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2015年1月15日 (木)

勇者

であれば。人の決戦存在もまた、未来に出現することになるだろう。

だが、その姿は、まだ定まってはいない。敵が集積として存在する以上、人の可能性全体がマクロレベルで変容するのなら、その集積たる決戦存在の姿もまた自在に変化することが出来る。というよりも、敵の姿そのものが、未だ定まっていないというべきかな。インフレーションという現象そのものは相似形で必須であったとしても、そのピークをコントロールすることは、可能な筈だ。

卵が先か、鶏が先か。どちらが、先なのだろう。人は己の似姿としての大いなる敵を、その目で見ることになるだろう。だが、集積の転写である以上、その出現タイミングは、原因となった行為の時系列とはずれている。未来なんて、何処にもない筈なのに。その巨大な敵が立ち上がる時、対峙しなくてはならない者達にとっては、現在として戦わなければならないその時には、敵の姿を変えることはもう不可能だ。だから、戦わなくてはならない敵は、未来にいる。

それが、人の戦いなのかもしれない。何処にも無くなってしまった過去を積み上げて物語を織り、そのずっと先に現れるだが未だ何処にも無い未来と戦う。非常に特異な多次元存在、そのようにして、三人にして独りの女神は手を取り合って立ち上がるだろう。では、その三叉の鉾は今はいずこに。

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