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2010年6月27日 (日)

柊の剣

自分の起こしたことを自分で解決する意識は、統計上、ただの邪魔。

確かにそうだ。でも私はその考え方は大嫌いなんだ。失敗をしでかした張本人が、それをリカバリーすることは事実上不可能だろう。だけど、例え欠片も手を出すことが出来なくても、自分のしでかしたことの行方を確認し、その解決に対して他者の尽力を乞い、何がいけなかったのか、どうすれば次に同じことを繰り返さなくて済むのか、そういう自分自身との戦いが出来ないから、何度でも同じ間違いを繰り返す。

野田秀樹という方は言う。戦争という巨大な暴力に対して、芝居などというものは無力でしかない。だが、いつか何処かでこれから起こるかもしれない戦争、そういうものとなら戦うことが出来るかもしれないと。過去を覆すことは出来ないし、失敗は無かったことにはならない。でも、その無力を胸に刻んで、次の悲劇と戦うために立ち上がる、それが自分の為したことの責を負うということだ。自分自身の怯みと、思い込みと、妄想と戦う、それをもって勇気と言うんだろう。他者から恵んでもらうものでは断じて無い、それが出来なくて、どうして人は自らの足で歩き出すことが出来るというのか。

自ら立って、己の往くべき処へ往き、為すべきことを為し、その責を負う。我が眷属がここにいないというのなら、別にそれでもいい、独りで戦うだけのことだ。いつものように。この命の終わる時まで。

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