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2011年8月25日 (木)

俯瞰

鳥の眼の如き高みから眺めて
初めて
見えてくるものもある
少女まんがにあるまじき
暗い闇、とか

例え生死の瀬戸際にあり
助けるためなのだという大義名分が
成り立つとしても
生きている人間の脳だけを
摘出するなどということが
倫理的に問題にならない訳がない

それを合法化するのなら
本人に確認が取れない以上
家族に同意書を書かせるしかない
つまり
見捨てられたのだ
弟と同じように
実験の成功は報道されても
プライバシーの部分はどうとでも隠蔽出来る
まして
技術の確立されていない
不可逆の状態だ
生存は期待されても
「生き延びる」ことは
機能的にも
精神的にも
最初から想定されてはいないだろう
世間的には
死んだことになっている
それが
親友の登場できない理由

同じ条件を適用し
1129というナンバーが
連番であるのなら
相当数の失敗例が
闇に埋もれている筈
その被験者の第一条件は
身寄りのない事故死者だろう
または
犯罪者
例え実験が成功しても
法的裏付けが取れなければ
それが公開されることは
ないのかもしれない
単純に生存反応がありさえすればいいのなら
人型戦車の生体脳パーツの技術は
実用化までされている
逆転するのなら

たまたま、家族の同意が取れたから
初と大っぴらに宣言できたのが
典子の症例だ

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