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2020年4月24日 (金)

Full Gallop

 

眼下には、砂の海が広がっている。

細く開いたハッチの隙間からその海を眺め、変わりばえのしない光景へ殊更じっくりと視線を泳がせてから、彼女は、心底がっかりした特大の溜息をついた。しばらく前までは仲間達が周囲に展開し、忙しく働いて補給やら機体の整備やらを行っていたのだが、次々と出発した後に残されたのは、最早彼女だけである。

白い頬にハッチ際の曲線がくっきり刻まれるのもお構いなしに、だらしなく自分の顔を預けていた彼女は、やがて、砂漠から立ち上る蜃気楼を眺めるのにも飽きて、パイロットシートへと崩れ落ちた。居並ぶスイッチ類を器用に避けながら、ぐんにゃりとコンソール上に突っ伏し、何百回目とリピートしたひまーの台詞を呟く耳に、微かな通信回線の起動音が届いた。

今の今まで使い古されたぬいぐるみのようだった彼女は、その瞬間、別の生き物へと変化してみせた。爆速の反射神経を遺憾なく発揮し、シート上の姿勢を整えてエンジンのアイドリングをスタート、同時に機体姿勢を確認するパネルから、進行方向周囲のセンサーまでを視界内に把握して、手足は既にハンドルやアクセルを支配下に治めている。獲物を目前に待てを掛けられた猟犬のような目で待ち構えられ、画面の向こう側の彼女は、明るい笑い声を上げた

『千穂ちゃん、おへそ見えてる。』
「だって暑いんだよ、宮さま。砂漠のど真ん中に置き去りってひどいよー。」
タンクトップの裾をたくし上げ脇で引き結んだ姿では、コックピットの暗がりの中とはいえ、実際あまりにもラフな格好だった。規定のスーツはとっくの昔に脱ぎ捨てられて、シートの後ろに丸まっていたが、本来なら完璧である筈の室温管理を狂わせていたのは、他ならぬ千穂自身である。

『ハッチ開けたりしてるからでしょ、お肌が乾燥しちゃうわ。』
「あ、バレてた。せっかく砂漠なんて珍しいところに来てるんだから、気分も味わっとこうと思って。それより、ルート計算終わった? マップデータは?」
通信画面にすり寄るようにして問いかけたものの、画面の向こう側から返されたのは、完璧に美しく整った、曖昧な無言の笑顔であった。嫌な予感に引きつる千穂へと追い打ちを掛けて、宮さまと呼ばれるウェーブヘアの彼女は、微妙に楽しそうな返答を返した。

『んー、まだなの。もうちょっと。』
「ええー!?」
その言葉に打ち抜かれたように胸を押さえて、千穂は再びパイロットシートに身を投げ出した。瞬時に動かせる状態の機体をそのままに、ふて腐れて丸まっているというのもいい度胸だが、詰まるところそれは、自分の手足と同等にこの機体を操縦する、彼女ならではの技量そのものでもあった。

「ひどいよー、鉄砲玉に待機任務はひどいー。ぎぶみーごーさいんー。」
『鉄砲玉って、千穂ちゃん自分でそれを言っちゃうの?』
「だってホントのことだもん。パシリでも鉄砲玉でもいいから、もう発進しようよー。」
『いい子だから、もうちょっと待って。水瀬も、もう少しで…』

そう言いながら、画面の中の美少女の目が、一瞬横へと流れた。長い睫毛に縁取られた大きなアーモンドアイだけが、整った優しげな顔の中で、奇妙に鋭い緊張感をはらむ。それが何を意味するのか、頭で判断するより更に速く、千穂の身体は再度機体のコントロールを取り戻していた。その刹那の反応にシンクロするように、もうひとりの女性の声が、ついぞペースを崩したことのない鉄壁の冷静さのまま画面の向こうで響いた。

『千穂、マップデータ送る。』
『えっ、ちょっと待って、水瀬ってばそんな無茶』
「ひゃっほーい!!」

 

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