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2013年1月 8日 (火)

くらーけん

で、出た、竜の三角に、りあるイカちゃん…触腕切れてるということはやっぱ八本足…第六では多少問題あるのか…ま、それはそれとして。
最近のNHKは、特に科学的考証レベルに問題あるケースがかなり見受けられるので、そこのところはきちんとして頂きたいものだ。説明の簡略化以前に、分野の基本用語すら理解出来てないとすると、それは制作姿勢そのものに問題があるとしか思えない。業界用語会話は、何と何が結びついているのかを捕獲するという意味では、連結ルート探索の冒険そのものな訳で、慣れれば結構楽しいと思うのだが。

さて、マタタビ疑惑の人物は…り、理性的? あの超絶慇懃無礼嫌みったらしい言葉が? 顔についてはノーコメントにしておくけど、私はあの人物の話し方が、鳥肌が立つ程嫌いなんだけど。まあ政治家なんだから、あれもある種の武器として、仕方がないにしてもだ。加えて、あの声が、個人的好みとして、嫌なんだよね。マイクに入る音域に特化して発声してる、駅員さん達と同種の声じゃないのかな。興奮してるというか、ガラスを引っかいてるみたいに不快なんだが。普通の人は感じないものなんだ。

にしても再出発の方々は、中身皆無な相変わらずの上滑り演説からしてちっとも反省見られないじゃない。前政権の人材不足は、確かに内閣を、というか第一党を維持するのには行き詰っていたと思うけど、幕引きだって最後の砦を守るためには、苦しい中でもまだしものタイミングだったんじゃないのかね。雪崩のような負債と苦しい局面と足を引っ張る人々をぶら下げた慣れない土俵で、予想外に健闘したと、お姉さまと意見が一致。前任にしたって、あの大災害を目前にして大声出し続けたことだけは、評価してもいいと私個人は思うんだが。空気読めない脊髄反射のアジテートでも無いよりはまだマシという局面が存在するということには、私も異論はないですよ。そもそもの中身が無いとか、最後の固執っぷりとかとしては、地元の方に同意するしかないけども。で、その前は…置き土産をどうするんだ。国際政治のステージで、国家元首がした公約が達成出来ませんて、通るものなの? お金が払えなくなった日本の国際社会における存在価値とか、そういうシビアな自覚を再考すべき時期のような気がする。

付加価値という武器は、実際消費型経済の土俵では有効な武器だと思う。でもそれは今、過去の標準になりつつある。付加とは確かに、大元の幹が揺ぎ無く確立していることを前提に、小手先で儲ける手法でしかない。きちんと生産に携わっている方の意見こそが、やはりしっかり現実を直視して正しかったな。ポピュリズムにやられてFDAすら翻弄された過去を教訓に、己の主張を守り、伝えるためのレポートを。南アフリカという国が、これに手を上げることの意味。39戦全敗のPCB処理施設をこれからどうするのか、安全管理がほぼ完成している案件で暗礁に乗り上げているようで、これから廃炉という長過ぎる後始末をどう軌道に乗せていくのか、そういう課題だね。TPPは、参加しないならしないで、その代わりに始まるであろう非関税障壁攻撃にどう備えるのかのプランを出して欲しいというのが、切実なんだけど。ならず者と一緒くたに規制の網の中に入れられてしまったら、日本の中小規模生産なんてどうやって生き残るんだ。らでみたいな管理システムを、全国津々浦々の生産現場に導入出来るのかね。

ワープロ時代の末期を体験した時から、ずっと考えていた。文書作成と簡単な表計算で、オフィスワークのかなりの部分は事足りる。文書作成に特化したなら、あの時代のPCよりもワードプロセス専用機の方が、遥かにマシンとしての完成度は高かった筈だ。PCにしたって、富士通の独自OSに乗っかった事務処理用パッケージは、物凄く使いやすかったのに。でも、あの時代のしょうもないDOS/V機に駆逐されてしまった。

良いものを作れば売れるというのは、製品がきちんと評価されて、そういう性能を要求する人が存在して、始めて実現することだ。色んな機械をきちんと使いこなしてレビューすることの難しさを考えたら、正確な製品比較評価なんて、ほっとけば世間様に浸透しているような、日本における湯水のような代物ではない。その機能を期待されるのは、マスコミということになるのかもしれないけど、そういう人々だって経済という網の目に絡まってしまってるんだし、やっつけでいい加減だって、たくさん売れるものに飛びつくことは避けられない。単純に能力としてだって、言ってしまうと、仕事として使うことが出来ない人間がライターをやってたんじゃ、とても望めない気がする。

そもそもの話として、PCなんて、性能を要求されて登場した商品ですらない。プレゼンソフトがどんなに綺麗になっても、元々の伝達内容についてきちんと表現できてるスライドは、それ程多い訳じゃないし、作家レベルで文章をブラインドタッチしたり、会話と同じ速度でメールの送受信したりする人材は、あんまり普通の会社でビジネスパーソンはしてないと思う。そこそこの機械が求められている市場に、玄人好みの製品を出しても、たくさん売れることはないだろう。結局、高性能の良い製品ではなく、そこそこの機能を求めるそこそこの人々を相手に大商いをしようとしたら、必要なのはイメージ戦争でしかないんじゃないのか。その上だ、本当に、これから日本の生産現場は、良い製品を作り続けられるのか?

「良い」って、何だろう。便利って、高性能って、何だろう。ぐるっと回って戻ってきたのは、価値という戦場だ。正しい評価を共有するということは、厳密な証明基準を作ることのように日本人は考えがちだけど、これだけ放射線障害について取り沙汰されている毎日において、「発ガン性物質」ってどういう意味か、そんなことを共有するさえ覚束ない。捏造し放題の無法地帯のようなものだ。必要なのは、共有の方法論じゃないのか。納得を、理解を取り付ける、そういう能力。コンテンツの現場、知的財産の現場、製品開発の現場、みんな同じ課題を抱えている。そして、アイドレスも。それはたぶん、相互構築というものに、なるんじゃないかと思うけど。

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