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2013年4月 9日 (火)

かちかちやま

つまり。全くもって他人事ではなく。

うっかりまぐれで一山当ててしまった稼ぎ頭に全社がぶら下がった紛れもないモノカルチャー経済で、現状その大黒柱が需要の低迷によって商品としての価値が終わろうとしている。二匹目のどじょうばかりを狙って無策に迷走した挙句、軒並みこけたと。それも、きちんと獲物を狙ってきちんと注力したのであれば、捕獲出来たかもしれないどじょうを、結局取り逃がしているのは、過去の栄光を廃し、覚悟を決めて身銭を切るだけの度胸も、勉強も足りてなかったと、そしてお手軽にリストラで切り刻んだ業務の歯車のゆるみが、火を噴いたと、それだけの話。

バブリーな時代に膨れてだぶついている経費は、ある意味社内資産なのかもしれないけど。有限で枯渇寸前なのは目に見えている。これが尽きる前に、スリムでタイトな、未来へと前進するサステナブルなシステム構築をしなくちゃならないのに、それに必要不可欠な人材の育成は、着手すらされていない、ていうか、優秀な人材から逃げますな、危険な気配を察して。無駄を削ぎ落としてるつもりで、未来への芽も削いでいる。枯れ木裸木に花は咲かない、普通はね。ひとつの花を咲かせるためには、根も幹も葉も必要で、それが無駄に見えるようになったら、未来への可能性はそこにはもう存在出来ないだろう。

でも、別にこれは、我が社の憂鬱であるばかりでなく。結局、日本経済という巨大な生き物全体の、共通の病なんじゃないのか。

我が身を自分で喰らいながら進む苦しい旅に必要なのは、ファシリテート一点賭けのような気がするけど。それでも時限性であることを避けられる訳じゃない。循環し続ける未来への適切な指針に基づく適切なファシリテートとは、詰まるところ、これまで有史以来行われてきた人類の試み全てを総括する難問ということだ。

だぶだぶの蛹を脱ぎ捨てたら。必要不可欠な器官しかもたないシンプルで美しい未来へと羽ばたくシステムに生まれ変わるなんて。そんな夢みたいなことが、出来るのかな。

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