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2012年1月 9日 (月)

筋書き

ハッピーエンドが簡単?
そんなことが
良く言える

子供騙しのファンタジーでいいのなら
確かにそうだろう
だけど
現実を写す鏡になろうとするのなら

この世の中に
一体どれだけ
めでたしめでたしだけの生涯があるんだ
哀しみも
苦しみも
この慟哭の大地に満ちあふれている
それでもなお
ハッピーって言うために
どれだけの努力が
費やされてきたことか

どんなに悲惨な状況をお膳立てしたところで
その場に立たされた本人からしたら
それはただの
現実でしかないんだ
悲劇だろうが
喜劇だろうが
そんなことは
端から無責任に貼り付けたレッテルでしかない

結局は
作りごとの騙りごとだ
そんなことは分かってる
だけど
それでも
嘘にしないために
何故なら
ただそれだけが
向こう側の世界から
物語の力を持ち帰り
この現実でも振るうことの出来る
形無き剣を鍛える為の
たったひとつの理だからだ

悲劇のお膳立ての小道具として
キャラクターをおもちゃにするのは
私だって好きじゃない
だけど
その悲劇を目の当たりにして
それをどうやって止めるのか
その知恵を蓄え
その哀しみを
胸に刻んで
現実へと持ち帰ることが出来るのなら
涙にだって
その時始めて
意味はある筈だ
なのに
ご都合主義の権化でしかない
間に合わせのファンタジーで
絵空事のハッピーエンドで
何もかも誤魔化して
そんなもので満足だという
そんなことを繰り返すから
結局ファンタジーに侵食されていくのは
自分達の頭の中の方なんだ

私の求めるものが
畸形の物語であることは知っている
こんなハリネズミは
要らないというのなら
さっさと出て行くよ
そのようにして
たくさんの場所を追われてきた
そして結果的に
自滅していった集団を
私はたくさん知っている
だけど
延々と他人を道具として酷使し続けて
自分達は
ぬくぬくと自分好みの人形に遊んでもらって
それで満足だというなら
貴方方が手に入れるものは
何一つ無い
当然のことじゃないか
それが貴方方自身の選択だろう

私の敵は
一体誰だ

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