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2006年1月27日 (金)

閑話休題

お題

「やっぱヤガミもやるときゃやらなきゃですよ。大人技能なシーンをきぼう~。でもはるかもカッコイイほうがいいの。」
……ど、どうしろと?

 

 

*** 罰ゲーム ***

 

夜明けの船としては珍しく、本格的に、それも女性同士の言い争う声が第二ハンガーに響いている。一方的に攻撃的な口調が実は守られている側で、しどろもどろに防戦に徹している方が相手を守っているのだというのは、まあ皮肉な話だ。そんな事を考えながら、ヤガミははるかが運んできたブラックコーヒーを飲み込んだ。ここ数日、同じ順路をたどって何度か繰り返されている応酬だが、今回も同じようなところで破局を迎えつつあった。

「だから補給艦隊のつもりで出撃したって、増援だって何だってあるでしょ。水雷を積んでも必要無ければ使わなければいい、それだけのことじゃない。」
「でも、ほら、それじゃ罰ゲームにならないし。」
「だからそもそも、どうしてウィッカが一緒に出撃するの? ヤガミの罰ゲームなら、ヤガミに独りでやらせたらいいでしょうが。」
「うーん、見張ってないとサボるからなー。」
「じゃあ、ウィッカだけでも、魚雷を積んで。」
「え、えーと、分かった、じゃ機雷だけ……。」
「いい加減にしてよ、ウィッカ!!」
「エ、エノラってば落ち着いて。」

そもそも騒ぎの始まりは、はるかが罰ゲームと称し、ヤガミを残してタキガワとイイコを陸戦部隊に配置換えしてしまい、その上水雷を外して剣鈴のみで戦闘を行なうと言い出した事にある。既にイイコと二人きりで飛行隊を維持してみせた実績もあり、飛行隊員を減らすことそのものには艦内の抵抗も少なかったが、水雷を外しての出撃では、あちこちから直接抗議の声が上がったのも無理からぬことだろう。その先鋒が、不本意なローディングで仕事をしなければならない整備班のエノラだったのだ。
それは間違いなく、不利な装備で出撃する二人の身を案じてのことだったが、はるかの方が何かと理由をつけて巧くはぐらかしてしまうので、エノラの剣幕はさらにエスカレートすることになる。

「とにかく、こんな無茶なローディングは認められません。整備班長として変更を要請します。」
「……悪いけど、エノラ、これは譲れないから。」
のらりくらりとはるかが相手をする間は言い争いの形になるが、はるかが本気になってしまえば、エノラがどう噛み付いたところで迫力負けは明らかだ。静かに、しかしはっきりと言い切るはるかを前にして、エノラはぐっと言葉に詰まっている。
この辺りでエノラがハンガーを飛び出す、というのがお決まりのルートだったが、毎回同じ事を繰り返しながら、その後いつもはるかは落ち込んでいた。だから、という訳ではない。そう自分に言い訳しながら、ヤガミは沈黙の間に割って入った。
「単機で出撃でも、俺は別に構わないが。」

二人が同時に振り返り、同じように非難の表情を浮かべているのが、何だか妙に可笑しかった。が、さすがにそれを顔に出す訳にもいかない。ヤガミは苦いコーヒーを飲み干して、表情を押さえ込んだ。
「ちょっとヤガミ、もう少し言い方を」
「……もう、二人とも知らないっ! 勝手にすればいいでしょっ!!」

真っ赤な顔で、涙目になって駆け出して行くエノラを見送って、直ぐさまはるかは、ヤガミに向かってむくれてみせた。
「ヤガミったら、いじめたら可哀想じゃない。せっかく心配してくれてるのに。エノラはヤガミのこと、気に入ってるのよ。好きな相手ほど素直になれないだけなんだから。」
「騒ぎの元凶に言われたくはないな。」
「……もうっ。」
はるかはこれ見よがしにため息をついた。それでもとりあえず、落ち込んでいるようには見えないので、ヤガミは良しとすることにした。はるかは置いてあったコーヒーを手に取ると、ヤガミの隣へと並んで、渋い顔をして飲み始めた。

「エノラ、もしかして反論巧くなってきた? さすが血は争えないわね。」
「それに引き換え、罰ゲームとはまた苦しまぎれの言い訳だ。」
「うるさいなあ、罰ゲームって言ったら罰ゲームなの。」
「まだ騙されてるのは、エノラとイイコぐらいだろう。タキガワが気が付いて、飛行隊に戻せと言ってきてる。そろそろ水雷を積むだけ積んで、使わない方向に切り替えた方が無難なんじゃないのか。」
はるかは答えずに、黙ってコーヒーを飲んでいる。このところのはるかは、以前よりも口数が少なくなっていた。いや、皆の前では、相変わらず賑やかに振舞っているのだが。ヤガミと二人の時には静かになる、とでも言うべきか。

火星議会が選挙を目前にして停止され、全ての都市船が保守本流の支配下となってしまってから、既に二週間が過ぎようとしていた。じりじりと、夜明けの船は追い詰められつつあった。都市船出港時の戦闘は日を追うごとに激しくなり、物資調達も厳しくなっている。そしてニュースでは、駐留中の各星間勢力軍による臨時補給、有り体に言えば強奪が、そこかしこから伝えられている。これから何が起こるのか、それは少し悪い方へと状況を予測すれば分かってしまうまでになっていた。が、はるかが罰ゲームを主張する間は、気が付いていても、誰もそれを口にはしないでいる。

はるかが剣鈴のみの戦闘にこだわるのは、いずれ来るであろう敵勢力の本格的反撃に備え、水雷武器の節約と、万が一完全に補給が断たれた場合の、戦術予行演習を兼ねていたのだ。罰ゲームと銘打ったのは、少しでも緊張状態を遅らせることが出来たらと、考えた末のことだったらしい。
それでも総攻撃は遠からず始まるだろう。そしていったん始まってしまえば、夜明けの船に逃げる場所はないのだ。

「……いつ頃、始まると思う?」
「各都市船からの徴発と再配備。今のところの情報では、あと一ヶ月というところだろう。」
「第6異星人との同盟、ポー教授は間に合うかしら。」
「まず無理だろうな。どのみち、あれだけやり合った仇との同盟だ。有利な条件は望めない。せいぜい中立を約束させるぐらいが関の山だ。」
「ヤガミの情報は正確で助かるけど、聞けば聞くほど前途は多難て感じよね。」
「だがここからが本当の戦いだ。」
「どこまで、ヤガミの計画の内なの?」
今度はヤガミが、その問いには答えなかった。はるかも答えを期待してはいないとでもいうように、話題を切り替えた。

「……もし水雷が底をついたら、タキガワとイイコちゃんは、外してあげたいんだけど。」
「別のパイロットに準備をさせる程の時間はないぞ。」
「だから今みたいなRB2機体制で。その分、ヤガミが頑張ればいいでしょ。」
「……何が言いたい。」
「ヤガミがあんなに強いなんて、知らなかった。今まで一体何をしてたのよ。」
「必要な時に必要な行動を取るだけだ。」
「ものぐさなだけなんじゃないの?」

唇の端を吊り上げ、にやにやと笑みを浮かべていたはるかは、ふっとその笑顔を納めて真顔になる。言い返す言葉を探していたヤガミは、反撃を諦め、はるかの言葉を待った。この真剣な表情を、はるかは他のクルーの前で見せることがない。相変わらずはるかの眼差しに晒されることは、ヤガミにそれなりの緊張を強いていたが、そのくせ、はるかが他に熱中しているのを横から見ているのは、あまり面白いものでは無かった。ましてや、はるかがこの眼差しを、他の誰かに向けることを考えたなら、多少の緊張に耐える方がまだましなのだと、ヤガミは自覚し始めていた。

「あたしにはああいう戦い方は出来ないな。水雷で敵艦隊の動きを操作するのは、分かってきたけど。」
「それはタキガワの戦法だ。チームプレイと、補給線が保たれていることを前提に、被害を最小限に留めて長期戦を維持する。教科書どおりだ。」
「ヤガミのやり方は違うね。うーん、やっぱりブラックコーヒーは、いまいち。」
はるかはそっとコーヒーを置くと、真っ直ぐに前を見据え自分の思考に没頭している。その横顔を見るとはなしに眺めながら、ヤガミはぼんやりと、綺麗なものだと考えていた。この義体に魂が宿る前から、それなりに長い時間この顔を見ていた筈だ。だが不思議なもので、希望がその胸に宿り、この強烈な眼差しを開くまで、同じ顔を美しいと思ったことは一度も無かった。
だが今は。風が離れ、義体がただの義体に過ぎなくなってしまう時間の、何と長く感じられることか。

そんな取り留めの無いことを考えながら、ヤガミは僅かな違和感を覚えた。ほんの僅かな、恐らくヤガミだからこそ辛うじて気が付く、というほどの。だから口にした言葉にも他意は無く、何の気なしに声にしてみた、ただそれだけの事だったのだが。
「お前、少し顔色が悪くないか?」

だが返って来たのは予想外の反応だった。はっと眼を見開いた一瞬の空白、そして次の瞬間、はるかは慌てて身を翻した。その刹那のしまったと言わんばかりの表情を、ヤガミは見逃さなかった。
「おい、ウィッカ!」

咄嗟に延ばした腕が、はるかを捉えることが出来たのは偶然に過ぎなかったが、ヤガミは反射的にはるかの二の腕をつかんだままぐいと引き寄せた。戦闘用義体のパワーを考えれば、はるかがその気になれば、片手でヤガミを投げ飛ばすことも可能だろう。だが、ヤガミには確信があった。そのまま力任せに、はるかの身体を士翼号へと押し付ける。一瞬それに対する抵抗を感じたものの、直ぐにはるかは自分から力を緩めた。さらにヤガミが自分の身体を寄せて追い込むと、はるかはヤガミの肩に手をかけただけで、自ら後退って士翼号によりかかり、ぴたりと動きを止めたのだ。

はるかが自分の義体のパワーで、船の仲間達にケガを負わせたりしないよう、細心の注意を払っていることをヤガミは知っていた。何気なく、コーヒーを手渡す、そんな些細な動作でさえも。にこにこと笑いながら、その指先には常に厳しい緊張が課せられている、それがはるかの優しさだった。

「離して。痛い目みたいわけ?」
「やれるものならやってみろ。具合が悪いんだな。」
「……ずるいよ、ヤガミ。」
「だったら素直に白状しろ。疲労以外の自覚症状があるなら言うんだ。義体のメンテナンスに不備があれば、それが命取りになることは分かってるんだろうな。」
義体に不調があれば、そのまま戦闘の不調に直結する。それは世界を超えて義体に介入し、RBを操作するはるかにとっては、避けられないリスクだった。そしてそれは、はるかにとって唯一のウィークポイントと言っても過言ではないだろう。
はるかはうつむいたまま顔を上げない。それが何よりの答えだった。ヤガミは鋭い眼差しで、唇を引き結んだ。どうして気が付かなかったのか。いや、それよりも。何故はるかが、その事を隠そうとするのか。

「一体いつからだ。まさか、このところ戦闘が不安定だったのも」
「それは違うわ。」
かすれて甲高い、悲鳴のような声に、ヤガミは言葉を失った。
「違う、逆なの。あれは、そんなものじゃない、あれは……。」
「ウィッカ?」
ヤガミが掴んだままの二の腕も、肩に押し当てられた手も、小刻みに震えている。はるかが怯えているのだということを、ヤガミは直ぐには認識することが出来なかった。そして愕然とする。それ程までに、はるかという人物は恐怖から遠い存在だと、誰もが、ヤガミでさえ信じていたのだ。己の命を平然と戦闘の駆け引きに投げ出す、豪胆とも無謀とも、もしくは鈍いとさえ思える潔さ、それを夜明けの船の乗組員達は、何度となく見せつけられ、そしてそれに救われてきたのだ。
だが、ヤガミの腕の中で今、小さな子供のように震えている姿は、それとは似ても似つかない。その身体を思わず抱き締めようとして、ヤガミははっと息を止めて凍りついた。

はるかをこの戦場へと巻き込んだのは誰か。それは紛れも無く、ヤガミ自身なのだ。その自分が、この血まみれの手で。彼女を抱く資格があるというのか。

まるでその叫びが聞こえたとでもいうように、不意にはるかが顔を上げた。涙に濡れた瞳が、ヤガミを見つめている。火星の海のようだと、ヤガミは思った。人間の瞳とは思えないような、深く、暗く、底知れない何かを隠した瞳。それはゆっくりと近付いて、はたと閉じられる。炎のような唇がかすめてゆく。

その背に今度こそ腕を廻そうとしたその時、はるかの身体は、ヤガミの腕の中からつむじ風のように消え失せた。間髪いれずにヤガミの背後から、容赦なくはるかの明るい声が投げ付けられる。
「やーい、引っ掛かった。もう捕まらないから。」
慌てて振り返ると、既に階段を駆け上がったはるかは、ヤガミに向かってひらひらと手を振ってみせた。そのままくるりと踵を返すと、あっという間にハンガーから駆け出してゆく。

ヤガミがそのまま立ち尽くしていたのは、しかし、一瞬だった。
「MAKI、はるかの体温は今現在何度ある?」
「……摂氏40.7度、義体の設定体温の範囲を上回っています。早急にメンテナンスを行なうことをお勧めします。」
「前回の測定は?」
「1時間46分前、この時点では36.0度、正常です。短時間の体温上昇も危険な兆候です。」
「はるかのバイタルデータの測定を、常時モニター体制に切り替えろ。」
「RB出撃時のデータは完全には測定出来ません。」
「可能な限りのデータを収集、異常値を検出したら直ちに俺に報告しろ。ただし正常値以外のデータは他の者には開示するな。」
「了解しました。ちなみに現在は38.9度。急速に正常範囲に戻りつつあります。このような推移を示す場合、これまでの測定サイクルでは、異常は発見出来ません。」

ヤガミはこぶしを握り締めた。はるかの身体に何かが起こっていることも、彼女自身がそれを自覚しながら隠し通すつもりなのも、間違いない。一度こうと決めてしまったはるかから、情報を引き出すことはほぼ不可能と考えた方がいいだろう。
現在のこの戦況の上に、やっかいな事になったとヤガミは思った。あれを敵に回すことは、あらゆる意味で始末が悪い。そして如何なる問題があるのだとしても、彼女がこんな行動を取る理由は、恐らくたったひとつしかない。それは、誰かを守るためであり、そして。
その為に賭けられているのは、はるか自身である筈だった。

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コメント

>しいなさま

はうっ、言われると思ったー。

投稿: あぎ | 2006年2月 1日 (水) 02:21

えっとー
やるときゃやってるのは
むしろ、はるか?
でもかっこいかったので、おっけーです

投稿: しいな | 2006年1月31日 (火) 18:13

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