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2012年5月17日 (木)

神の物語

ナラトロジーという言葉を知って、それがスターウォーズに導入されていると聞いた時に、とても違和感があった。あれが、神話的であるとは、あんまり思えなかったからだ。といっても、最初の三部作ぐらいで飽きちゃったんで、最近のエピソードは知らないけど。

確かに、「妹」を着眼点とするエピソードの切り口から言えば、あれはとても神話チックなんだとは思う。でも、神話という言葉から、私はもっと人間の認識の根底を反映した構造を感じる。その観点から言うなら、あれだけでは、小道具の見た目に捕らわれて本質を外している、あまり上手くはないパロディにしか見えない。段々に物語を拡大していくにしたって、それが全体構造を描いていくのなら、あの世界の文明全体の背景として存在していなければならず、つまり最初から伏線や演出として組み込まれていないと、物語の未来へ繋がっていかない。世界観て、そういうものだよね。

ひとつの価値観が生まれて、その上下や善悪の矢印が決まると、その幹にどれだけのバリエーションを許せるのか、枝葉が拡がり始める。列伝が拡大しきって飽和すれば、次には群雄割拠が始まるだろう。その中からひとつが選ばれて、またやがて英雄列伝が始まる。そういう世界の歴史全体の中で、種族があって、それぞれに個性的なメンバーがいて、価値観が交流したり融和したり争ったりしていて、私は、指輪のそういう構造こそが神話的なんだと思っていた。あそこまで壮大な構造を描くのは大変なことだけど、ポイントをピックアップしての軽量化は可能だよね。その場合、例え物語の表面で見えていなかったとしても、世界観設定の規模は神話的スケールと何ら変わることがない。そういう意味で言えば、カードゲームのバリエーションや、センターバトルの方が、よっぽど神話的なんじゃないのかな。

問題なのは、互いの個性を許しあったら、それでいいのかということだ。骨肉相食むのを、良しとしたくはないと思う。でもそれは、演出としては、本能的に美味しいところだ。だからつまり、骨肉相食むことそのものにも、機能があるんじゃないかと思うんだよ。これを中和したら、最初の矢印が分解されてしまう。それでは前へ進めない。でも枝葉を永遠に拡大しようとしたって、どっちにしても前へは進めないね。必要なのは、適度に歯車を噛み合わせる能力だ、違うのかな。アイドレスは、決定的にこの能力を欠いている。構造欠陥じゃないのか。

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