« シナモン・コーヒープリン | トップページ | ひいなまつり・2013 »

Rosa Mystica Vol.2

Back
 Job well done party Vol.3

Jump
 Rosa Mystica Vol.1

***   Rosa Mystica   ***

 

Vol.2

「岩神さん、い、いらしてたんですか!?」
「あ、いや、すまん、驚かすつもりじゃなかったんだが…。」
もそもそとロの中で言い訳を呟きながら、岩神は緑の茂みをそっと押し開くと、小さな秘密の空間へと遠慮がちに足を踏み入れた。その頬がほんのりと赤くなっていることには、少しも気が付かないらしいえるむは、こちらは見事に真っ赤に染まった頬を、その手で冷やそうとするかのように覆いながら、テーブルの際まで後ずさって、岩神に場所を譲った。
「いらしてたなら、声を掛けて下されば良かったのに。」

手で隠したその影で、頬を膨らましてでもいるような、非難がましい響きがえるむの言葉に混ざり込んだ。いつでもおっとりとしてにこやかなマイペースを崩さないえるむは、逆に言うなら、感情の起伏を人に見せることが、あまり無い。唯一の例外が、つまりはあの青星に対する、有り体に言うと素っ頓狂な例の態度だった。それを少なからず羨ましいと、心中では密かに心穏やかでなかった岩神は、巡り合わせの幸運をもたらした残業に感謝したいような心持ちで、やや締まりのない笑みに口許をにやけさせながら、えるむを追い掛けてテーブルの側まで攻め込んだ。

「…声を掛けたら、止めてしまうだろう。もう少し見ていたかったんだ。」
いつもの距離感を一気に割って、ほんの直ぐ傍らに並んだ岩神へと、驚きの表情を向けていたえるむは、その言葉を聞いて、今度は反射的に視線を逸らした。
「…で、でも、あの、ちっともお稽古してませんし、他人様にお見せするようなものでは…。」
「…そうか? 充分綺麗だったと思うが。」
目前のえるむが、今度こそ息を大きく吸い込んだままで固まってしまったのを見て、岩神はようやく、自分の口走った言葉に気が付いた。自分の言葉に自分で驚いた岩神は、無駄な咳払いをしながら、あたふたとテーブルの縁を回って、さっさと椅子に座り込んだ。

「あー、その、なんだな。あんなに踊りが巧いなんて、知らなかったな。」
普段なら、ちょっとやそっとではロに出せそうに無い、ありのままの本音を、うっかりと白状してしまったという衝撃に、すっかり気を取られていた岩神は、立ち尽くすえるむのその背に、別の緊張が潜んでいるのに、気が付かなかった。会話が途切れるのを恐れて、岩神は頭の中から単語をかき集めると、常に無い饒舌さを発揮して言葉を並べ続けた。
「ちょっと古風な踊りだな。あー、踊りというか、そう、舞いと呼ぶ方が…。」

辛うじて紡ぎ続けられていた岩神の言葉は、そこでぷつりと途切れた。凍りついていたえるむが、ゆっくりと、長い息を吐き出す気配がする。だがそれに気付きもしないままで、岩神は抜群の記憶力を誇るその脳裏から、遠い記憶を拾い上げようとしていた。
「……舞い?」
「…岩神さん。」
「そうだ、彼等は確か舞いの司と…。」
「……はい、岩神さん。舞いの司の一族に伝わる古い舞踊は、もう知る人がとても少なくなってしまいましたが、もしかしたら岩神さんは、ご覧になったことがあるのかもしれません。」

既に蒼白になっていた岩神の眼が、さらに驚愕に見開かれた。えるむは、自分の顔を覆っていた手を静かに降ろし、きちんとその両の手を身体の前に揃えて、立ち尽くしたままの場所から、岩神を見下ろして哀しそうな笑みを見せた。
「…いつかお話ししなくてはと、ずっと思っていました。私には、この実験温室の植物達を見れば、何の為に集められ、何に使われる筈だったのかが分かります。伝統的な植物の薬効、特に摂取量によっては毒にもなり得る劇薬成分を含む、これらの植物達の知識を、秘伝として守り伝えて来たのは、私達舞いの司の一族ですから。あの、トキジクの実もそうです。私達と同じ知識を持って植物を収拾し、しかも科学的な研究をされているのであれば、それは“非時の司”に始まる都築藩国軍ドラッグ開発の流れをくむ研究しか、無いと思います。岩神さんは、あのプロジェクトに参加されていたんですね。」

先程と少しも変わらない距離に立っているにも関わらず、遥かに遠いところへと離れてしまったような錯覚と戦いながら、岩神はのろのろと首を廻らせて、えるむの顔を見上げた。哀しそうな、それでいてとても静かな瞳の色が、岩神を見詰め返した。
「…えるむ、君はまさか、最初から…。」
「……いいえ、この温室に遊びに来たのは、本当の偶然でした。でも、トキジクの実が栽培されているところは、藩国内でも限られていると、そうおっしゃったのは岩神さんですよ?」
えるむの顔に、にこりと、泣きそうな笑みが浮かんだ。初めて見るその哀しい微笑みに、岩神は心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じて、渾身の力を込めて自分の拳を握りしめた。頭の中を、黒い風のような何かが荒れ狂っている。すると、まるでその痛みに呼ばれたとでもいうように、ひそとも風を起こさない滑るような動きで、えるむは岩神の傍らへと歩み寄った。だが一方の岩神は、えるむの顔を見上げ続けることが出来なかった。握りしめたままの拳を置いたテーブルへ、まるで睨み付けるようにして視線を下げた岩神は、絞り出すような掠れた声で、低く呟いた。

「…だったら、犠牲者が出たことも知ってるんだな。誰か知り合いが、巻き込まれたんじゃないのか。」
「岩神さん、それは」
「いや、頼むから、教えてくれ。」
「……あのプロジェクトで、大きな事故があったことは知ってます。詳細については、私達に説明はありませんでしたが。あのプロジェクトには舞いの司の一族の者が何人か協力していて、その事故で亡くなったと知らされました。その内の一人は、私の大叔母で、私の師でした。」
上に置かれた岩神の拳に更なる力が加わって、華奢な白いテーブルは、ぎしりと軋むような音を立てた。その岩神の拳の上に、ふわりと、えるむの白い手が重ねられた。はっと我に返った岩神が、ゆっくりと傍らを見上げると、まるで、その岩神の腕に寄り添うように直ぐ傍らに立ったえるむが、もう一度静かに微笑みを見せた。

「…えるむ?」
「あの、どうお伝えするべきか分からなくて、今日まで来てしまいましたが…。私、この温室の植物を見た時、とても嬉しかったんです。確かに毒草と呼ばれる植物ではありますが、この温室では、きちんと管理されて、伸び伸びと育っていて、あの、大切に手入れして頂いているのが、よく分かったので。」
「……それは、植物そのものに罪がある訳じゃないからな。きちんと特性を把握して、量をコントロール出来さえすれば、それは人間に間違いなく必要なものだ。結局、毒と薬は表裏一体のものでしか…。」
ついいつもの調子で、えるむに向かって植物の説明をするかのように話し始めてしまった岩神は、ふと気が付いて口をつぐんだ。その岩神の背に、気配の無い薄衣のような柔らかさで、えるむの身体が舞い降りた。躊躇いがちに身を寄せたその肌のぬくもりが、温室の常春の風よりも少しだけ高い温かさを伝えている。
「…はい、そう教えて頂きました。それは、私の師から教わったことでもあります。技術に善悪は無く、それをどう使うのかは人の心が決めるものだ、だから哀しみや苦しみや、怒りに、心を曇らせることがないように、自らを磨かなくてはならない、叔母はそういう方でした。」
「……君は、俺を許してくれるのか。」
「許すというか、えと、岩神さんに対して怒ったりとか、してませんので…。」

 

 

« シナモン・コーヒープリン | トップページ | ひいなまつり・2013 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Rosa Mystica Vol.2:

« シナモン・コーヒープリン | トップページ | ひいなまつり・2013 »