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2012年12月31日 (月)

めんえき

防衛反応
自己と非自己
じゃあ
抗体と抗原

勝っても負けても
世界の行方が変わらないなら
勝たなくてはならない必然性は
私には無かった
でもそれは
彼女にとっても
同じだった筈だ
私怨と
だったら
その気持ちが解き放たれたなら
ラストバトルなんて
要らなかったんじゃ

そして
さらに言うのなら
これまでの戦いの全てにおいて
その構図は変わらない
戦わなくてはならないかのように見えるのは
物語の枠組みによる
錯覚であって
刃を交える個が
戦わなければならない理由なんて
いつも、無かった
つまりは
代理戦争でしかない

免疫反応
集団全体を守るための
非自己の排除
だけど
勝ったからといって
英雄になれる訳じゃ無い
抗原の侵入に反応して
形成される抗体は
多くの場合
抗原を無力化した後
抗原と一緒くたに排除される
移動存在
指標として集団を牽引するものは
外の存在で無くてはならないだろう
秩序の範疇を逸脱したものとして
忘れられ続ける特異体
でも

移動存在だからこそ
登ることが出来るステージがある
世界の何処にも存在しない
その磯城における「死」が
他の世界と同じ意味を持つとは
限らないね

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