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Oldest Trick in the Book Vol.12

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 Oldest Trick in the Book Vol.11

 

 

***   Oldest Trick in the Book   ***

 

Vol.12

「ざけんな、じじい、余計難易度上がってんだろーが!!」
杉宮少将の言葉尻に、間髪を入れずに噛み付いた柊星だったが、割り込んできた時と同じように唐突に、既に通信はぷつりと途切れていた。まるで、後に続いた上機嫌な笑い声を、聞かれまいとするような逃げ足の速さに、さすがの王島も、耳の奥で笑いの幻聴が響いているような気分を振り払いながら、何とか生真面目な小言の続きを引きずり出した。
「止めんか柊星、演習中の通信回線では、聞いているのが御大だけとは限らんのだぞ。」
「知るかよ、んなこと。あのタヌキ、単に自分のオモチャを壊されたくないだけじゃねーか。」
激しい感情にまるで押し潰されたかのように、柊星の声は反って平坦に響いて、王島は言葉を返すことが出来ずに息を飲み込んだ。柊星の悪態はいつものことではあるが、こんなにも冷たく鋭利な怒りを露わにした声を聞くのは、王島には初めてのことだった。その言葉に込められた本物の嫌悪に、王島が思わず眉間に皺を刻み込むと、それと同じ危機感を感じているとでもいうように、固い緊張の響きをまとった瑞穂の通信が割り込んだ。

「<柊星、落ち着けよ。戦線離脱扱いの隊員に屋外待避通告が出た。ダチョウが本気で動くぞ。>」
まるで、瑞穂のその声が撃き金を引いたのだとでも言いたげに、大型ピケの胴体からは、再び圧倒的な熱量が吹き上がって、赤外線の視界を明るく染め始めた。演習課題の限定と言うからには、当然敵チーム側にも同じ情報が伝達されたのだろう。確かにピケ・オーストリッチの側からすれば、多勢に無勢の現状で捕獲されない為には、重力制御の奥の手に頼ってでも、大胆なアクションを選択するしかない。王島達が一歩先んじて腹を決め、危険に踏み込んででも状況を打開しようとしたアドバンテージに、追い付かれてしまった形である。ワイヤーに掛かる衝撃を予測し、反射的に重心を落として足元を踏み締めた王島に、叩き付けるような柊星の声が切り込んだ。
「…おっさん、もうちょい保たせといてくれ。直ぐ終わらせる。」
「<直ぐって、待て、柊星!!>」
「おい柊星、無茶をするな!」

相次いで響いた王島達の声に返答を返すこともなく、柊星は床に沈んだ姿勢から、瞬間で跳ね上がるようにドンファンを立て直すと、凄まじいスパートでダチョウの背後から再度の接近を試みた。重力制御機構の見えない手に支えられ、単純な一本足では到底実現できないようなバランスで、後方へと右足を蹴り上げていた鉄のダチョウは丁度、宙に浮いた足を引き寄せ、まずは両足を揃えて王島のワイヤーを引き千切ろうとしていたところだった。だが、柊星の動きに慌てたかのように、鉄の鳥は身体を揺らめかせたかと思うと、後方へと伸びた足をそのまま泳がせて、背後からの接近を牽制しようと試みた。ダチョウにしてみれば、二本足を揃えたところで、左と同じように右足まで固定されてしまったなら、万事休すだという焦りがあったのだろう。だがむしろ、頑強な二本足の機械が床を踏み締めて弾き出すちからなら、ドンファンのワイヤーを掛けられたところで、その本体ごと引きずる事さえ充分に可能な筈だったのだ。ピケシリーズに採用された重力制御機構は、元々機体バランスを保つことに特化され、それ程強力な反重力出力を持っている訳ではない。それを補う為に設計された機械システムの、質実剛健なパワーを持つ二本の足を信じ、晒してしまった奥の手に拘らないで、当たり前の基本を行使するべきだった。だがどの道、冷静に最適の行動を選択出来たとしても、ドンファンのスペック限界をも凌駕するような、驚異的な速度の柊星の突進に、対処は叶わなかったかもしれない。

精度の悪いセンサーに残像を引くような速度で、ダチョウの背後から接近した柊星は、目前を塞ごうとした鳥の爪を難無くかいくぐると、そのまま横へと擦れ違って呆気なく通り過ぎたかのように見えた。しかし次の瞬間、宙に泳いでいた鉄の鳥の足は、いつの間にか絡み付いたワイヤーに引きずられ、ドンファンの素早い動きのままにぐっと横滑りにたわんで、その胴体までも揺るがした。反重力に支えられた大型ピケは、大きく傾きながらも辛うじて片足立ちのバランスを保ったが、それでも反対側のワイヤーまでが衝撃の余波に揺さ振られ、王島は歯を食いしばって暴れる細い命綱を押さえ込んだ。この手の特殊素材のワイヤーは、金属よりも格段に高い剛性を誇る反面、特定の衝撃には非常に脆いという弱点を持っている。テンションを保ちきれずに一度弛みを許してしまえば、次の衝撃で千切れてしまう可能性が高いのだ。

王島のワイヤーに逆に支えられるようにしながら、波間の艦のように揺れていた片足立ちの鉄の鳥は、それでも何とか最初のフェイントを堪えきった。ダチョウが右足を降ろせないように後方へと引き寄せ、窓際近くまで後退した柊星も、それ以上動くことが出来ずに足を止めている。まるで、鉄の鳥を間に挟んで、柊星と綱引きをしているような状況に、王島は思わず不審の念に表情を曇らせた。後方に延びきった右足を強引に引き寄せながら、左側へ横振りを掛けようとする柊星のワイヤーに必死で抵抗しつつ、ダチョウはじりじりと胴体を回転させていて、これでは動きを止めたと主張して、カウントに持ち込むのは難しいだろう。二本足をひとつにまとめて横倒しにするにしても、反重力の見えない手が生きている限りは、かなり困難である。一方重力制御によって、バランスを保つことを優先している今の鉄のダチョウは、逆に言えば、白兵戦に於いて最強の武器であるところの重量を、減らしているようなものだった。ある程度バランスを取れると踏んだなら、反重力を制御してワイヤーに圧力を掛け、切断を試みるという手を残している。勢い任せの最初の不意打ちを凌がれ、柊星の攻撃は決定打を欠いているとしか言いようがなかった。だが、柊星が、こんな中途半端なことをするだろうか。終わらせる、そう言い放った柊星の冷たい声の響きが、王島の耳に甦る。疑問を問い糾そうと、王島が息を吸い込んだその機先を制し、さっきよりも妙にクリアに聞こえる瑞穂の声が切り込んだ。

「<柊星、10秒だけ待つ。>」
「あっ、瑞穂てめっ…。」
「<…9、8、7…。>」
「王島っ、ワイヤー放棄! 死ぬ気で階段昇れっ!」
「は? しかし…。」
「瑞穂が来る、もたもたしてっと轢き殺されんぞ!!」
そう叫びながら柊星は、自らも何の躊躇もなくワイヤーを手放すと、窓際を離れて演台前の空間を走り抜けた。綱引きの片側が放棄された為に、思わずダチョウと王島とが、勢い余って後方へとよろめいているのにもお構いなしに、柊星は最初に待機していた階段へと辿り着き、そのまま床を踏み抜かんばかりの勢いで駆け上がり始めた。その瞬間、今の今まで柊星がワイヤーを引き寄せていた空間に、凄まじい爆音と光とが弾け飛んだ。会議場に闇をもたらしていたブラインドが、一瞬で引き千切られて粉々に四散し、宙を舞ってダチョウと演台の上に降り注ぐ。鉄のダチョウとほぼ同じ形の胴体に、鋭利な両翼を従えた鮮やかな赤の流線型が、会議場内への突入を強行したのである。遮られていた眩しい陽光が、まるで憂さ晴らしだとでも言いたげに、一斉に雪崩れ込んでくるのと同じ速度で、壁面を突き破った深紅の鷲は、柊星が逃走したのと全く同じ軌跡を描いて演台を薙ぎ倒し、観客席の寸前まで迫って何とか勢いを緩めた。

「何しやがんだ瑞穂、俺はビーコンかっ!!」
「別に柊星を狙った訳じゃないよ。俺が狙った所に、たまたま柊星がいただけじゃないか。」
「てめー、白々しいこと抜かしやがって…。」
「頭を冷やせ、柊星。実戦じゃない、演習なんだ。課題をクリアする以上の破壊行為は、ミッション失敗の判定になるぞ。」
「ピケ・パンで壁突き破る以上の破壊行為があるかっ!!!」

 

 

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