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2019年10月25日 (金)

狼のまつり

***   突発・みずめの桜   ***

「…な、なんだあの炎は…」
自分の身体から、大山猫のマントを引き剥がそうとしていた猟兵の手が止まり、茫然としたような呟きがもれる。その意味すら掴みかねている間に、男は突然、ぎゃっと叫び声を上げて背後へと尻餅をついた。

残ったもう一人の男との間に、風のように何かが走り込んで来る。次の瞬間、がつりと重い音が響いたかと思うと、男は蹴り飛ばされて宙を舞い、こちらも大地に叩きつけられて盛大な雪煙を巻き上げた。

転がったままの自分から見えたのは、薄汚れた灰色のマントの背中だけだった。二人の猟兵と自分との間に立ちふさがった人影は、低く押し殺したような女の声で、冷たく云い放った。
「…あたしの獲物に手ぇ出すなんて、いい度胸してるじゃねぇか。」

「ね、姐さん、そんなつもりじゃ…」
「顔は見たよな、まだ子供だろ。あたしの眼の届くところでは、兵隊じゃない奴には手を出さないって条件で呼ばれてるんだ、知らないとは云わせない。王様の証文を反古にするってんなら、ここで何しようとあたしの勝手だ。」

そう云いながら、女は流れるような身のこなしでマントを払うと、その背から細身の剣を引き抜いた。長剣と短剣の中間のような、反りのある見慣れない形の刃が、雪原よりも更に白く真銀の弧を描く。

反射的に後ずさって身を起こすと、及び腰で身を寄せ合う猟兵違が目に入った。一人は片頬を押さえた指の間から鮮血を滴らせ、もう一人は腰でも痛めたのか、顔を歪めて身を折り曲げ、自分といい勝負の情無い有様である。

「勘弁して下さいよ、姐さん…」
「ふん、そんなことより、あんたらが娘っこの尻を追いかけ回してる隙に、伏兵が出て魔法でまんまとやられましたって、たれ込んでやろうか。あの王のことだ、腕のニ、三本で済むといいけどね。」
「や、やっぱり、魔の炎か…」
「エルフの残党だったりしたら、猟兵どもは仕事してないんじゃないのかって話になるな。」

冷笑の響きさえ混ざり込んだ言葉を聞いて、猟兵達は一瞬顔を見合わせた後、あたふたと来た道を戻り始めた。その後ろ姿を油断無く見送ってから、女はようやく振り向き、身を屈めて自分の顔を覗き込んだ。だが、目の詰んだ分厚いフードの奥に隠され、その表情を伺い知ることは出来なかった。

「…綺麗な顔だが、女の子じゃないな。だが、エルフでもないだろ、自分から叫び声を上げて逃げ出すようなざまじゃ。魔法の巻き物を読む為に連れて来られたのか」
「な、なんでそれを…。」
「あんた達はみんな巻き物を持ってて、さっきのは獄炎の呪文だ。ああ、それどころじゃなかったか。お仲間が魔法をぶちかまして、猟兵を半分火だるまにしてくれたお陰で、誰かが手ごめにされないで済んだという訳さ」

変わらない低い声で早口にそう云いながら、女は無造作に手を伸ばして、撃ち抜かれた脚をぐいと掴んだ。忘れていた痛みが駆け巡り、再びの悲鳴が洩れるのを聞いているのかどうか、微塵も気にするつもりが無いらしい女は、懐から束ねた紐をとり出して手に押し付けた。

「それで傷口より上を縛って、止血しておけ。手荒でも良けりゃあたしがやる」
「じ、自分で出来ます!」
「それが賢明だな。いいか、森で迷子になっていた可哀想な女の子は、ここで死んだんだ。よーく覚えとけよ、魔法が使える子供とバレたら、さすがにあたしも面倒くさい。」

かじかんだ手で辛うじて引っ張ると、きゅっと小気味よい音がして、紐ははらりとほどけ手の中に収まった。凄惨な戦場にはまるで不似合いな、美しく手の込んだ紋様の組み紐から、ツンと鼻をつく涼やかな樹の香気が立ち昇る。

思わず、真意を確かめようと顔を上げた自分から、その表情を隠そうとするかのように、くるりと背を向けて女は再び立ち上がった。唇から零れた呟きが、風に紛れて切れ切れに届いた。

「…走リ出したりしなけりゃ、どうにかなったかもしれないのに」

 

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