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Oldest Trick in the Book Vol.11

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 Oldest Trick in the Book Vol.10

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.11

「…つまり拮抗を如何に打破し、予測される危険ラインに抵触してでも、積極的に何処まで攻められるか、その決断そのものが課題という理解でいいな。」
「俺は妖怪ダヌキじゃないんで、答えは知らねーよ。でもま、あの性悪爺が考えるっつったら、そんなとこだろ。」
「了解した。ならばそれは俺の課題だ。策があるのなら、こちらから打って出よう。ディフェンスチームが腹を括るより前に攻めた方が、危険度はまだ小さく済ませられる可能性が高い、そうだな。」
「…いいのかよ、おっさん。」
「良いも悪いも、これが最善だ。腹を決められずに手をこまねいて事態の悪化を見逃すような真似をしたら、それこそ俺は申し開きが出来ん。」

腹の底に何かを押し込めたかのように響く、王島の野太い声を聞いて、柊星は瞬間王島のドンファンに視線を留めていた。そして、奇妙な程に人間らしい仕草で、自機の機械椀の肩をひょいと器用に竦めてみせてから、何事も無かったかのような口調で再び話し出した。
「…策なら、無くはない。ワイヤーロープで脚部を固定して動きを止める。」
「固定? ワイヤーの強度が保つのか。」
「単純な綱引きじゃ無理だな。だが向こうのバランスを崩させながら、特定の関節部分だけ狙って縛り上げるなら、捕獲出来ると思うぜ。」
「<王島さん、柊星が出来ると言うのなら、信用しても大丈夫ですよ。そいつ、バランスや力点を読むのが異様に上手いんです。だからワイヤーロープでターザンごっこなんて出来るんですけどね。>」
「余計な茶々挟んでんじゃねーよ。」
「…作戦は任せる。指示をくれ。」
「オーケー、二手に分かれるか。おっさんのスタートはそこからだ。移動しながら作戦は説明する。」
「…了解。」

これ以上は無いというような短い返答を、低い声で絞り出し、王島はピケ・オーストリッチを真正面に見下ろす方向にぎちりと動いて、そのまま完全に静止している。その無言の緊張を背に、素早く歩き始めた柊星は、こちらも低い声でぼそりと呟いた。
「…おっさんから小言が返って来ないってのも、結構こえーもんだな。」
「<おい柊星、そっちこそ、他人の真剣さを茶化すようなことを言うのは止めとけよ。>」
「ま、いいや。本気のおっさんは面白れー。そこんとこだけはタヌキの手柄にしてやってもいい。」

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彫像のように完全に動きを止めた王島機を後に、柊星はまるで無造作に歩いて観客席を横に横断すると、先程仕掛ける前に待機していたのと全く同じ位置まで来て、再び立ち止まった。敵側としては、これ程嫌な位置取りもないだろう。同じパターンを仕掛けられるのか、はたまたその記憶を裏切られるのか、自分自身の判断と葛藤しなくてはならないのである。しかも柊星は、さらに挑発的に、殊更ゆったりと階段を降りてゆくと、座席の最前列まで来て、また立ち止まった。鉄の鳥の長い足でなら、ほんの数歩、普通の相手なら完全に射程距離に納まっている筈のその数歩を、この会議場内で何度もかわされた苦い記憶に、まるで言い訳を求めるかのように、ピケ・オーストリッチの操縦者が王島機の動向に意識を漂わせた、その時だった。

柊星のドンファンが、瞬間で鉄のダチョウへと接近した。意識の隙を縫うようなその動きに、しかし鳥足のピケは辛くも反応した。莫迦正直に足を振り上げて降ろしても、超一級の甲殻WDダンサーが誇る、圧倒的な反応速度には対抗出来ない。咄嗟に反対側の左足に重心を移して踏み締めた鉄の鳥は、流線型のボディを捻るようにして、その胴体の出力が巻き起こした回転の足先で、ドンファンを蹴り飛ばそうと試みた。が、まるでその動きを読んでいたとでもいうように、襲い掛かる爪をほんの紙一重でかいくぐって、柊星は突き立てられた軸足へと突進した。長い機械椀が竜巻のように舞い上がったかと思うと、鉄のダチョウの身体にがくりと衝撃が走る。慌てたピケの操縦者が、回転の余韻が残ってふらつく右足で、演台の縁を踏み潰しながらも、何とか両足を付いた時には、いつの間にか柊星と入れ替わるかのように、直ぐ足元に王島機が仁王立ちになっていた。焦って柊星の姿を探した鉄の鳥は、その姿が、自分の側面から背後へと回り込もうとしているのを発見した。王島と擦れ違って、鉄のダチョウの背後へと進む柊星に、後ろ蹴りを喰らわすべく、何とか左足を跳ね上げようとした操縦者は、予想外の抵抗にその意図を阻まれ、がくりと揺れて動きを止めた。

気が付くと、左足の斜め前に陣取った王島機は、まるで綱引きのようなポーズで、その強靱な機械椀を伸ばし、何かを引き寄せている。その時になって始めて、鉄の鳥は、自分の左足を縫い止めた細いワイヤーの存在に気が付いた。後ろへと曲がる関節よりも少し上にワイヤーが絡み付き、足が上へと伸び上がるのを、阻んでいるのだ。そのワイヤーの端を握り締めているのは、勿論王島である。胴体よりも上に構造を持たず、非常に安定した重心を持つ鳥足のピケは、その脚部から徹底して無駄を削ぎ落とした、シンプルな設計を採用していた。関節部分が複雑になれば成る程、重量は元より、故障も確実に増えることになる。脚部のパワーをダイレクトに地面に伝え、その衝撃に耐え得る質実剛健な構造の関節は、逆に言うなら、ある特定の方向にしか動かないという特徴を持っていたのだ。たった一本の細いワイヤーでも、正しいベクトルに相応の力を掛ければ、それだけでダチョウの足は繋ぎ止められてしまう。人間の足首のように、イレギュラーな揺さ振りを掛けて払うことが出来ない、爪状の鳥足の、それが限界だった。

回し蹴りに失敗し、中腰の姿勢で辛うじて踏み止まった鉄のダチョウは、その不安定な姿勢から逃れるべく、右足を踏み締めようとした。そのまま冷静に体勢を立て直せば、確かに王島のワイヤーは簡単に引き千切られていただろう。だが、ピケ・オーストリッチはその時、自分の真後ろにいる柊星のドンファンを思い出した。ダチョウの足にワイヤーを掛け、それを王島に引き渡した柊星は、斜めに傾いだピケの後方へと回り込んで、直ぐ背後まで迫っている。姿勢を下げさせられた鉄の鳥は、柊星のドンファンが己の身体をよじ登るのではという予感に恐怖した。ピケの操縦者は条件反射のままに手を動かし、意図的に絞っていたエンジン出力を解放した。

先にそれに気が付いたのは、鉄の鳥と頑強な綱引きを繰り広げていた王島だった。ワイヤーの長さだけ距離をおいて、静止したままピケの姿を睨み据えていた王島は、その赤外線の視界に突然流れ込んだ高い熱量が、膨れあがるように明るい光を放つのを目の当たりにした。王島は咄嗟にそれが、自分の握ったワイヤーを振り切ろうとする出力なのかと判断し、反射的に重心を落としてドンファンの腰を据えた。だが、その熱量は思いも掛けない形にその姿を変えて、柊星へと襲い掛かった。ピケ・オーストリッチの背後に迫る柊星は、体勢を下げて後ろへと突き出された、右足の関節部分を狙っていた。王島機が反対側の足との綱引きを堪えている間に、右足の関節を曲がった状態で固定してしまおうと考えていたのだ。不安定な片足立ちでは、蹴り上げるにも大した自由は利かない筈だと、高をくくっていた柊星は、その崩れたままの姿勢を無視した、有り得ないバランスを保って素早く後方へと伸びた鳥足を、真正面から突き付けられ、正に間一髪のタイミングでドンファンを床へと投げ出した。

「柊星!!」
王島の大声を聞きながら、そのままもんどり打ってごろごろと勢いよく床を転がった柊星は、鳥足の届きそうもない位置まで離れてようやく姿勢を立て直すと、食いしばった歯の間から絞り出すような歪んだ声で、怒りを叩き付けた。
「……冗談じゃねーぞ、なんであの体勢から後ろへ足が伸びんだ。」
「<あっ、思い出した。柊星、気をつけろ。そいつは重力制御機能を残してる。そう簡単にバランスは崩せないぞ。>」
「てめー、おせーよ、瑞穂!!」
「<ふむ、瑞穂は良くそんなことまで知っていたな。>」
不意に、ざらついたノイズ混じりの瑞穂の声とは対照的な、驚くほどクリアな音声がWDダンサー達の会話に紛れ込んだ。この演習の総指揮者、杉宮少将のその声に、紛れもない上機嫌の響きを聞き付けて、柊星は唸り声のような抗議を絞り出した。
「やいタヌキ、よくもてめえこんなもんまで…。」
「おいっ、柊星、口を慎まんか。」
「<あー、確かに戻りの電波は状態が悪いようだ。こちらの用件だけ伝達するかな。瑞穂の博識に免じて演習課題を限定しよう。動きが止まった時点で戦闘不能と見なす。10秒もカウントすればいいだろう。折角の貴重なプロトタイプを、破壊されても勿体ない。ダチョウを捕獲し、人質を無事確保するまでをミッションとする。>」

 

 

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