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2013年4月 4日 (木)

獅子の日

 

 

***   活色の航路3   ***

 

「ねーねーウィッカ、禁酒令が出ちゃったんだって?」
「えっ、どうしてエノラがそんなこと知ってるの!?」
「だって、みんな噂してるよ。ニャンコポンとか、ネリとか。」
「あー、もー、みんな面白がってー。どうせ適当に有ること無いこと、くっちゃべってるんでしょーが、もー。」
「ええっと、じゃあ本当のところは何があったの?」
「そんなの私も知らないもん!!」
「???」

ハンガーに響くはるかの声を聞きながら、さすがのヤガミも、多少の後ろめたさを感じて密かに首を竦めた。はるかが例によって、酔っている間のことはほとんど覚えていないのをいいことに、一方的に艦内での禁酒を言い渡してしまったヤガミだったが、それが八つ当たりでしかないという程度の自覚は、辛うじて残っていたのだ。

それに加えて、はるかには弁解のしようがないのを尻目に、常時ゴシップのネタに飢えている夜明けの船の情報網が、適当な尾ひれを付けて話題を一人歩きさせている状況は、ヤガミにとっても、あまり歓迎すべき事態ではなかった。酔って暴れたぐらいの脚色で済んでいる間は良かったが、年嵩の女性陣が特定分野に対して発揮する、それこそ超能力的な勘の良さに掛かったら、うっかり本当のところを暴かれかねない。ヤガミは覚悟を決めると、煮えたぎる鍋に自らの手を差し出すような心境で、ブログラム調整をしていた希望号の操縦席から、のろのろと立ち上がった。

薄暗いコックピットを這い出して、ハンガーの赤みを帯びた照明の元へと姿を現したヤガミに向かって、ジト目のはるかと、不思議そうなエノラの視線とが交錯する。反射的に意地悪の追い打ちをかけたくなってしまう自分の手綱を、何とか引き締めながら、ヤガミはむすりとした声音を絞り出すのに成功した。
「…どうせ普段は飲まないんだから、実害はないだろう。」
「飲まないのと飲んだら駄目なのは全然違うでしょーが。ていうか、自分が何をしたのかも知らないのに罰を受けるなんて、納得いかないし!」

詰まるところはるかは、自分が何をしでかしたのかの説明が無いことにむくれているらしい。ヤガミは、大多数の人間よりも回転の速い頭脳を無駄に活躍させながら、出来るだけ自分に有利な状況設定を弾き出した。
「……別に何をした訳でもないし、罰でもないからな。」
「えー、何なのよ、それー。」
「単なる安全措置だ。あれしきの酒でばたばた倒れられたら、始末に困る。」
「た、倒れたの、私?」
「…倒れかけた。デスクで眠りこけてスツールごと倒れたいというなら、止めないが。」
「えー、それはちょっと危ないねー。」
「本当に何も覚えてないのか。」
「…デ、デスクで寝ちゃったのは、ちょっとだけ覚えてる。それから、みふ、えっと、CBの話をして、それで…。」
「そのまま、また寝た。放っておいたら椅子ごとひっくり返りかけたので、BALLS達に部屋まで搬送させた、これでいいか。」
「うー、ごめ…。」
「一瞬目を離した隙に爆睡してたぞ。あんな調子では、大丈夫なつもりで立ち上がった途端に酔いが回って倒れる、一番危ない酔っぱらいだ。」
「うーん、しょうがないねー。体質に合わないって、諦めれば、ウィッカ。」
「あー、ええとー…。」

ヤガミに命令されれば、あれこれと言い返したくなるはるかだが、エノラにまで心配そうな口調で諭されては、さすがにそれ以上駄々を捏ねる訳にもいかなかったらしい。ハンガーの床にだらしなく座り込んで、大量のプリントアウトを周囲に広げていたはるかは、その山を言い訳がましく掻き回しながら、唇を尖らせてぼそぼそと呟いた。
「いいもん、お酒なんて飲めなくても、ヤガミみたいなアル中じゃないから、別に困らないし。それより私は、こっちの方が大変なの。」

はるかが散らかしていたのは、ヤガミがパイロット達に新しく課した訓練マニュアルだった。新たな飛行隊員としてマイトを加え、RBレースを目的とした訓練を開始するにあたり、公平を期すとの名目で、隊員全員に対して新規のメソッドを言い渡したのである。ヒントになったのは、やはりはるかの何気ない一言だった。

戦闘を目的とした訓練では、多少の動作ロスよりも、臨機応変な対処能力が要求される為、RBの厳密なコントロールがそれほど重視されることはない。しかし百分の一秒というような僅差で勝敗が分けられるレースの世界では、如何に無駄を削ぎ落として最少のタイムを叩き出せるのかが勝負の分かれ目となる。勝ち負けよりも、自分の動きを制御することに訓練の主眼を置けば、マイトやイイコが実力を発揮出来るのではというのが、ヤガミの目論見だった。

逆にあからさまな抵抗感を示したのは、はるかとタキガワのベテラン組だった。勿論はるか達のレベルなら、決められた訓練パターン通りにRBを操るのに苦労するようなことはない。それでも、彼らのような生粋の戦闘パイロットにとっては、ターゲットをどう墜とすのかの選択肢は自分自身で選び取るべき領域であり、それに介入されることは、権利の侵害でしかないのだろう。

「まったくー、マニューバ連携の組み合わせなんて、どうして今更覚えないといけないのよー。」
「規定の動きを叩き込んで動作を標準化し、個々に対しても全体に対してもロスの回避を図るのは、軍隊の基本だ。」
「だって今まで、そんなのやったことないじゃない。」
「即席のパイロット養成カリキュラムでは、余裕が無かっただけだ。タキガワも、最初の訓練はそうやって始めた筈だろう。」
「そんな昔の事言われてもなあ。つーか俺の場合、正規訓練のずっと前からシミュレータで遊んでたしさ。」
「私は決められたパターンを覚える方が、馴染みやすいかなー。この課題だったら、私でももうちょっと出来るかも。」
「…そ、そうだよな。新しく覚えるには、やっぱその方が楽だよな。」
「あっ、裏切りものー。」
「少しはハンデがないと、マイトには不公平だろう。」
「う、それは分かってる、分かってるから頑張ってるでしょーがっ。」
「じゃあウィッカ、今回の入港は都市船へ遊びに行かないのね?」
「え、ええっと…。」
「…ドックの延滞使用料もまた上がってる。遅刻は勘弁してくれ。」
「あー、もー、いいわよ、勉強してるから!」

ハンガーに再び、はるかの声が響きわたるその合間を縫うようにして、扉の開く軽い油圧音が伝わった。笑いをかみ殺しながら、無意識にそちらへ視線を向けたヤガミは、躊躇いがちな足取りで入ってきたのが、白いドレス姿であることに気が付いた。ヤガミのその視線にさらされて、スイトピーが、まるで怯んだかのように足取りを緩める。彼女らしからぬ態度に、首を傾げたヤガミの横から、遅れて気付いたはるかが、明るい声を上げた。
「あ、お嬢だ、いらっしゃーい。今日はもう、都市船から戻ってきたの?」
はるかに声を掛けられて、スイトピーは意を決したようだった。希望号前の床に座り込んだはるかの傍らまで、堂々たる歩みで進んだスイトピーは、ちらちらとヤガミの方へと視線を送りながら、改めてはるかに声を掛けた。
「……あの、ウィッカ、お聞きしたいのですけれど。」
「ん? なーに、改まって。」
「…土岐という方を、ご存じですか?」

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