« 幻の山 | トップページ | あんぶろしあ »

2013年6月 4日 (火)

転調理論

日本の音楽史において
 
平均律的な
 
移調という概念が輸入されたのは
 
明治のことであり
 
それは邦楽が
 
西洋音楽よりも原始的だったからだとか
 
言われたりもするのだが

私にはずっと
 
平均律の大雑把さの方が不思議だった
 
だって
 
移調したら
 
メロディラインの形は「ほぼ」同じでも
 
別の曲だよ
 
絶対音として音の高さが違うだけじゃなくて
 
音色が、違うもの
 
私の耳は
 
その差異を聴き分ける
 
純正調的なコーラスだって
 
移調すると
 
和音の調整は基本やり直し
 
そういうことを学ぶまで
 
違和感の正体が何であるのかは
 
知らなかったけど
 
どんなによく似ていても
 
やっぱり違う
 
でもそれを知っているからこそ
 
その僅かな差異を
 
際立たせて表現することこそが
 
転調の醍醐味じゃないかと
 
思う訳だ

広島や小笠原はともかく
 
何故、青森なのかは
 
確かに宿題だった
 
じゃあ落っこちた先が
 
妖精の谷だったりすることにも
 
必然性がある訳だ
 
何が同じで
 
何が違うのか
 
その醍醐味を繋ぐ
 
有り得ない内円
 
では
 
ありとあらゆる母神の胎を繋ぐ
 
その大いなる空ろには

誓いの真名を統べる
 
白き水晶の竜が住まうのでは

|

« 幻の山 | トップページ | あんぶろしあ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/143486/57511487

この記事へのトラックバック一覧です: 転調理論:

« 幻の山 | トップページ | あんぶろしあ »