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2013年6月23日 (日)

しんせさいず

どうして
同じ鋳型から造られたかたちが
あっちにもこっちにも
こんなに散乱していて
だぁれも気が付かないのか
その方が不思議なんだけど
…ほんとーに気が付かないのか

まあ
いいんじゃないですか
なかなか可愛いというのは認める
オリジナルが誰であろうと
キャラクターとして「立って」いて
世界として連環し破綻が無ければ
特に異存はない
…コンサル料ぐらい請求しても
バチは当たらないと思うけど
瘴気を浄化して
小綺麗な泉の魔女には
なれないかもしれない
私のような者が存在するのも事実で
その意味もまた存在するのだろう
私が個人として
遊びとして
それを楽しむのかは
別の話だが

それよりも、子供向けのゲームが無いかな。形が既に硬直化しているソーシャルっぽい会話なコミュニケーションではなく、それ以前の本能的な皮膚感覚の交流が出来るのがいいんだけど。出来れば、親と子が組むとか、プレイヤーの能力に差があっても、タッグで補佐出来るような、業務分担の仕組みがいい。ギャングエイジにおける感情のすり合わせトレーニングが学習出来てないというのが、発達障害の大きな原因のひとつなら、それを再訓練するようなシステムがあればいいんじゃないの。太鼓も面白そうだけど、合いの手システムがあったら、もっと楽しいよねという感じ。必要なのは、セッションの訓練だろう。あやとりや手遊び、羽根付き、ゴム跳び、どうしてそれが女の子の遊びとして根強いのか、そういうことにも意味がある。それは今後、痴呆予防あたりを目的とした高齢者向けのプログラムとして、必須の分野になる筈だ。

アイドレスでなくとも
世界が互いに鏡であることは
沈黙の理において
必然の事実だ
第5世界でオリジナルが必要なことと
第4の事情は
同じ形をしている筈
本来の意味での幻獣と
敵として登場する幻獣とは異なっている

では
それもまた
ある意味
治療されるべき
病なんじゃないのか
勝っても
負けても
熊本城戦は
実のところクライマックスであり
それに続く物語は
余波としての
エピローグなのでは

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