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2011年3月27日 (日)

ぱらめとろん

 

 

***   感謝祭のますかれーど89   ***

 

やや間延びして語尾の長いその口調が、一体誰のものであるのかは充分過ぎる程に分かっていたが、ヤガミは油断なく緊張を保ちながら、苦労して自分の動作を制し、ゆっくりと背後を振り返った。このタイミングを狙い澄ましたように登場するこの人物が、やはりはるかと同じ種類の人間であろう事は、もう疑いの余地もなかった。即ち、事象の流れの渦巻くところ、運命の分かれ道と呼んでもいいだろう分岐点の瞬間を知覚して、時にその引き金を引き、ある時には無造作に蹴飛ばして事態を引っかき回す、トラブルメーカーと呼ばれる類の人間である。そして同じく最も始末の悪いところは、彼女らが共通して、自分のその能力と周囲への余波の大きさに、全く無自覚なところなのかもしれなかった。

まるで、突き付けられた銃へと振り返るのにも匹敵するようなヤガミの緊張を余所に、えるむは変わらぬマイペース振りでとてとてと歩きながら、両手で何とか抱え上げている大荷物を重そうに揺すり上げ、思わずふうと息を切らせた。それが箱一杯にぎっしりと並べられた、ジャムの瓶詰めであることにヤガミが気が付くよりも前に、するりと傍らを抜けてはるかがえるむへと駆け寄った。
「わあ、えるむさん、そんなに一度に持ったら重いですよー。」
「だ、だいじょぶ、です、なんとか…。」
言葉ではそう言いつつも、箱の片側へと慌てて手を伸ばしたはるかが、幾らかの重さを肩代わりすると、えるむはほっとしたような笑みを見せた。同じように顔を見合わせて、にこりと微笑んだはるかは、次の瞬間にはくるりとヤガミを振り返り、むっと唇を尖らせた。

「ちょっとー、ヤガミったら、気が利かないわね。」
「……お前にだけは言われたく無かったが…。」
「む、どういう意味よ、それ。」
「あ、あのー、もうそちらのテーブルに置くだけなので、大丈夫ですから…。」
反射的に憎まれ口を返してはみたものの、さすがのヤガミも、この二人を揃って敵に回してごねる程に、無謀な訳ではない。ヤガミは手を伸ばして、中身が空の状態で運んだ時とは、比べものにならない位重くなった箱を、二人のバトルメードの手から引き取った。
「ここのテーブルでいいんですか?」
「はいー、この状況では何処かで配布という訳にもいきませんので、みなさんと子供達でお持ち帰り頂けると助かりますー。」
「あっ、なるほど、そうですよね。おーい、みんなー、実習のジャム、忘れないでお持ち帰りしてねー。」

つい先程までヤガミと話していた内容など、すっかり忘れ去っているらしいはるかは、止める暇もなく子供達を呼び寄せ始めた。それを予想通りと言わんばかりに眺め、ヤガミは深々とため息を吐き出した。この手の配布物には不思議な程に目敏い女の子達も、一応大人しく席に収まっていた悪ガキ共も、はるかの声に即座に反応して腰を浮かせ、吸い寄せられるように集まって来る。こんな騒ぎに囲まれたのでは、またしばらくこの場所から離れるのは難しくなるだろう。二人掛かりで出鼻を挫かれ、これは本格的に離脱が困難なのではと、改めて渋い顔になったヤガミに、やや声を潜めたえるむの声が届いた。
「…あのう、広幡さんにもジャムをお渡ししましたので、後ではるかさんにお伝え頂けますでしょうかー。」

予想外のその内容に反応し損ねたヤガミは、一拍遅れて、傍らに並んだえるむを振り返った。そういえば、テントからの脱出の際に、彼女を見掛けた記憶があまり無い。ヤガミは首を捻りながら、伝言の意図を確認するより前に、まず取りあえず率直に疑問を投げ掛けてみた。
「…一体、いつの間に?」
「はあ、私、子供達の受け入れ準備のために、最初にテントを出ておりましたので。広幡さんは、内密にこの場を離れることになるかと思って、お渡し出来るようにお待ちしてましたです。」
「どうしてわざわざそんなことをしてまで…。」
「あの、特に深い意味は無いのですが、甘いものを食べたら、少しは元気が出るかなーとか。」
「……彼と、何か話しましたか。」
「いえー、時間もありませんでしたし、子供達が作ったジャムですとだけお伝えしましたが…。」

反射的に出そうになった特大のため息を、ヤガミは何とか堪えて飲み下した。つまりは二人のトラブルメーカーが、似たような言葉を広幡と交わしていることになる。不意に黙りこくった自分を、不思議そうに見上げるえるむの視線を受け止めながら、ヤガミはようやくのことで次の台詞を探し出した。
「……確かに、子供達の作ったジャムを食べたら、彼も元気が出るでしょうね。」
「ええ、そうだといんですけどー。」
我ながら取って付けたような社交辞令だと思われる言葉に、掛け値無しに直向きな響きのこもる返事が返されたのを聞いて、ヤガミは思わず、居心地の悪さに視線を彷徨わせた。目前では子供達が、今置いたばかりのジャム瓶に群がって手を伸ばし、戦利品の獲得に夢中の騒ぎである。その只中で、妙に真剣な面持ちで手にした瓶を品定めしていたコースケが、えるむを振り返りつつ声を上げた。

「えるむさん、えっと、こっちの瓶の方がちょっと小さいんだよね。」
「はいー、サイズは小さいんですけど、蓋の模様が可愛いですよねー。」
「…やっぱそっかな…。」
「ねえコースケ君、どうして私ははるかちゃんなのに、えるむさんはえるむさんなの?」
「え、だってやっぱはるかちゃんははるかちゃんじゃん、なー。」
「うーん、何となく、そうかも。」
「ええっと、分かったような、な、納得がいかないような…。」

さすがのはるかも、子供達には勝てないらしいというやり取りを聞きながら、幾らか調子を取り戻したヤガミが、もう少しこの騒ぎを眺めているのもいいかと、思い直したその時だった。視界の端を、美しい青の光が駆け抜けた。それが例の狼と同じ、不思議な程の透明さを持つ色であることに気が付いて、ヤガミははっと息を飲んだ。と、それと全く同じタイミングで、傍らのえるむもまた鋭く息を飲む気配がする。そしてそのまま、ヤガミが青い光を見たその方向へと、勢いよくえるむが振り返りながら、小さく呟きをもらした。
「あ、あおぼ…。」
あの炎の通路で何かを捜していた彼女と同じ、何処か必死なその気配に驚いたヤガミが、同じ方向を振り返ろうとしたその先で、何処かで聞いたことのあるような男の声が響いた。

「えるむ!!」
こちらも切羽詰まったような大声に、居合わせた誰もが声の方向を振り返った。その視線の集中砲火に晒された人物は、しかしそれをものともせずにかき分けながら、のしのしとこちらへ歩み寄ってくる。皆よりも少し早く振り返っていた筈のえるむは、その姿に驚いたかのような声を上げた。
「や、岩神さん?」
「爆発があったテントに閉じ込められていたと聞いて…。」
一目散の勢いでやってきたその男は、あちこちに煤けたような汚れを被って、こちらの方が余程爆発現場の臨場感を醸し出している。その姿に気が付いて、今度はえるむが慌てたような声を上げた。
「岩神さんこそ、ドーナツ屋さんの火事を、消し止めて頂いたとお聞きしましたが…。」
「ああ、俺のことはどうでもいいんだ。あの青いのには振り回されたが、お陰で」
「あ、青いのって、あの、お怪我はありませんでしたか!?」

岩神の言葉を聞いて、えるむは突然取り乱したような大声を上げ、その男に駆け寄ったかと思うと、取りすがらんばかりの勢いで身を寄せて彼の顔を覗き込んだ。その唐突な余りの勢いに驚きながらも、岩神が何とか言葉を返す。
「いや、だから俺のことはどうでもいい。それより、怪我はなかったのか。」
「どうでもよくなんかないです! あ、あの、ほんとにお怪我は…。」
「ああ、いや、だから…。」
何処か微妙にかみ合わない二人の会話を、子供達を始めとする周囲の人間が、揃って目を丸くしながら眺めている中で、ヤガミは一人、ようやく見えてきた事の顛末に納得しながら、不機嫌に唇を引き結んだ。つまりは本来ならば、彼こそがこの事件に巻き込まれるべきだった人物なのである。どんな経緯があったのかは定かではないが、そのポイントから彼が弾き出されたため、エアポケットのように出来た空白に、代わりに自分が引き寄せられて巻き込まれた、そんなところなのだろう。そして今、彼が戻ったからには、これで自分はお役ご免ということだ。全ては在るべき位置に戻り、「やがみ」という名の人物が事態の収拾に協力した、その事実だけが残る。ヤガミは自分が実体のない影になったような気分を振り払いながらも、正に影のようにさり気なく動いて、はるかの側へと身体を滑らせた。

「……はるか、今の内に出るぞ。」
「えー、せっかくのかんどー的瞬間なんだから、もうちょっと見物……。」
例によって我が侭を言い立てようとしたはるかは、ヤガミの顔を振り返って、ふと言葉を途切れさせた。自分がその時どんな表情をしていたのか、ヤガミ自身にも分からなかった。ただはるかは、一瞬だけ真顔に戻ると、次の瞬間には泳ぐような滑らかさで歩みを進め、ヤガミの傍らへと駆け寄った。そして躊躇無く、やや強引な程の勢いでヤガミの腕に自らの腕を絡ませると、それにぶら下がるようにして下から見上げ、にこりと笑ってみせた。
「うん、行こっか。」
その変わることのない明るさに、一瞬ヤガミは言葉を失った。それから、苦労して自分の中から言葉をかき集めて、ぽつりと呟きを返した。
「……観覧車に、乗らないとな。」

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