« じゃがチーズクッキー | トップページ | Oldest Trick in the Book Vol.11 »

Oldest Trick in the Book Vol.10

Back
 Oldest Trick in the Book Vol.9

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.10

「<…にしても、まずいな。お蔵入りのプロトタイプは設計資料が非公開だ。俺にもスペック確認は出来ない…。>」
「要するにフリーク共のマニアネタ合戦に巻き込まれただけのことじゃねーか。いい迷惑だぜ、ったく。」
ざらりとした雑音混じりでも、にじんでいる微妙な悔しさが聞き取れるような、独り言めいた瑞穂の声に対し、柊星は凶悪な程の不機嫌さでぼそりと言い捨てると、耳障りな駆動音を響かせながら方向転換をしようとしている、翼のない巨大な鉄の鳥を睨み付けた。何処か間延びしたようにも聞こえる、律儀に規則正しい足踏みの音が、いっそユーモラスですらある。だが、大型化を図られたそのエンジン出力を見せ付けるかのように、宙をうろつく胴体部分が放つ熱量は、赤外線の視界を明るく染め、温まった空気の尾を引いて一回り大きくにじんで見えた。対照的に長い脚部は、闇に溶け込んで暗がりに紛れているようでいて、目が慣れてくると、その関節部分の摩擦が放つ淡い光だけは、忙しなく行き来しているのが見えてくるようだ。

「ま、実戦なら敵スペックは不明で当たり前だろうぜ。」
「柊星、奴はこの階段側に昇って来れないのか。」
「いや、さっき俺を追い掛けて来ようとして、座席を幾つか踏み潰して、微妙に迷ってから諦めた。上げ底の床強度に自信がねぇんじゃねーの。膠着すると仕掛けて来るかもな。」
「…こちらは、どうする。」
「取りあえず、速度ではこっちに利があるみたいだぜ。足を振り上げて待ち構えてても、降ろすまでの間にドンファンの反応速度なら逃げられる。さっきおっさんで実証済みだ。」
「<柊星、それは…。>」
「…成程、瑞穂との交信か。」
「暗号化で中身は分からなくても、通信すりゃ位置とタイミングだけはバレる。教科書通りも程々にしとけよ、おっさん。」
「肝に銘じよう。」
「…ふん、頭固いと大変だな。とにかく、動作パターンと速度の情報がもう少し欲しい。ピケ・パンの胴体にあのでかい足だぜ。ドンファン2体じゃ、まともに当たっても目方が勝負にならねえ。関節かバランスぐらいしか狙い目は無いだろ。ポッドの吊り方が分かんねー以上、いくら瑞穂でも、やたらに壁をぶち抜こうとか思わねぇよな?」
「<…大丈夫、それは分かってる。>」
「オーケー、まず適当に俺がちょっかい出してみる。おっさんしばらく、瑞穂とだべりながらでも大人しく見物しててくれよ。映像データが欲しい。」
「……了解した。」

大変珍しくも、即座に返し損ねてしまった返答を、何とか喉の奥から押し出しつつ、王島はそんな自分を叱咤するように、改めて柊星の動きを注視した。カメラ代わりに見物しながら待機と言われる方が、巨大なダチョウの足元へ飛び込めと言われるよりも、この状況では余程堪えるということは、お互い実働部隊の人間として柊星にも良く分かっている筈である。思わず、頭上を振り仰いで、吊り下げられたポッドを凝視してしまいそうな自分を、何とか押し止めながら、階段を降り始めた柊星の動きを視線で追跡する王島に、躊躇いがちな瑞穂の言葉が投げ掛けられた。
「<王島さん、申し訳ありません。>」
「ん? 踏まれかけたことなら俺のミスだ。瑞穂が謝ることはない。」
「<いえ、柊星はデータを取るために、わざと警告を出さなかったんだと思います。俺が気が付くべきでした。>」
「…瑞穂が出し抜かれるようなら、俺を駒にするなんぞお手の物だな。まあ、逃げ切れると信用して貰ったということなんだろう。有用なデータが取れたなら、その方がいい。」
「<…はい、ありがとうございます。チームメイトが王島さんで大変助かりますが、あんまり物分かりが良過ぎると、柊星にいいように使われますよ。>」
「はは、それも肝に銘じておくか。にしても、一体どうやってこんなでかい物を建物内に入れたんだ。」
「<しかも二階部分ですしね。王島さん、演台左右の壁面、ほぼガラス張りの筈なんですが、現状はどうなってますか。>」

瑞穂の問い掛けにはたと気が付いて、王島は柊星の動きを気にしつつ、鉄の鳥の背後へと視線を走らせた。演台の左右を覆う背の高い壁面には、目を凝らすと何本もの線が縦横に走って、まるでマス目のように分割されて見える。それが、板状のパネルを連ねたブラインド・スクリーンの隙間から、線のように洩れている外の陽光であることを確認して、王島は渋い声で返答を返した。
「ブラインドが降りていて、向こう側は確認出来んな。なかなか高級品のようだ。」
「<…既に外のガラスは、割るか外すかしてしまってるのかもしれませんね。>」
「確かにそうでもしないと、このサイズを室内に入れるのは無理だろう。」
「<通信妨害の装置は何か見あたりませんか?>」
「俺も探してるんだが、無いようだな。ことによったら、壁面の外側に設置してるのかもしれん。」
「<可能性はありますね。窓側に接近するには、あれの足元に飛び込むしかない訳ですし…。>」

これまでの調子で、柊星が口を挟んできてもおかしくは無いのだがと、微妙に待ち構えていた王島だったが、まるで文句の代わりとでも言うように、柊星のドンファンは無言のままで不意に行動を加速した。どの道、頭上の高い位置から何の障害物も無いまま見下ろされて、攻め手2体のドンファン達は、丸見えの状態である。慎重に相手の反応を伺っているかのように、ゆっくりと同じテンポを刻んで階段を降りていた柊星は、一瞬で残りの段を駆け下りて、ピケ・オーストリッチの足元へと接近した。鳥の胴体のように空気抵抗を減らした流線型のボディから伸びた、がっしりと太い二本の足は、人間の膝とは逆に前方がへこむ方向へと折れ曲がる、いわゆる鳥足状の構造である。南国の鳥であるダチョウは、現在の満天星国でも、この大型ピケ開発時の旧ビギナーズ王国でも、実物としてはあまりお目に掛かるチャンスの無い鳥ではあるが、地上を飛ぶように走る長い二本足の鳥のイメージとしては、ちょうどこんなものかと考えながら、王島は低い声で口を開いた。

「…柊星が行動を開始した。ちゃんとダチョウらしく、脚部は膝とは逆の状態だな。」
「<位置は高いですが、人間でいうと足首の関節に当たりますからね。足の下に獲物を押さえ込んでも、バランスを取りやすい構造の筈です。>」
「成程、ちょうどドンファンあたりのサイズは、獲物として手頃だろう。接地面も鳥の指のように、前後に開いた爪状の構造だ。障害物が多くて飛行が難しく、長距離の悪路あたりが想定されるケースなら、この構造にはメリットがありそうだ。」
「<はあ、一応山岳や森林地帯、建物の密集した都市部での運用が想定されていたのは確かですね。>」
「…こんなのに複数で街中を攻められたら、面倒なところではあるな。そうか、満天星国では運用の機会が無いとしても、都市部制圧を想定するならこの兵器コンセプトは有り得る訳だ。」
「<……はい、そうです。>」

それであれ程不機嫌なのかと考えながら、王島は柊星の動きへ意識を集中させた。速度を緩めずに接近し、相手の目の前を誘うように通り過ぎてから、柊星は唐突に方向を変えてその背後へと回り込んだ。すれ違いざまに長い機械椀がぐっと伸びて鳥の足を捕らえたかと思うと、そのままぐいと自分の進行方向へと引き寄せる。ダチョウからすれば後方への力を掛けられた形だが、後ろへと曲がる鳥の足は軽々と持ち上がって、難なくドンファンを振り落とした。柊星の方でも、相手が片脚立ちになることは予想していたのだろう、自分から手を離して素早く距離を取り、今度はダチョウの背面を通り過ぎてゆく。本物の鳥であれば、自分の周囲をちょこまかと走り回る動きを、頭で追跡しようとするのだろうが、豊富なセンサー群を積載した大型ピケは、ドンファンの動きに合わせて構えるようにバランスを調整しているだけで、動作の混乱は見られないようである。これなら確かに長い首は要らないだろうと、王島が眉をしかめたその時だった。ピケ・オーストリッチの背後を通過しようとしていたドンファンに向かって、その長い脚部が、いきなり後ろへと蹴り上げられた。
「柊星!」
反射的に声を上げてしまった王島だったが、柊星はまるで、それを予測していたかのように素早く身をかわして攻撃から逃れると、逆に残った一本足へと接近を図った。ドンファンが単純に逃げて、距離を取るだろうと予測していたらしい巨大なダチョウは、慌てたように振り上げていた足をがしゃりと踏み締めると、ドンファンが目指した反対側の足を持ち上げようとした。だが、もうその頃には柊星は鉄の鳥の足元を離れ、滑るように素早い動きで再び階段を駆け上がって、王島へと近付いて来た。

「騒ぐなよ、おっさん。」
「いや、すまん。お前の速度を信用していない訳じゃないんだが。」
「<柊星、建築時の設計強度データを見付けた。演台周囲の平らな辺りでも、あの重量ではぎりぎりだ。暴れると床が抜けるかもしれない。>」
「けっ、それで加減しながら、妙にぎくしゃく足踏みしてる訳か。」
「<それから、王島さん、天井の一番高い所には、映像撮影用のロボットクレーンが設置されていたようです。設計通りなら、座席近くまで延ばせる長さがあったんじゃないかと。>」
「…耐荷重量は?」
「<ポッドと人間一人程度なら、何とか吊り上げるだけは可能だと思います。ちょっと、厄介ですね。何らかのコントロール手段を確保しないと、ポッドを降ろせない可能性があります。>」
「……同時期の開発なら、あのダチョウの情報戦能力はピケ・パンと同等だな?」
「<はい。遠隔コントロールのハッキングは充分可能です。>」
「決まりだな。こんなデカブツを屋内に入れたところで、建材の強度がぎりぎりであることは、端っから確認済みなんだろうぜ。床が抜けるぐらいの想定はした上で、それに耐えられる前提でポッドを吊るってる筈だ。とは言っても、そうそう危ない橋を渡るようなことはやらねーよ。しかも床を踏み抜いて動けなくなりゃ、勝手に自滅で続行不可能は間違いねーだろ。かといって、ドンファンだって巻き込まれれば同じジャッジだ。その上、あのダチョウを完全に破壊するようなことをすれば、結局ポッドは下ろせねーと。」
「…互いの条件が拮抗するように設定されているということだな。」
「ま、そういうことだ。この課題、下手すんと双方本当に身動き取れなくなるぜ。」

 

 

« じゃがチーズクッキー | トップページ | Oldest Trick in the Book Vol.11 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Oldest Trick in the Book Vol.10:

« じゃがチーズクッキー | トップページ | Oldest Trick in the Book Vol.11 »