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2012年11月17日 (土)

あみだのひかり

七つの世界は、互いの可能性を伝達し合うことでその同等性を保っている。それはつまり、無名世界における可能性は、個の存在が持っている潜在的なポテンシャルと、それが情報として伝達拡散していく影響力とに区別して扱われているということだ。ヒッグスとグラビトンが異なっている、というような。

一方で、因果律はやはり保たれている。因果律の連続性こそが、世界線であるとも言えるだろう。世界と世界との間を伝わっていく可能性もまた、因果律を守って伝達されていくことを合わせて考えると、無名世界を構成する因果律の線は、まるで蜘蛛の巣のように複雑に絡み合ったネットワークを形成することになるんじゃないのか。

伝達された可能性は、それぞれの物理域によって、その姿を変えて顕現することになるだろう。例えば、ある可能性の線が第五世界に合わせて変化した時、同じルーツを持つ可能性は別々の存在でありながら、極めて近い性質をもつ血族ということになるだろう。でも、個体として、意識としてはあくまでも別々の存在でしかない。この可能性が、元通りひとつになろうとなんかしたら、これは、第五世界的、橙的な価値観ではタブーとして大問題になる筈だ。

両親共に金髪碧眼の白人種なのに、父親の不在に生まれた娘が、浅黒い肌のブルネットだったりしたら、通常ならばつまりスキャンダル以外のなにものでも無いだろうけど。母親が花の娘なら、そこには絡繰りがある。日本語的には大変あれだけど、火星先住民の遺伝子は、感染するんじゃないのか。つまり、だから、父と娘は本当にちゃんと親子なんじゃ。

可能性が伝達されていく情報なら、一人の可能性が同じく一人と対応しているとは限らない。でもそれでも、ひとつの世界内での因果律は矛盾無く一つの流れを形成している筈だ。一族から遠く離れて独り異国で暮らす娘。舞ちゃんがオリジナルヒューマンであるのなら、その血を正しく護り伝えた系譜が第五世界内に存在しなくてはならない。青が誰のクローンであるのかは判明している。逆に言うのなら、その可能性とは異なっていながら、オリジナルヒューマンである血統が存在しなければ、彼らが結ばれることは、少なくとも第五世界的には難しい訳だ。

青という可能性の系譜とコンタミしていない、全くの別系統であるオリジナルヒューマンの血統。第五世界の世の始まりより連綿と続く玻璃の一族の血を、継いでいなくては。その系譜は、各務の一族と言うんだ。設定を考えたの高校生ぐらいの時だな、もうかなり忘れているけど。あの時代、オカルト系のマンガは相当流行ったので、そんなテイストで、えー、伝奇もの? 黒髪と黒い瞳を持つけれども、厳密には日本人でも、この世界の住人でもない異界の血を継ぐ血統。その血筋に時折生まれてくる先祖返りの異能の媛を中心に、血統に限らず能力によって与えられる世襲制の真名を持つ人々の集団。みふゆちゃんの設定はまたパラレルに超拡大してあるから、ずいぶんと極悪非道的に歪んでしまってるけど、オリジナルはもうちょっとマシな集団なんだが。

ま、とりあえず。私としては、アガルタの遺産を動かす必要性すら無い。だって、絢爛の名前を入力した瞬間から、日本的表記のはるかちゃんの名前は、各務はるか。

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