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2012年10月24日 (水)

カミの粒子

粒だけど、粒じゃない。予言というと、マスコミ的にはかっこよくて受けがいいのかもしれないけど、仮説を提唱してそれに沿った罠を仕掛けでもしなければ、眼には見えない世界から証拠を探し出すことなんて出来ない、そういうことだよね。でも、標準理論が捕捉されたとしたって、まだまだ先がある。

第六世界は約三千に分裂させられたとされている。でも同時に、質量保存の法則は問題なく成立している。空間に存在する素粒子に対して、ヒッグス粒子は質量という相互作用を与えると仮定されているけれども、それを伝達するのはまた別のゲージ粒子である重力子グラビトンになる。だから、質量総量のオリジナルとしてのヒッグスは単一に保存され、それを転写するグラビトンが他のゲージ粒子との交点に異なる像を結んでいるのなら、その姿は様々なバリエーションを持ちつつ共存することになるんじゃないのか。

「質量」という用語は、色んな異なる側面を含んだまま混乱している。簡単であることと、分かりやすいことはイコールじゃない。シンプルな公式が本当の意味でエレガントなのは、その背後に横たわる膨大な試行錯誤が、全て小さな公式に集約された、その集積度を知っていて初めて認識される価値なんじゃないの。情報を小さく分割すれば、単純という意味では簡単になるけれども、その周囲に手を繋ぎながら存在している意味の連携から切り離されたら、結局本質は分かりにくくなってしまう。その分かりにくさ、混乱こそが、世界を分割する壁になる。少なくとも、世界の内側からは、壁に見えるのかもしれない。理解を拒否する引きこもりの壁だな。でも世界の外側から本質を看破する眼を持つ存在を敵に回した時、そんなものが防壁になるのだろうか。

第六と第五もかつてクロスしていた。そして、それぞれの世界内における主導的な可能性の進路によって、離れたとされている。だが一方で、第六が分裂した原因は、そのパラメータが様々に姿を変えていくことに起因するもので、さらにその現象は、基本的に第五の可能性を導くのと同一の存在によって引き起こされるものだ。可能性というパラメータから見た時、状況対処力の根本となる多様さは、大きな潜在力に他ならない。三千に分割された世界の多様性を凝縮した、第五側との結び目に存在する可能性は、巨大なものになるだろう。その多様性のポテンシャルを否定したら、第六との軌道はやはり離れることになるんじゃないのか。だからつまり、ファンタジーという側面からだけじゃなく、一人の異能のヒーローが登場して、その強大なちからで無理矢理めでたしめでたしのルートを選ぶということは、他世界との協調軌道から離れることを意味するのでは。

でもだからといって、人類が他の生物種を圧して、地球上の生命体ピラミッド頂点に君臨する存在であることは、最早動かし難い事実でしかない。帝王たる座を自ら降りて、みんな一緒がいいなどと、高貴なる義務を放棄するようなことをすれば、結局人類は最も脆弱な種族に成り下がることにしかならないだろう。帝王でありながら、暴君ではなく、民と手を取り合いながら共に進む、そういう道を探すしかないんじゃないのか。

一方の第六にしたところで、分割の多様性を許容するにしても、他のゲージ粒子との協調を考えれば、トップを取る世界はやはり、兄弟達の物理法則的な多様性の、最大公約数となれるような性質を持っていなければならない。そうでなければ、多様性はやがて失われることになるだろう。みんなが共に生きられる未来へと続く扉の鍵を開く、クッキーを渡すべき相手は誰だ。

オリジナルヒューマンの遺跡に残されていた聖なる銃は、世界の壁を越えるための武器だ。オリジナルヒューマンがやってきた世界に由来し、オリジナルから転写されたパラメータを検出して、いったん消去し、無名世界の別の可能性へと書き換える。まあ、確かに、形態が銃の形をしているとは限らないだろうけど。17番目の銃を手に入れたら、質量を持つ全ての素粒子の秩序を幕下に置くことが、出来るかな。

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