« I dress | トップページ | 斎酒 »

2015年2月 2日 (月)

いんぼるく

(2015/02/03 改訂)

 

***   活色の航路12   ***

 

MAKIの召集を受け、急ぎ足で駆け付けて来たのであろうスイトピーが、その軽やかな勢いのまま、ブリーフィングルームへと飛び込んでくる。だが、待ち構えていた予想外の面々が、一斉に自分の方へと振り返ったのを目にして、スイトピーは驚いた顔でその場に立ちすくんだ。大きなブルーの瞳を、さらに見開いた驚きの表情を眺めやって、予想と寸分違わないその反応に、ヤガミは思わず小さくため息をついた。

うるさ型を煙たがる若手や陸戦隊員あたりの連中にしてみれば、このブリーフィングルームは、譴責のために呼び出しを食らう場所でしかなく、近寄るだけでも鬼門のようなものだろう。だが、ポー教授やアンナ女史といった、火星政治経済の建て直しを任された錚々たる顔触れを相手にしても、対等に意見を述べられる知識と話術とを身に付けつつあるスイトピーは、最近ではすっかり、この場所で行われる艦内上層部会議の常連になっていた。そのブリーフィングルームに、召集を掛けた当人のヤガミはともかくとして、はるかやエノラ、タキガワ、マイトにイイコというハンガーの若手メンバーがずらりと顔を揃え彼女を出迎えたのだから、驚くのも無理はない。さらには、部外者である筈の土岐までも加わって、日頃緊張に張り詰めた静けさに支配されているこの部屋とも思えない混雑振りである。

しかし、瞬間で驚愕から立ち直ったスイトピーは、助け船に口を開こうとするヤガミの機先を制するように真っ直ぐな視線を向け、言わずもがなの質問をぴしゃりと叩きつけた。
「ヤガミがお呼びとお聞きしましたが。」
「…それは間違いじゃない。関係者一同を集めただけだ。」
「貴方も、関係者なんですの?」
返す刀と言わんばかりの素早さで、トピーの次の切っ先は間髪を入れず土岐へと向けられた。実際、この場所に最も不似合いなのが、彼であることは紛れもない事実だった。

しかし、欠片の容赦もないその鋭い口調に、今度はヤガミが密かに瞠目した。スイトピーの口調には慣れているつもりだったが、ここまでの手厳しい言葉遣いは、少なくとも最近の夜明けの船では耳にしたことがない。はるか達もまた、一様に驚きの視線でスイトピーを見つめている。だが、刃を突きつけられた土岐はと言えば、彼女の剣幕を意にも介さないような柔らかさで、優雅に頭を下げながらやんわりと言葉を返した。
「お呼びたてして大変申し訳ありません、姫君。」
「また謎掛けでもなさるおつもり? 本当に人騒がせな方ね。」

驚かされたことの腹いせでもあるのか、スイトピーは厳しい語気を緩める気配もない。とはいえ、つんと顎を反らして歩み寄ってくるその頬が、傍目にも分かる程に赤く染まっているのは、怒りというよりは、恥ずかしさによるものなのだろう。そんな照れ隠しなどお見通しだとでも言いたげに、動揺の気配すら見えない、鉄壁の笑みを浮かべた土岐の横顔を盗み見て、ヤガミは思わず、別の緊張に気持ちを引き締めた。

確かにスイトピーは、足繁く土岐のいるハンガーへと通い詰めてはいたが、こんな口調を耳にしたことは一度も無かった。警戒心の強い彼女にしては、非常に打ち解けて熱心に話してはいたが、あくまでも彼らのやり取りは、会話術のお手本のように洗練された言葉遣いを守っていたのである。だがスイトピーがこれ程手厳しい切り込み方をして、しかも土岐がさも当然のように全く動じていないということは、むしろお互いが承知の上で、周囲に遠慮して手加減していたということになるのだろう。何より、こんな話しぶりでも相手が機嫌を損ねもせず、瞬時に対応可能だとスイトピーが確信しているのなら、それだけ土岐を信頼しているという証拠のようなものだった。

スイトピーが土岐との第一次接触の時点で、どのような言葉を交わしたのか具体的に確認していなかったことを、ヤガミは今更ながらに後悔した。正直に白状するのなら、ヤガミ自身が土岐に振り回され、確認を怠っていたというべきだろう。然したる時間ではなかった筈のその時点で、もう土岐という人物は、彼女の信頼を獲得していたことになる。そんな信頼感を見せつけるかのように、土岐はきびきびと歩を進めるスイトピーへと極めて自然に歩み寄って、さり気ない仕草で、だが少しも迷わず、夜明けの船の旗を背負う議長席へと彼女を促した。さすがのスイトピーも、躊躇するようにほんの少しだけ歩みを緩めたが、次の瞬間には、まるで挑戦を受けるとでも言いたげに、きりりと唇を引き結んで土岐の前を通り過ぎると、優雅に身を滑らせてその椅子へと腰を下ろした。

「恐れ入ります。ですが、今回の役どころは情報提供者というところですね。」
「情報提供者?」
「ええ、私の情報が正しいか否かを判定するのに、スイトピー様の証言をお願い出来ればと。」
土岐のその言葉を確認するように、スイトピーの視線がヤガミへと向けられる。見事に卒の無い土岐の進行振りに、思わず苦い顔をしながらも、ヤガミは無言のままでスイトピーへと頷き返した。
「…一体何をお聞きになりたいとおっしゃるのかしら。」
「そうですね、マワスプの風習について、でしょうか。」
「風習? 何のためにそんなことを。」
「そちらにいらっしゃるミズ・エノラのために」

|

« I dress | トップページ | 斎酒 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: いんぼるく:

« I dress | トップページ | 斎酒 »