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2013年4月13日 (土)

ゆーりーずないと

 

 

***   活色の航路4   ***

 

「とき?」
きょとんとした声を上げるはるかの表情を見て、スイトピーは、人形のように可愛らしいその容姿には全く似合わない、難しそうな顔付きで眉根を寄せた。口元に手を当てたいつものポーズで腕を組むと、ちらりと再び、ヤガミへと視線送る。思わせ振りなその仕草に、こちらもまた反射的に難しそうな顔になるヤガミには気が付きもせず、はるかはもう一度のほほんとした声を返した。
「うーん、ちょっと思い当たらないんだけどー。どんな人?」
常とは違うその様子に、気が付いているのかどうか、少なくとも全く頓着するつもりがないらしいはるかの返答を聞いて、スイトピーは決心を固めたらしい。ふうと息を吐いた彼女は、きりりとした表情で話し出した。

「…先程、都市船から艦へと戻ってくる途中、ドックのゲートで声を掛けられたの。黒髪に黒い瞳の、眼鏡を掛けた東洋系の若い男性です。」
「えー、だって別にー、お嬢は都市船へ出る度に、あっちでもこっちでも色んな人に声を掛けられてるでしょ? なんか何処かの偉い人とかー、芸能スカウトの人とかー。」
「そういう話ではなくて!」
面白がって混ぜっ返しているはるかに、ぴしゃりとした口調で言い返しながら、スイトピーはもう一度ちらとヤガミに向かって視線を投げた。そして、若い男という単語に反応し、無意識のまま剣呑な顔付きになっているヤガミを確認して、案の定と言いたげに微かに頷いてから、言葉を継いだ。

「ドックのチェックゲートの直ぐ外にいて、ここに入港しているのが夜明けの船だと知っているようだったわ。この艦に、はるかという人物が乗っている筈だから、伝言を伝えて欲しいって。」
「伝言?」
「そう、土岐という名前に覚えがあったら、会いたいそうよ。」
「んー、そう言われてもー。とき、うーん…。」
「……随分怪しげな話だ。はっきりとはるかのことを名指ししたのか。」
はるかの反応が今ひとつなのを確認してから、ヤガミは低い声で会話に斬り込んだ。自分としては有りっ丈の理性を動員して冷静な声を作ったつもりでいたのだが、その無表情で冷たい声の響きに、傍らのエノラとタキガワとが、反射的に身を竦めている様子が視界の端に映る。

スイトピーが都市船でナンパされているなどという話も、相手によっては捨て置ける内容ではなかったが、何と言っても彼女は、その手の輩をあしらうことにかけては場慣れている。火星においては知らぬ者など無いだろう名門貴族として生まれ、都市船を歩けば、それこそ老若男女を問わず道行く人々の皆が振り返る可憐な姿に恵まれたスイトピーには、周囲の注目を集めないことの方が余程難しいだろう。しかしその土岐と言う人物が、はるかの名を知っていたからと言って、それが本当に彼女の知己であるとは限らない。はるかこそが、火星の海に君臨した希望号のパイロットであるという事実に対して、文字通り国家機密並の情報統制を布いているヤガミだったが、何らかの手段でその名前に到達した者が、はるかを狙おうとする可能性は充分過ぎる程にあるのだ。エノラ達の反応とは正反対に、予想通りなのか、もしくはヤガミの乱入を待っていたとでもいうような余裕の態度で、その言葉を受けたスイトピーは、こちらも厳しい顔付きで言葉を返した。

「今更言われるまでもなく、もちろん要人狙いの手口なら嫌というほど存じてますわ。でも、ウィッカのフルネームを知っている人物が、火星に一体何人いるかしら。しかも彼、私に向かって、”シンフォリカルプスの姫君”と声を掛けたのよ。」
「……。」
「本当にウィッカの知り合いなら問題なかったのに。状況によっては、陸戦隊員に招集を掛けるべきなんじゃないかと思って。」
「え、陸戦て、そんな大げさなー。」
「ウィッカは緊張感が無さ過ぎるわ。ちょっと自覚が足りないんじゃありませんこと?」
「はあ、ごめんなさい…。」
「…その土岐という奴は、今何処に?」
「そのままチェックゲートの外に。たまたまマイトとイイコが一緒だったので、二人が付いていてくれてるわ。」
「MAKI、映像を回せるか。三人共だ。」
「<はい、そちらに表示します。>」

MAKIの情報収集能力であれば、既に顔データからの身元照合を始めている筈だったが、艦の若手クルーにその実力を知られたくないヤガミは、敢えて口に出しての指示はそれだけに留めた。次の瞬間、ヤガミが希望号の検査データを表示するのに使っていた、一番手近のモニターに、卓上サイズの人形のように小さな人影がリアルに浮かび上がった。スイトピーの言った通り、癖のない少し長めの黒い髪をした眼鏡の男が、柔らかな表情で傍らのマイトと談笑している。マイトも整った顔立ちをしているが、土岐というらしい黒いスーツ姿の男は、さらに輪を掛けて端整な顔をしていた。背格好はほぼマイトと同じくらいだが、もっと細身の、何処か中性的にも見えるしなやかな体付きをしている。その涼やかな笑みを見て、むっと唇を引き結び、思わず映像を等身大へと拡大するよう命じ損ねてしまったヤガミを余所に、はるかはじっと、小さなその姿を見詰めていた。ヤガミはマイトと、そして彼の後ろに立つイイコの表情に目を走らせたが、彼らの表情に緊張感は少しも感じられない。むしろ初対面の人間に対しては、人見知りするタイプである筈のイイコまでが、夜明けの船での様子のように屈託の無いリラックスした笑顔で会話に加わっているのだ。これをどう判断するべきかと、はるかの様子を横目で観察するヤガミを差し置いて、待ち切れなかったらしいスイトピーが声を上げた。

「どう? ウィッカ。」
「…ええっと、知らない人だと思うんだけどな…。」
「良く思い出して、本当に見覚えはない?」
はるかに向かって問い掛けるスイトピーの言葉に、何処か懸命な響きが混ざり込んだ。自らの身の安全に関しては、一向に真剣味の無いはるかだったが、例によって、そうした他者の気持ちの機微に関してなら、驚く程に敏感な反応を見せる。ことりと首を傾げながら、はるかはスイトピーに向き直った。
「んーと、この人、土岐って名前だけで分かるからって、そう言ってたの?」
「…それが、少し妙な言い方をしていたの。分からないのなら、それまでのことだって。」
「んー、それまでのこと…。」
「ホント変な言い方だな。誘き出すとかなら、もっとそれらしいことを言うんじゃねーの。」
「まるで、テストされてるみたいな言い方よね。」
「……あっ、ま、まさか…。」

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