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2013年10月 9日 (水)

比翼の鳥19

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 パートナーシップ 32

 

 

***   パートナーシップ 33   ***

 

一方、ライラを着艦させた夜明けの船は、飛行隊が交戦中の大型母艦に向かって進路を定め、船足を速めて急速に彼我の距離を縮めていた。既に加速を始めている敵の増援大艦隊もまた、夜明けの船の背後を追尾するべく、進路の変更に向かおうとしている。このまま莫迦正直に直進して、万が一あの生き残りの母艦に頭を押さえられるようなことになれば、後方から無傷の大艦隊に挟み撃ちを仕掛けられるという、最悪の事態に陥ってしまう。かと言って飛行隊の苦戦を見る限り、件の大型母艦が一筋縄ではいかない強敵であることも事実だった。僅かなタイミングのずれを縫って、各個撃破に持ち込まなくてはならない難しい状況である。

自分の出撃後には、残り三機のRBを着艦させるよう、ライラからの進言を受けたエリザベス艦長は、逞しい腕をがっちりと組んで艦長席に沈み込みながら、珍しくも渋い表情で考え込んでいた。あの母艦と擦れ違って振り切るにしても、鼻先で急速反転を強行するにしても、実際、出来るだけ不確定要素は減らしておくべきだろう。これまでと同じような、単純な一戦の勝利だけを狙うのなら、それが無難で確実な選択肢であることは間違いなかった。

しかし、今回図らずも明らかにされてしまったように、あの大型母艦レベルの、艦船運用に長けたシールドシップを標的とするのは、やはりRB隊では困難な課題なのである。飛行隊全体の戦闘力増強を印象付けたかったこの作戦の戦略目標としては、下手に安全策に流れれば、状況判定にはマイナスになってしまいかねない。クルーの命と、目には見えにくい大局的戦果とをどう秤に掛けるのか、その厳しい選択を見極めようと苦慮するエリザベスの傍らに、ついと音も無く長身の人影が歩み寄った。

「…艦長、よろしいかな。」
抑えた声ではあるが、断られるとは微塵も考えていないらしい親しげな口調である。さすがの彼女も決断に迷うこの苦境にすら、まるで動じていないマイペースな態度に、剣呑な視線をじろりと向けて浅黒い口髭の顔を見上げながら、表情と同じような剣呑な声でエリザベスは答えた。
「なんだい、サウド、この忙しい時に。」
「今でなければいかん。是非聞いてもらいたいことがあるんじゃが。」
「? なんで報告じゃないんだ、水測長。」
「ふむ、ワシの耳では確認出来んのでな。報告という訳にもいかんじゃろう。」

旧知の間柄とは言え、標準的な軍紀なら考えられないような言葉を返されたエリザベス艦長は、民族服を身に付けたサウドの長身をまじまじと振り仰いだ。気が付くとその背後には、半ば隠れるようにして、緊張の面持ちをしたミズキの姿が佇んでいる。他ならぬ水測員が二人が揃っての注進と気が付いて、エリザベスは居住まいを改めた。
「……聞こうじゃないか。」
「ほれ、ミズキ。」
エリザベスの言葉を受けて鷹揚に頷きながら、サウドは自分の背後からミズキを押し出した。しかし当のミズキは、不安げな表情でサウドとエリザベスの間に視線を彷徨わせて、口火を切れずにいる。
「言わなくてはならないことがあるなら、はっきりと自分の言葉で言いなさい、ミズキ。」

変わらず穏やかな、しかし揺るがない何かを滲ませた声で、サウドはそうミズキに向かって囁いた。深いその声音を聞いて、ミズキは一瞬、大きく目を見張ってサウドの長身を見上げ、息を止めて凍り付いた。かと思うと、次の瞬間くるりとエリザベスに向き直ったミズキは、堰き止められていた想いを解き放つようにして、一気に言葉をまくし立てた。
「RB隊と交戦中の敵母艦の真下、海底すれすれに、同じ速度で移動している大艦隊がいると思います。」
「なんだって?」
予想外のその内容に、思わず大声で問い返したエリザベス艦長を余所に、サウドは嬉しそうな笑みを浮かべながらも、機嫌の良い教師のような口調で注文を付けた。
「ミズキ、思います、ではないじゃろ。」
「は、はいっ。大艦隊がいます!」

決意を固めたようにそう言い切ったミズキと、満足げに頷くサウドとの間で、今度はエリザベスが、思わず視線を往復させてしまっていた。そして、無意識に立ち上がりかけていた自分にはたと気が付いた彼女は、浮き上がった腰をどさりと艦長席へ落として、呟きをもらした。
「……目眩ましの囮だって?」
確かに、目前には分かりやすい囮役をぶら下げ、海底方面に刺客を忍ばせる戦術は、前回ライラと飛行隊とで仕掛けた罠そのものである。シールドシップと交戦中の飛行隊には、海底方面にまで気を配る余裕はとても無いだろうし、飛行隊の攻撃という騒音が隠れ蓑になって、夜明けの船の水測による探査も、大変困難であることは疑いようもなかった。作戦として大いにある得ることは事実だが、水測という、非常に特殊な探査技能に関して、非凡な才能を見せるミズキとはいえ、経験不足は否めない。艦長はへの字に引き結ばれた口元を開きながら、サウドに質問を投げ掛けた。

「水測長が捕捉していないのに?」
「ワシはミズキを信じる。」
にこやかな笑みを崩さないままで、さらりとサウドが答えた。その確信のこもった返答に、深々とため息を吐き出して答えながら、もう一度腕を組んだエリザベスに向かって、サウドは至って冷静な言葉を続けた。
「艦長、ワシは狸のお出ましなのではと思うんじゃが。」
「狸?」
サウドの言葉に、反射的に不機嫌な返答を返してしまってから、エリザベス艦長ははっとしたように身動きを止めた。そして、一変してにやりと笑みを浮かべると、サウドの顔を見つめ返した。
「成る程。そうか、狸か。」
「うむ。」
「確かに、如何にも狸のやりそうなことだ。」
「そういうことじゃな。」

艦橋に居並ぶ誰もが、固唾を飲んで聞き耳を立てている真っ直中、二人だけに意味の通じる会話で納得してしまったらしいエリザベスは、すっくと背筋を伸ばして艦長席に座り直し、ミズキに向き直った。
「ミズキ、お手柄だ。水測担当を交代しな。」
「は、はいっ。」
「飛行長は再出撃のライラに、RB隊への作戦を通達。ライラと入れ替わりに補給着艦後、若手二人の再出撃は無しだ。ドランジは残す。タキガワ達を引っ込めたら、RB隊は二機体制で、夜明けの船の背中を狙ってくる敵本隊の長距離魚雷だけを始末すればいい。海底側に入り込むんじゃないよ。浮上方面後方に張り付いてれば、戦線離脱前の着艦タイミングは、こっちから指示を出す。操舵手は気合い入れときな。艦隊戦の勇猛果敢を見せてやろうじゃないか、頼んだよ。」
「はっ!」
「しかし、艦長…。」

気迫の篭もった太い声で、命令を飛ばし始めたエリザベスに向かって、身を捻って表情の無い横顔を向けたヤガミが、異議の声を上げようとした。しかし、そのヤガミを睨み返し、エリザベスは断固とした口調で命を重ねた。
「さっさと言う通りに伝えるんだ。いいね、あの不貞不貞しい母艦は夜明けの船の獲物だ。下手に手を出そうなんて考えるんじゃないよ。艦には艦の戦い方がある。海底から狙われようと、ちっちゃな人形を盾にこそこそ逃げるような、柔な腹だと思ってるのかい。」
「…了解。飛行隊に待避タイミングの通達を出します。」

 

 

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