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Oldest Trick in the Book Vol.9

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 Oldest Trick in the Book Vol.8

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.9

切羽詰まったように張り詰めた柊星の声を耳にして、廊下に沈めた二体目の敵ドンファンに対し、演習からの離脱が宣言されるのを確認していた王島は、瞬時に踵を返し、自らも廊下を進み始めた。床の強度に気を遣った先程までの慎重な挙動とは打って変わった、ドンファン特有の俊敏な動きである。
「どうした、柊星。」
「<柊星、映像データがまるで駄目だ。状況を音声で報告しろって。>」
こちらも滅多に聞けそうにない、焦りの色がにじむ瑞穂の声を追い掛けるように、廊下を抜ける王島の耳に、巨大な重量の金属が擦れるような駆動音が轟いた。およそ室内で聞かれるような音質でもボリュームでもない、巨大な重工業用機械の捻り出すような音に耳を打たれて、王島は息を飲んだ。
「まさか、I=Dなのか? こんな屋内で…。」

燃料事情の厳しい満天星国では、自国軍備としてのI=Dは運用されていなかったが、敵戦力として想定される以上、他国の協力を仰いででも対処訓練を怠る訳にはいかない。頻度は決して高いとは言えなかったが、今回のような大規模演習に登場する確率は高く、実際今回も別チームの訓練には、I=Dが敵戦力として組み込まれている筈である。だが、屋内戦のこの状況、しかも二階部分に大型兵器が配置されるとは、余りにも想定に無理が有り過ぎる。王島は彫りの深い眉間にさらに深い皺を刻みながらも、柊星とは正反対な教科書通りの動きで、扉の脇へと一先ず身を潜めた。
「<王島さん、機械音ですか?>」
「分からん。これより会議場内へ突入する。」
通信妨害装置に近付いた為か、雑音の混ざり始めた瑞穂の通信に短く報告を返しながら、王島は素早く室内へと足を踏み入れた。明るい廊下から暗い部屋へと入り込んだかのように、光学センサーの映像が急速に暗くなる。本来の暗視視界情報に限られた、判別の難しい黒々とした映像に感覚を慣らしつつ、階段状の座席とは反対側、右手に開けた平らな空間へとドンファンを滑り込ませた王島に、突然柊星のがなり声が浴びせられた。

「王島、避けろ! 踏まれるぞ!!」
「…踏まれ…?」
柊星の台詞の意味を掴みかね、頭上に疑問符が浮かびそうな呟きを後へ残したままで、王島はドンファンの特徴でもある抜群の瞬発力を発揮し、反射的に室内の奥へと移動した。廊下の突き当たりに開いた扉から侵入し、外壁側の窓である筈の壁に沿って、演台の目前まで踏み込んだ王島の背後で、先程聞いた機械音が遥かに大きなボリュームで地響きを蹴立てた。後ろを振り返る暇も無く、無意識のまま演台の向こう側へと回り込み、遮蔽物を確保しようとした王島の想定を大きく裏切って、次の瞬間、目指していた正にその場所へと、頭上から巨大な何かが突き立てられる。余りに予想外の出来事に、さすがの王島も頭の中が真っ白になって、その場に呆然と足を止めそうになるのを、柊星の怒号が再び急き立てた。
「左の階段を昇れ、王島!」

訳も分からないまま柊星の言葉だけを頼りに、王島はその場から機械的にかくりと直角に左へ曲がると、暗視視界の不明瞭さに苦労しながら、傾斜を付けられた座席の並ぶ間に走る、細い階段を見付けて駆け上った。その間にも背後では、ガシャンと擬音を付けたくなるような、巨大な機械が脚を踏み鳴らしている音と振動とが轟いている。座席の間隔をやや広く取った半ばの通路までを一気に駆け上って、王島は息を切らせながらようやく背後を振り返り、演台を見下ろそうとした。が、床の高さよりもずっと高い位置の障害物に視線を遮られ、王島はその物体へと目を凝らした。それなりの高さまで階段を上がって来たにも関わらず、さほど視線を下げることもない位置で、大型ピケ程のサイズの機械が浮かんでいる。

現在WD部隊の足回り主力であるエアバイク・ピケと、今後主力になるであろうと期待されるピケ・アラウンドザワールドとの間に開発された大型ピケは、そのコンセプトである武装や装甲、移動速度を生かす戦場への投入が実現せず、燃費の高さも裏目に出て、あまり知られていない騎跨兵器である。だが王島は、この演習課題が始まる直前、つい先程拝んで来たピケ・パンツァーとほぼ同じサイズのその物体に、まじまじと目を凝らした。胴体部分だけを言うのなら、それは形状もほぼ大型ピケであるように見えた。しかし、ピケ・パンツァー、通称ブラウエ=アドラー最大の特徴である、戦闘機に酷似した翼の部分が存在しない。代わりにその胴体部分を支えているのは、機体の両側から下へと伸びる、正に鳥のような長い二本足だったのだ。

「………ピケに足が生えている?」
「<王島さん? 足と言いましたか?>」
我が目を疑いながら口走った王島の台詞を拾って、張り詰めた瑞穂の声が即座に返された。雑音混じりでもはっきりと聞き取れる、必死の気配がにじむその瑞穂の声音に、王島ははたと我に返った。この奇妙な代物に対するヒントを与えてくれる存在がいるのなら、それはあらゆる意味で瑞穂をおいて他にはいないだろう。王島達の返答を待って懸命に耳を澄ませていたらしい瑞穂に、改めて情報を渡すべく、王島はあたふたと会議場内部に視線を走らせた。
「すまん、瑞穂。そうだ、二本足が生えた大型ピケに見えるのが、会議場内を歩き回っている。かなりの大きさだ。俺が入って来るのを待ち構えていたんだろう、危うく踏み潰されるところだったぞ。」
「<…足が生えたピケ…。>」

辛うじて頭の中から言葉を掻き集めながら会議場を見回す王島は、向こう側の壁際に、自分と同じように観客席を昇った柊星のドンファンを見付け、思わずほっと息を吐いた。すると、まるでその視線に気が付いたとでもいうように、柊星の返答が返ってくる。
「お探しの人質は頭の上だぜ、おっさん。」
「なんだと!!」
反射的に怒鳴り声を返しながら、王島が大慌てで天井を見上げると、確かに、読み取りづらいのっぺりとした黒の天井に、一部分だけ温度の違う部分がある。周囲よりも僅かに浮き上がるような四角い形を確認し、再び眉間に皺を刻み込んだ王島に向かって、柊星が解説を続けた。
「天井の一番高いところからポッドみたいのを吊るって、その中に乗ってる状態だ。ピケ・パンの両サイドに使う、あれじゃねぇ?」
「…それなら強度は充分にある筈だな。」
「ま、落っこちなきゃな。問題は一体どうやって固定してるかだ。あの二本足でも、天井までは届かねーよな。ワイヤーあたりでぶら下げて引っ張り上げてるとか言われると、厄介だぜ。」

いつも通りの茶化すような口調を取り戻したその中にも、微妙な緊張を含んだままの柊星の言葉に、王島が思わず視線を険しくした、その時。感度の悪い通信を物ともしないような瑞穂の声が、ドンファン達の内部に響いた。
「<分かった、ダチョウだ!>」
「………ダチョウ?」
「何だそりゃっ!?」
「<ピケ・オーストリッチ、大型ピケの開発時期に試作的に造られた足付きモデルです。正式採用には至らなかったので、製造は打ち切られてると思いますが。>」
「当たり前だーっ!!」
「……よく分からんが、ピケに脚を付けるというのは、どんな意図があるんだ。」
「<さあ、洒落だったという噂もありますね。>」
「どいつもこいつもメカフリークどもは揃いも揃って……。」

 

 

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