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2011年9月19日 (月)

manda_la

 

別に大仰な物理法則を持ち出すまでもなく
 
「集団」にとっての意味解釈なら
 
書き換える技術は普通に存在している
 
簡単に出来るとは言わない
 
だが決して出来ないことではない
 
誰かさんの得意技だろう
 
大仰、という意味では
 
同じようなものだが

 

方向性によって
 
色んな言葉で呼ばれるだろうが
 
一番分かりやすいのは
 
つまり、煽動だ
 
ペテンや吊り棚でもいい
 
書き換えられた人間が最終的に満足なら
 
それでも構わないけれど
 
通常これらの技術は
 
人を欺き陥れる為に使われる

 

つまりそれが
 
集団の合意事項としての「おおやけ」の感覚だ
 
憑坐はパブリックの器として機能する
 
貴方方にどう見えているのか知らないが
 
私にとっては、実在に準ずる当たり前の感覚でしかない
 
だから私は、普通に彼を見ている
 
ただそこに在るだけの時にも
 
その姿が闇に染まる時も
 
そして光に染まる時にも
 
スケープゴートだって
 
ちゃんと
 
集団の為のカタルシスの機能として
 
エレガントに記述されるだろう
 
しかしそこに
 
個の悲しみが存在する余地は無い

 

憑坐でありながら
 
個の視点を守って否と叫ぶものは
 
異形の中の異形
 
竜の中の竜
 
災厄を喰らう災厄だ
 
個でありながら全であり
 
全でありながら個でもある
 
第三の眼を見開くもの
 
畸形の中の畸形を意図的に育てることが
 
本当に可能なのかどうかは
 
私も知らない

 

だが
 
自分以外の全てが
 
無明の闇に沈んだ只中でも
 
行方を指し示すそのちからを欠いたままで
 
因果律の糸を巻き戻すような術を手に入れたら
 
どうなると思う
 
失敗したら
 
リセットしてやり直せば良い
 
そんなことを繰り返せば
 
どんな流れもやがて澱んで
 
前へと進むちからを失うことになるんじゃないのか
 
頭も手足も自分も無い
 
引きこもりの微睡みの中で
 
何処にも進むことなく
 
丸くなって眠り続けるのが
 
貴方方の望みなら
 
かつて貴方方がさっくり見捨てた
 
その因果の通りの騙し絵が
 
跳ね返ってくるだけのこと

 

私は別に自分の好みで口喧しく作法を言い立てているつもりは毛頭無い。 克服が必須であろうと考えられる課題を指摘しているだけだ。見過ごしてどうにかなるだろうとシミュレートすればそんな程度のことなら何とか我慢して放っておく。我慢も別に無尽蔵な訳じゃないんだけどね。

だが、アイドレスはそれらの問題を少しも消化することなくここまで来てしまった。これから自力で挽回する見込みも無いだろう。この状況をどうするつもりなのかと聞いてるんだけど。でも、こんなものは大した問題じゃないと貴方方が判断するなら、それもまた貴方方の自由だな。

因果応報など結局はまやかしだ。これを物理的に打ち破ることが出来るか否か、それがスピリチアダンスの鍵になる。アイドレスは、真のアイドレスになれるのかな。

 

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