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Job well done party Vol.2

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 Job well done party Vol.1

 

 

***   Job well done party   ***

 

Vol.2

その人となりをそのまま形にしたような、裏表のない大らかな笑顔を見せていた王島は、全く予想していなかった瑞穂の言葉を耳にして、大きく口を開いたそのままで瞬間凍り付いた。それから、大きな手の平でぴたぴたと自分の顔を叩きながら、辛うじて表情を収拾すると、手入れの悪い機械のようにぎくしゃくとした動きで姿勢を改め、瑞穂の顔をまじまじと見詰め直した。
「うーん、参ったな…。」
「勘違いでしたら申し訳ありません。」
「いや、勿論図星を突かれて参ってるのに決まってるだろう。しかし、何というか…そんなに俺の態度は分かりやすかったか。」
「そんなことはないですよ。たぶん柊星は気が付いてなかったでしょうし。」
「この酔っぱらいではな。いや、しかし、それにしても…。」

瑞穂に尋ねてみようかと漠然と考えていたのは、その通りの事実だったし、感情を取り繕うのが酷く不得手だという自覚もある。だが一方で王島は、そうやって自分の考えを有り体に表情に出してしまうことは、時に危険であり、そして時に相手を傷付けるのだということを学んでいる人物でもあった。相手に悟られてはならないと自ら判断した事柄については、隠し通さなければならない、それは素直さよりも、さらに律儀さに勝る王島の、信念でもあった。にも関わらず、自分では隠したつもりの躊躇を、ずばりピンポイントで指摘されてしまったのでは、王島としては不覚という他は無い。しきりに自分の頭をかき回し、ううんと唸っていた王島は、やがて意を決した顔で瑞穂へと向き直ると、長身を縮めるように背を丸めて腕を組み、身を乗り出して声を潜めた。
「お前が答えたくないのであれば、はっきりそう言ってもらって構わんからな。無理に聞き出すようなつもりはないんだ。」
王島の言葉を聞いて、今度は瑞穂が、驚いたように目を見開いた。
「…まさか、それであんなに迷ってたんですか。」
「あー、全部お見通しか。しかし、結局かえってお前に気を遣わせていたんでは、元も子もない。」

生真面目な表情で低くそう告げると、王島は長い腕を自分の膝の上へがしりと付き、瑞穂に向かって小さく頭を下げた。如何にも王島らしい律儀さではあるが、確かに、こんな些細なことまで自分の非として責任を感じているようでは、柊星に自分だけ謝る癖と言われても、致し方ないところだろう。緩く波打つ明るい色の髪に縁取られた、線の細い女顔に、滅多に見られない驚きの表情を浮かべていた瑞穂は、それに替わって、優しい顔立ちには似つかわしくない、何処か精悍な表情を一瞬だけ浮かび上がらせた。だが、そのまま瑞穂は、何も無かったようににこやかなポーカーフェイスを取り戻すと、いつも通りのマイペースな言葉を継いだ。
「了解しました。先ずは質問をどうぞ。」
「……お前達二人が入隊してくる少し前、WD部隊の上層部で、密かに話題になっていたことがあった。あー、その…。」

王島は如何にも言いにくそうに言葉を濁し、ちらと瑞穂の表情を伺った。しかしその瑞穂の顔は、微塵の動揺も無い鉄壁の微笑みを浮かべたままである。王島はごくりと喉を鳴らすと、観念したとでもいうように慎重に言葉を選びながら、低く押し殺した言葉の続きを絞り出した。
「あの、三上財閥の御曹司が、一般兵として入隊予定らしい、その処遇をどうするべきか、というような話だったんだが…。」
「……そんな生易しい内容でもないでしょう。手段を選ばない”死の商人”と、軍関係者の間でも悪名高い三上家の、しかも曰く付きの三男が、開発部門ならまだしも実働部隊にのこのこやって来て何をするつもりだ、裏があるに違いないとか、そんな話だったんじゃないんですか。」
言葉を選び過ぎて途切れてしまった王島の台詞を引き取って、瑞穂はさらりと、いつも通りのマイペースさでそう並べ立てた。如何にもさり気ない口調とその中身との、余りのギャップを直ぐには掴みかねて、逆に王島の方が言葉を飲み込んで、微かに笑みを深めさえしている瑞穂の顔を、眉間に皺を寄せて見詰め返した。
「いえ、腹を立ててるとかいうんじゃないんで、ご心配なく。その位は言われても当然だと思います。おっしゃる通り、確かに俺は一応、その三上財閥の人間ですが、実際、言われるだけのことをしている一族ですからね、三上の家は。」

三上財閥とは、藩国部隊に所属する者なら、知らない者など有り得ないぐらいに有名な、軍需関連産業の大企業だった。もちろん一口に軍需と言っても、その範囲は多岐に渡り、一般にも名の知れた民生企業が、同時に軍関連の産業に従事しているケースも少なくない。しかし三上財閥は、恐らく世間では全く無名の存在でしかないだろう。三上財閥を頂点とするその関連グループは、一般には公開されないような特殊性を持つ、言ってしまえば危険度の高い兵器開発ばかりに手を出して、巨大な富を得る、いわゆる”死の商人”と呼ばれる類の企業体だった。高度に先鋭化した開発に明け暮れるこうした企業には、ただでさえマイナスの印象が付きまとうものだが、中でも三上財閥は、戦闘を生業とし実際に兵器を使用する当の軍人達ですら、思わず眉をひそめるような、性質の悪い噂が常に囁かれる典型的なグレーゾーンの企業だった。そんな三上グループを藩国部隊で登用し続けなくてはならない理由は、取りも直さず、その技術開発力の高さにあった。特にWD関連、古くはドラッガーと呼ばれた時代の、副作用と引き替えに潜在能力を覚醒させる投与薬剤から、バイオテクノロジーを駆使した最新の生体パーツ強化開発に至るまで、藩国部隊の生命線を握るような専門性の高い分野に関しては、三上グループの企業が一手に生産技術を独占しているというのが実情である。しかも三上財閥は、一族経営に拘る奇妙な閉鎖性を持つ経営体質についても、何かと取り沙汰される謎の会社でもあった。要するに藩国部隊にとっての三上財閥は、持ちつ持たれつの切っても切れないパートナーでありながら、何処か得体の知れない、扱いづらい厄介な相手でしかなかったのである。

「…ううむ、申し訳ないが、どうも俺はその手の話題に疎くてだな、三上財閥について藩国部隊で通常どんな噂が流れているのかも、良く分からんのだ。お前達の入隊後も、結局は柊星の評判の方があっという間に広まってしまったからな。」
「評判というか、悪評ですね。偵察訓練での柊星の的中率があんまり高いので、奴が三上の新開発品で、その性能テストだとか言われてたのは、俺も知ってますよ。」
「そんな下らん噂まで流れていたのか。」
反射的な王島の言葉が、掛け値無しの憤慨を含んでいるのを聞き取って、瑞穂はほんの気配だけその笑みを深めた。王島のような反応は、もちろん、例外中の例外でしかなかった。三上瑞穂の名前が、あの三上を意味するのだと知っているのは、藩国部隊の中でも、上層部のごく一握りに限られている筈である。王島がそれを知っているのは、彼がそういった上層部の人間からも、一目置かれているということの証拠でもあるのだろう。その数少ない人間の中で、三上の名前に偏見を示さなかったのは、入隊前から承知している柊星を除けば、後は御大ぐらいのものだった。満天星国の藩国部隊には、旧都築藩国時代の移民受け入れ政策や、続く藩国合併などの文化混在の歴史を持つ結果として、本人が名乗る名前を選択し、それを呼称として取り扱う伝統があった。王島のように自分から名字を名乗るのは、やや年齢の高い層やそれこそ名家の出身といった者に限られていて、既にむしろ少数派であり、三上の名を名乗ることも現在では滅多に無い。

「ちょうどあの頃は実戦が続いた時期でしたからね。柊星の能力が実際どれぐらい役に立つか証明されてしまって、あれが量産出来るものなら歓迎するとまで言われるようになってからは、詰まらないゴシップは聞かなくなりました。まあ、どちらかというと、あの矯正不可能な素行の悪さの方が、話題としては面白かったんじゃないですか。」
「ああ、柊星の武勇伝は良くも悪くも余りに有名だからな。新兵を前面に突出させて死んでこいと言わんばかりの偵察強行や、その報告を完全に飲んだ部隊展開なぞ、御大でもなければ出来ないだろうが。」
「…俺が上層部に目を付けられなくなったのは、事実上俺が三上と絶縁状態にあって、何の策略も無さそうだと納得したからだと思いますよ。」
「…絶縁? そうなのか?」
「模範的な三上家の一員ままで、藩国部隊に所属するのは確かに無理ですね。」
「ううむ、そういうものなのか…。」
「…で、三上家に関することだと、俺は役に立てそうに無いんですが。王島さんとしては、何がお聞きになりたかったんでしょう。」

さり気ない柔らかな口調を維持しているようでいて、瑞穂のその言葉には、音も無く斬り込んで来るような鋭利さが秘められていた。その鋭さに気が付いたのかどうか、瑞穂の台詞を聞いた王島は、僅かに赤面しながら、慌てたように言葉を掻き集め始めた。
「いや、三上家の、ということではないんだ。どうもその、俺はゴシップというのにどうしても馴染めなくてだな、普通の噂話のような話題にもとことん鈍い奴で、正直、この手の話題を一体誰に聞いたらいいのかというのも、見当が付かなかったんだが、あー、お前はバトメ部隊の面々とも普通に良く話をしているし、その…。」
しどろもどろの言い訳を弾幕のようにばら撒いていた王島は、無言のまま大人しくそれを聞いている目前の瑞穂が、じっと自分の様子を観察しているのを、今更ながら不意に意識して、思わず口をつぐんだ。自分が、肝心の内容を口に出来ないままの堂々巡りをしていることに、気が付いてしまったのである。王島は、語るべき言葉も無く中途半端に開かれていた自分の唇を、ぐっと引き結んだ。それから、真っ直ぐに自分へと向けられた瑞穂の視線に立ち合うようにして、低く制御された落ち着いた声で、再び話し始めた。

「……やしなさんが入隊した時にも、お前達と同じような噂があった。WD部隊に入るような身分の人ではない、というような話だったと思う。だが入隊後には、逆にそんな噂は一切聞かれなくなった。箝口令が敷かれたような、そんな雰囲気だった。な、なつきさんが入隊されたのは、やしなさんに少し遅れた時期だったが、最初からやしなさんの副官扱いが決まっていたのに、驚きがあったのは事実だ。何しろ、あのやしなさんだからな、並みのバトメに副官が務まるとも思えない。だが、なつきさんが難なく現在のポジションに納まったのを見ていて、もしかしたら逆なのではないかと、ふと考えていたんだ。なつきさんを迎える下準備のために、やしなさんが先に入隊されたのではないかと。その、根拠は特に無いんだが…。だが、そう考えてみると、やしなさんの振舞いは、敢えて自分が注目を集めるように、意図的に目立つ行動を選択している節があるような気がしてならんのだ。まるで、陽動作戦の囮役のような行動パターンだと。」

自分の内側から、慎重にひとつひとつの言葉を選び抜くように拾い上げながら、ゆっくりと話し続けている王島は、何時しか、瑞穂に向かって質問を投げ掛けるというよりも、まるで答えは自分の中にこそあり、それを探しているとでもいうように、宙に向かって視線を定めて言葉を紡いでいた。そんな王島に、相変わらずのにこやかな表情を向けながらも、瑞穂もまた、王島の印象についての考えを脳裏に巡らせていた。何事につけ素直過ぎるきらいはあるものの、王島は、決して鈍い人物ではない。むしろ現場担当特有の、現実から突き付けられた情報を読み解いて対処する勘については、あの柊星とさえ良い勝負なのかもしれないと、瑞穂は微かに唇を歪めた。王島は全く認めないかもしれないが、だからこそこのスリーマンセルは、対等な三角形として成立するのである。

「…もしも箝口令といった措置が本当に取られたのであれば、それなりの理由があるのだろう、だから、裏を詮索するつもりは無いんだ。だが、知らなければ、戦えないこともある。その、部隊内で普通に噂されているような内容にもまるで疎いというのは、どうなのかと思ってだな…。藩国部隊の情報通として知っている程度の話で、構わんのだ。何でもいいんだ、ほんのちょっとしたことでも…。」
「……それだけ、ですか。」
「あー、いや、すまん、俺が勿体ぶって三上家の話なぞ持ち出して、余計な警戒をさせてしまったな。一応、俺が知っているということぐらいはこの機会に伝えておくべきかと、下手に要らぬ気を回したのが間違いだった。」
「えっと、そうじゃなくてですね。本当にそれだけで、いいんですか。」
「ん? どういう意味だ。」
「…ああ、少し違いますね。俺がもし、なつきさんについて何かを知っていたとしたら、王島さんはそれを聞いてどうするつもりなんですか。」

 

 

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