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2010年9月21日 (火)

ぴらとー

 

なりそこないというからには
 
なりそこなわなかった場合が存在する筈だ
 
セントラルの特徴は
 
複数世界を繋ぐことではない
 
正しく遍在であるならば
 
全部は同時に過不足なく存在する
 
全ての情報が伝達されるのなら
 
エラーは起こらない
 
セントラルのように完全に時差がゼロになれば
 
逆に、補完が出来なくなる
 
複数の世界がクロスしていれば
 
情報の伝達時間はほぼゼロというか
 
正確にはゼロと微少の間を揺れ動くことになるだろう
 
世界がクロスしていても
 
それでもそれぞれは別の世界
 
世界の全部が一度に完全に重なるのではなく
 
泡が癒着するように
 
地続きになるのなら
 
重なっている部分とそうでない部分は
 
同じ世界の中に混在している
 
そも七つの世界を分けるものは
 
時差を縦軸に見立てるというモデル上の距離であり
 
私達が一般に認識するひとつの世界の中の
 
空間の長さとしての距離が
 
あのモデルの中でどのようになっているのか
 
そのパラメータは未定義なんじゃないかな

 

物事をひとつの方向から見ても
 
ひとつの姿しか掴めない
 
それを多角的に捉えるために
 
パラメータを仮定して
 
モデルを構築するのはとても有効なことだ
 
だが、その尺度たるパラメータ定義が
 
峻別されていないというのは
 
確かに
 
危険なことだね
 
だから
 
「えるむ」が知っているのは
 
古い古い歌が何故か懐かしいことと
 
それが数多の人々によって守られ続けた
 
大切なものだということだけだ
 
だけどそれで
 
過不足なく、充分じゃないか

 

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