしまったという事実は、満天星国軍部の首脳陣に衝撃を走らせた。国外からの侵攻に対する強大な軍事力を持つような藩国では無かったが、民族間衝突の問題を国内に抱え、民間人も存在するような現場でのきめ細かな状況対処には、高い実績と自負とを持つ軍である。その上事件の背後に、藩国外諜報機関の関与が疑われる情報までちらついては、確かに、とてものんびりと構えていられるような状況では無かった。事件の経緯が明らかになるに連れ、その背後の核心については、結局追跡が不可能であるという事実もまた明らかになって、藩国部隊内では今後の対応について、水面下で様々な憶測が飛び交う事態に陥っていた。

とはいえ、軍組織としてまず最初に着手しなくてはならないのは、組織内の規律引き締めであり、現実的対処能力の強化である。そういった根性論的な綱紀粛正は、結局のところ、現場を引っ張る中間管理職のところへとお鉢が回ってくるのが現実であった。やしなはバトルメード部隊だけでなく、各部隊間の連携調整役として、あちこち呼び出されるようになっていた。もしかすると、事件の現場に居合わせたという、その当事者としての緊張感が、一番現実的な引き締めの効果を生むと期待されていたのかもしれない。内心では物思いに沈み込みつつも、端からはとてもそうは見えない、きびきびとしたいつも通りの歩調で靴音を響かせながら、やしなは廊下を進んで通い慣れた執務室への扉を開けた。そして、いつものように明るい出迎えの声が室内に響くのを、一瞬待ってしまったやしなは、予想外の沈黙を返されてはたと我に返った。驚異的に耳の良いなつきは、廊下を接近してくるやしなの足音を100パーセントの確率で聞き分けて、ドアを開けると同時に通りの良い声を響かせるのが、この班の常だからである。反射的に脳内で、隊員達の業務スケジュールを再確認してしまったやしなは、次の瞬間、静かな室内にぽつりと一人で座っているなつきの姿に気が付き、アーモンド型の目を見開いた。

「……なつきちゃん、考え事?」
「えっ、あっ、や、やしな先輩っ!?」
躊躇いがちに声を潜めて掛けられた言葉に、びくりと驚いたなつきは、そのままの勢いでぴょんと立ち上がると、見事な速度で背筋を伸ばし直立不動の姿勢を披露した。その余りの勢いに逆に驚いたやしなが、ぱたぱたと瞬きをしている目前で、珍しくもしどろもどろのなつきは、懸命に言葉を絞り出している。
「たっ、大変失礼しました、あの、ちょ、ちょっと私ぼーっとして気が付かなくて…。」
「あら、いいのよ。別に戦闘中な訳じゃ無いんだし、毎度堅苦しく出迎えがなくなちゃならないとか、私思ってないわよ。」
「で、でもあの、弛んでたのは本当ですので…。」

飛び切り頭の回転が速く、突発的な状況対処の能力にも抜きん出ているなつきではあるが、その反面、最初の反応に失敗してしまうと、大きく動揺してしまう面があるというのも事実である。だがそれだけではなく、最近のなつきが、時折何か考え込むかのような表情を見せていたことに、やしなは気が付いていた。やしなは素早く視線を走らせ、なつきが座っていたデスクの上の、投げ捨てられた書類の束に目を止めた。
「…それ、例のWD部隊演習の協力要請ね?」
「あっ、は、はいっ。」
なつきの声に、隠しきれない緊張の気配が滲み出る。確かになつきの様子がおかしくなったのは、この演習協力の任務が通達された辺りの時期と一致していた。

農業博覧会での事件に危機感を強めた藩国部隊では、隊員の意識と技術両方の引き締めを図るため、訓練メニューの強化や大規模な演習計画を行おうとしていた。民間人を狙ったテロ事件など、状況判断の難しい局面に対処するためには、複雑な判断条件を設定した、出来るだけ現実に近い訓練を積み重ねていく必要がある。WD部隊でのこういった演習に、バトルメードが参加を要請されること自体は、さほど珍しいことでは無かったが、今回はかなり大規模な、しかも大変手の込んだ内容設定になることが予定され、バトメ部隊にもこれまでにない実戦的な人員選抜が求められているのは事実だった。だが、そういった危機対処能力について、なつきを上回るバトルメードは、藩国部隊全体を見回しても何人もいないだろう。なつきがこの演習に対して、何らかの問題を感じているというのなら、それはやしな達にとっては由々しき事態である。こちらも回転の速い頭に、くるりと考えを巡らせてから、やしなは手加減無くずばりと言葉を斬り込んだ。

「なつきちゃんもしかして、今回の演習協力は気が進まないの?」
「えっ!? あ、あの、そんなことは…。」
「他のチームはともかく、オーラスについては、私となつきちゃんの参加を前提にメニュー組んでるわよ、あのタヌキ親父。何か思うところがあるのなら、予め釘を刺しておかないと。どう考えても、なつきちゃんの役回り、今回はちょっと行き過ぎてると私も思うんだけど。」
「はいっ、いえっ、そんなことはありません。演習の内容としては、こういったポジションに選ばれるって、私が見込んで頂いたということだとは、理解しているんですけど…。」

威勢良く否定の言葉で始まった割りに、なつきの言葉は後ろへ行くに従って力無く萎んで、結局消え入るように小さくなってしまった。その大変珍しくもしおしおとした様子に、やしなは音も無く部屋を横切ると、なつきの傍らへと歩み寄って無造作に腰を下ろした。
「ま、取りあえず座りなさい。」
「…はい、ありがとうございます。」
「演習の内容に問題無いなら、参加メンバーが問題ということなのね?」
またしても容赦の無いやしなの言葉に、なつきは今度こそ黙り込んだ。WD部隊の演習最後に、悪ふざけのようなとんでもない難易度のメニューが用意されるのは、よくあることだった。そのチームに選ばれた王島という人物が、なつきに思いを寄せているというのは、WD部隊内でも既に周知の事実なのだろう。だからといって、それを訓練の肴に組み込むのは、いくら何でも問題だと、やしなは唇を尖らせながら溜息をついた。

「全く、あのタヌキはしょうがないんだから、ホントに。」
「あの、私、大丈夫ですので。その、問題とかじゃなくてですね、えっと…。」
なつきは自分でも、自分の気持ちを掴みかねているとでもいうように、懸命に言葉を探している様子である。やしなは引き結んだ口元を一転して綻ばせると、滅多に見られない優しい笑みを浮かべながら、その笑顔に相応しい静かな声で、それでもなお鋭い言葉を続けた。
「なつきちゃん、王島さんのことは嫌いなの?」
「…き、嫌いなんかじゃ、ありません。その、ちょっと苦手なだけ、です。」
「そう? なつきちゃんが誰かを苦手って、珍しいわね。」
やしなの言葉を聞いて、なつきは一瞬息を詰めた。そして、傍らのやしなを、やや上目遣いで見上げながら、小さく潜めた声でぽつりと囁いた。
「…先輩、王島さんて、CBに似てませんか?」
「……え、CBに?」

CBというのは、なつきの上の姉の通称である。なつきと同じぐらいに小柄な、少女のような黒髪の女性を脳裏に思い浮かべ、思わず眉をひそめてしまったやしなに、慌てたようになつきは言葉を継ぎ足した。
「あっ、あのですね、見た目じゃないですよ。雰囲気とか、その…。」
「うーん、私はあまり、人を体型で記憶しないけど、雰囲気ねぇ。まあ、自分にも他人にも厳しいところとか?」
「あ、そ、そうです。そんな感じ。」
自分の印象を言い表す言葉に、やっと辿り着いたとでもいうように、なつきは少し表情を緩めた。

「えっと、王島さんを見てると、何だか自分もちゃんとしなくちゃとか思って、緊張しちゃうというか。」
「なつきちゃんも、充分ちゃんとしてるわよ。だって、王島さんに叱られたりとか、しないでしょうに。」
「そうなんですけどー、でもなんかそれはそれで、一人前に扱ってもらってないのかなーとかー。」
「そうねえ、子供達にもお小言を言ってたところを見ると、一人前じゃないから叱らないという人でもないと思うけど。」
「あ、そ、そうですね。あれ?」
「なつきちゃんは、王島さんに叱って欲しいの。」
「えー、そんなことないですよー。誰からでも叱られるのは嫌ですー。」
「なつきちゃんの場合は、そうよねえ。じゃあ、褒めて欲しいの?」
相変わらず遠慮の無いやしなの言葉に、なつきはもう一度黙り込んだ。だがその沈黙の裏側で、なつきが自分の気持ちを探し出そうと、懸命に考えている気配を感じ取って、やしなもまたそのまま押し黙っていた。やがて、なつきはぽつりと、小さな声で呟いた。

「…えと、褒めて欲しいというか、あの、こういう人には、偽物は通じないなーとか、思っちゃうんです。だからその、自分もちゃんと、本物の実力が欲しいなあ、とか。」
「じゃあ、王島さんに、色々と勉強させてもらえばいいんじゃない。」
「…そう、ですね、はい。」
「でもああいう地道な努力は苦手だなーとか思うので、緊張しちゃう訳ね。」
「あっ、先輩、そんなはっきり言ったら酷いですー。」
「あはは、まあ、緊張し過ぎて無理をするのは、何事も能率悪いわよ。いつも通りのなつきちゃんで、いいんじゃないの。」
「……でもそれだと、いい加減って思われるかなーとかー。」
「それが駄目だと判断したら、ちゃんと叱ってくれるわよ、王島さんなら。だから基本はいつも通りで、ちょっとだけ真剣に頑張ったら、それでちょうどいい位よ、きっと。」
「……はい。」
「なんだ、もうちょっとロマンチックな話になるのかと思ってたのに。」
「えー、そういう先輩こそ、王島さんみたいな人は、好みじゃないんですか? お、お似合いかなっとか、ちょっと思っちゃうんですけどっ。」
「え、私?」
「だってー、バロ様に似てるじゃないですかー。」
「………あ、体格か。それしか似てないじゃない。」
「えっ、そんなに迷うところですか? 先輩的には、見た目は重要ポイントじゃないんですね。」
「うーん、だから、体型で人を記憶してないのよね。」

 

 

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