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Job well done party Vol.4

 

(2013/05/20 改訂)

 

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***   Job well done party   ***

 

Vol.4

その言葉の意味が頭に染み込んだ刹那、王島の中で真っ向から対立する二つの衝動が拮抗した。加賀見なつみ、それは通称では”なつき”と呼ばれているバトルメードの、完全な本名だったのである。だが、これまでの瑞穂との会話の中で、そのフルネームが登場していた筈は無かった。本人が選んだ呼称ではないありのままの本名を、無闇に詮索することは、現在の藩国軍ではマナーに反する行為に近かった。事務手続き上は別段秘密という訳では無いから、調べることは簡単に出来るが、直属上官が叱責の意を含んで使うケースでもなければ、わざわざそれを口に出して呼ぶようなことはしないだろう。たまさか酒場に居合わせた人物が、知っているような代物ではないのだ。しかし同時に、それをあからさまに声に出して、王島に知らせるような真似をするのであれば。

王島は一瞬で、それを挑発だと判断した。こちらに警戒態勢を取らせることが目的ならば、条件反射的な衝動に身を任せては、相手の思うつぼになってしまいかねない。無意識の内に立ち上がって、正体不明の相手から距離を取りたがる自分の身体を、辛うじて押さえ込む。渾身の力に押し留められ、武者震いのようにぶるっと揺らいだ王島の身体は、それでも何とか、大人しく椅子の上に留まることに成功した。瞬間で荒くなった呼吸を懸命に整える王島を見やりながら、一方の黒いスーツの男はと言えば、少しも動じない落ち着き払った姿勢のまま、唇の端を釣り上げて薄い笑みを見せた。
「素晴らしい速度の判断と反応だな。大したものだ。」
「……貴方は、どなたですか。」
「残念ながら、今の君が聞いてもあまり意味は無いね。ここで立ち聞きをしていた訳じゃないのはもう分かっているだろうけど、いくら無茶を推奨するとは言っても、こんな場所で重要情報のやり取りをするというのは、感心しないな。」

王島は自分の膝の上に置いていた掌を、反射的に力一杯握りしめた。三上財閥が持っている超高度な技術力にまつわる、荒唐無稽とも言えるような噂の全てが真実であるとは、到底思えなかったが、それでも、やはり並大抵の相手でないことは間違いないのだ。まして、仮にも意中の人物についての情報を、こんな場所で不用意に話題にしていい筈が無かった。瑞穂が相談に応じてくれるというのであれば、場所を改めて話を切り出すべきだったと、思わず脳内で猛反省している王島を、面白そうな表情で眺めながら、眼鏡の男は少し優しい笑みを浮かび上がらせた。
「結果としては、この場所がそう不適当だったという訳でもないよ。この店には瑞穂が、定期的に盗聴防止の措置を講じてる筈だ。彼としてはここの方が安全だと判断した上で君に白状させているんだろう。」
「…盗聴防止措置がされているのなら、貴方はどうやって私達の会話をお聞きになっていたんですか。」

正体不明の相手ではあるが、少なくとも相手の言っている言葉は正確に的を射ている、その事実が、律儀にも王島に敬語口調を続けさせた。すると、まるでその自分の口調が呼び覚ましたかのように、酔いが微塵に吹き飛んでしまった脳裏の奥を、ふと青い光の記憶が掠めて通る。敵意を向けるな、そんなヤガミの言葉が鮮やかに浮かび上がって、王島は不思議な程にあっけなく、落ち着きを取り戻していた。目前の黒いスーツ姿を、改めて観察する余裕を取り戻した王島に、その気持ちの動きさえ、手に取るように分かっているとでもいうように、眼鏡の男は機嫌の良さそうな明るい声で答えた。
「それは決まってる、私の方が腕が上だからだ。」
「……何故、なつきさんの名前をご存じなんですか。」

腹の底にその意志の強さを封じたような、静かで重い声が、王島の口から滑り出した。他にも尋ねたいことは色々とあったが、細かい枝葉に拘るよりも、本当に自分の知りたいことを真っ直ぐにぶつけたなら、きちんと答えが返ってきそうな、そんな予感がしたのである。先程まで、余分な力が入って浮ついていた足を、しっかりと踏み締めて視線を定めながら、瞬きも忘れて答えを待っている王島を、黒いスーツの男は静かな笑みを崩さないまま、今度は黙って見下ろしていた。その口元は、柔らかな笑みの形を描いているにも関わらず、薄く銀色の光を放つ眼鏡の奥には、奇妙に冴え冴えとした瞳が凍っている。ほっそりとしなやかな、何処か中性的な線を描く腕を、背後のテーブルに乗せてもたれていた男は、やがて気配の無い泳ぐような動きで、ほんの少しだけ自分も前へと身を屈めてみせた。まるで、内緒話を囁くように静かで柔らかな言葉が、王島の耳に届けられる。
「…私が与えた名前だからだよ。」
「……は?」
「王島さん、お待たせしまし…。」

全くの予想外の返答を聞いて、虚を突かれた王島の背後で、狙い澄ましたように瑞穂の声が響いた。会話に気を取られて、瑞穂の接近に気が付いていなかった王島は、声の近さに驚いて、反射的に背後を振り返った。その王島の視界の隅を、黒いスーツ姿が滑らかに横切っていく。カウンターの角を曲がって戻ってきた瑞穂は、ちょうど光が遮られ、黒々とした影に沈んで見えていた王島の目前から、黒いスーツの人影が沸き上がるように姿を現し、そのまま凄まじい速度で自分の横へと向かってくるのを目の当たりにして、息を飲んだ。その隙に斬り込むように、眼鏡の男は瑞穂の横をすり抜けて後方へと回り込み、距離を確保してぴたりと立ち止まると、言葉だけはのんびりとした口調で瑞穂へと声を掛けた。
「瑞穂、柊星を除け者にすると、後が怖いぞ。」
「…誰だ、お前は。」
「待て、瑞穂!」

そのまま戦闘態勢に突入してしまいそうな瑞穂の剣幕に、王島は慌てて立ち上がって間に割って入り、瑞穂を押し留めた。相手が何者であるにせよ、思った通り少なくとも一般人の身のこなしではない。例え相手が本当に敵性存在であったとしても、ここで迂闊に手を出すのは、賢明な行動とは言えないだろう。だが、その瑞穂の怒りを逆撫でするかのように、黒いスーツの男は容赦なく言葉を継いだ。
「三上家から距離を置きたい気持ちは分かるが、たまには家に戻ってみるといい。三上財閥は今、上を下への大騒ぎだろう。情報を持ち出すのなら今しかないと思うね。」
「!? 何故そんなことを…。」
さらに視線を険しくしながら、物問いたげな表情で王島を振り返った瑞穂だったが、王島としても無言で首を横に振る他は無い。それでも瑞穂は、ともかくも無策に手を出せるような相手では無いと、状況を把握するところまでは冷静さを取り戻し、改めて鋭い口調で質問を投げ掛けた。

「…何が目的だ。」
「そうだな、実は伝言をひとつお願いしたいんだ。」
「…伝言?」
「そう、なつみにはまだ分からないだろうから、やしなに、伝言を。災厄が帰って来たと、そう言えば分かる。」
「……やしなさんに?」
「こちらから頼むばかりじゃ申し訳ないしな、そう、質問にひとつ答えようか。」
「伝言を伝えなかったらどうする。」
「それはあまり、賢いやり方じゃないね。何故ならこれは警告だからだ。対処が遅れれば、困るのはやしなの方になると思うよ。」
「……じゃあ、お前は誰だ。何者からの伝言かも分からないような言葉を、伝える訳にはいかない。」
「うん、成程。私は土岐だ。まだこの名を知っているのは、味方だけだ。そう思ってもいい。」
「……土岐…。」
「さて、狼に勘付かれる前に、退散するか。あれに見付かると煩いからな。」
「…もしかして、柊星のことなのか。」
「そうだ、何しろ私は、あいつの最愛の女を奪い取った仇なんだよ。」

 

 

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