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2013年2月17日 (日)

くろすぽいんと

無名世界における可能性の伝達はあくまでも物理現象だ。だから、その意味付けの読み換えは可能であっても、その影響を回避するのは原則として不可能なことだ。悲しみの連鎖を断ち切ることが酷く困難であるように。

可能性がその世界内においてどのような現象として観測されるのかは、その世界線がどう描かれているのか、可能性伝達と世界線との交点によって決定されるだろう。つまり、ある世界のある位置にある可能性が伝達することが確定した場合。その結果として観測される現象は、不可避であるということになる。巨大な可能性の伝播が、あるキャラクターの存在として観測される時、そのキャラクターの存在を抹消することは、それこそ世界線をねじ曲げでもしなければ実現しない。逆に言えば、そういうキーパーソンの殺害に成功したら、世界線を左右することが可能だと、そういうことだ。

じゃあ、第五と第六を切断することは、本当に可能なのか。少なくとも、第五と共に歩んだ歴史を持たない第六が、分裂して論理迷宮を創り出すことは不可能だろう。併走の歴史を過去に持って、現在は分離していると仮定しても、そのまま単独で技術を進歩させ続けることもまた不可能なんじゃないのか。一方で、第六を欠いた第五が、成立し続けられるとも思えない。ホモ・サピエンスのジャンプ進化は、ツールの誕生無くして成立したりはしないだろうし、生き残るためには、もっと不可欠な相棒だということだ。

第四と第五が、二重世界であるように。第五と第六もまた、二重世界である筈だ。その交点に生まれ落ちることを定められたキャラクターの存在。なりそこないやかのものの引き起こす混乱とは、詰まるところ物理法則そのものの混乱であり、それをそのまま歴史の中で記憶しておくことは、おそらく不可能だろう。それを書き換えるということは、元々不定形のものに後付けで言い訳をこじつける程度のことでしかない。だから、かのものによる大災厄とは、その世界なりの別の現象として読み替えられて記録されることはあっても、物理域的に不可避であるような巨大な可能性をその中で消し去ることなんて、出来やしないんだ。逆に言えば、だからこそ、殺されたという情報を広く伝達しなくてはならなかった。わざわざ墓を作って、他世界へ出張するのと同等の措置だ。可能性が復帰すれば、存在は自動的に復元される。問題なのは、むしろ本人の記憶の方で、彼女を知る存在が彼女を殺害したという記憶を人々が共有しているからこそ、その完全な復活が成立する。唐国の魔術師を探しに行けば良かったんだろう。彼女が、全部を知っている筈だ。

行進が間延びすれば、かつて出来たことがどんどん出来なくなる。それを如何に維持するのか、後退ではなく学習を前進させ続けるのか、そういうのも結局のところテクニックでしかない。この7年で私が学習した伸び率と、他とを比較してみたらいいだろう。自分の記憶から瞬時にそのままを復元させるなんて、普通は不可能なことだ。私にも出来ないね。このまま余分な時間をかければ、もっと復元率は落ちる。結局、一歩進んで三歩後退ぐらいで終わるんじゃないの。

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