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2011年12月22日 (木)

ばらんす

人の心は世界の為の道具じゃない

汲めども尽きぬこの奇跡が
何処から来るのかは誰も知らない
でも
豊かな水を湛えて
大河の始まりとなる
女神の泉も
森が失われれば
やがて枯れる
そのように
汲み尽くせば
もしくは
隠されたその始まりが
失われれば
本当はこの奇跡も
いつか枯れる日が訪れる
それもただの事実だ

見ることも
聞くことも
触れることも出来ないのに
確かに
ここにある心の不思議
何処にも無いのに
そのために
命をかけてでも
そんな重さを産み出す
人の心は
人間という奇形の生き物の
最も狂った部分なのかもしれない
生き物の生死は
本来なら
個に属さない
無私に仲間を救う本能も
遺伝子の生存確率を上げるから
そう言えばそれまでのことだ
だから
魂の尊厳の為に
肉体の死を選ぶなどという行動は
生命の視座から言うなら
確かに
狂っているんだ
真空の漆黒の闇へと
望んで自らを投げ出すような暴挙
でも
それでも
この妖しの灯火をなくしたら
人は人として生きていくことが出来ない

だからといって
魂の為に
肉体を捨てろとか
そんな教義を
正しいとも思わないけど
どうして
そうまでして
勝ち負けを決めなくてはならないのか
私には分からない
どちらが偉いでもなく
対等であればいいじゃないか
バランス
この危うきもの
たんともんたの
その祈り
いつか失われた
完全なる対称の
その凍った秩序の代わりに
流れて
揺らいで
移ろい廻る
運命の環の鳴り響く
泣く風のような
その音

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